【20××年 7月28日】
「おっ、来たな名倉」
「課題のためだし、来るしかないだろ……」
僕は渋々、そう答える。
先日、山田が帰る際に無理やり連絡先を交換させられた。
そして今日。必要なものと日時を指定され、僕は来たのだ。
「もぉー、名倉くんったら! そんな言い方はダメだよ!」
「相変わらず、愛想ないやっちゃなぁー」
「うるさいなぁ……」
山田に呼び出された際に、提示されたものは主に三つ。
一つ目は、水分補給用の飲み物や食料。
二つ目は、課題と何故か着替え一式。
そして、三つ目は……。
「どうして泉を探しに行くのに、
「そらそーやろ」
山田は自転車のサドルを叩きながら、こう答えた。
「あの廃村近くに、
「はぁ……?」
「まぁ宿代浮かすために、途中手伝いはせなアカンけど」
僕は初めて聞いた話に、耳を疑う。
「なにそれ、聞いてないんだけど」
「言うてなかったからな」
「なんで!?」
「言うたら名倉、何がなんでも逃げとったやろ?」
「……っ!」
確かに……山田の言う通り、事前に言われていたら僕は逃げていただろう。
「しかし、まぁ……着替え一式もってこいって時点で、気づかんちゅーのは……名倉も案外、抜けとるヤツやな」
「なっ……!」
山田の言葉に言い返せず、僕は顔が暑くなるのを感じる。
確かに着替え一式と言われて、何も疑問がわかなかった訳じゃないけど……。
――――まさか泊まりながらなんて、普通思わないじゃないか!
「ちなみに、名倉のお姉さんの許可はもうとっとる」
「……はぁ?」
僕がこの怒りをどうしようかと考えていると、後ろから「おーい」と言う声が聞こえる。
その声の主を見て、僕はさらに驚く。
「悪ぃ、遅れた!」
「大丈夫や、俺も名倉も今来たところや」
「マジ? 良かったぁー!」
そこに現れたのは、山田と以前、泉について会話をしていた西中だった。
「おっ! 本当に名倉いるじゃーん! よろしくな、名倉!」
「に、西中……クン……? なんで……?」
「西中でいいってー、同じクラスメイトだろ。俺も『名倉』って、勝手に呼ばせてもらうからさ!」
「別にいいけど……いや、なんで西中もいるの?」
「なんでって、そりゃあ……って、おい! 山田! もしかして名倉に、俺の事話してなかったのかよ!?」
「すまん、完全に忘れとったわ」
「ひっでぇー!」
「かんにんな」
西中は僕に何かを伝えていなかったことに対し、山田に怒りをあらわにする。一方の山田は、西中の抗議の言葉を右から左に聞き流しているようだった。
「……悪いな、名倉。俺が急に来て、ビックリしただろ? 実は俺も山田に頼んで、名倉の自由研究に加えてもらったんだよ」
「どうして……?」
「俺が『名倉と自由研究する』って話をしたらコイツ『俺だけ除け者なんて酷い! 俺も名倉と仲良くしたい!』って、泣きついてきたんや。女々しいやっちゃなぁ」
「ばっ……! それは言わねぇって、約束だろバカ!」
西中は顔を赤くしながら、山田に軽く何度かキックする。
「いって……! ……まぁ、俺と二人でギスギスするよりは、西中みたいにバカみたいに明るいヤツがおった方がええやろ」
山田がそう、こっそりと僕に耳打ちする。
「だからって……」
「なになに? 二人して、なんの話ししてんだ? 俺も混ぜてくれよ!」
「なんでもあらへん。西中はアホやっちゅー話しや」
「なんだとー!?」
西中が、逃げる山田を追いかけ出す。そんな二人のやり取りを、灯山はクスクスと笑ってみている。
「西中くんって、オモシロイね。ねっ、名倉くん」
灯山と二人を眺めながら、僕は小さく呟く。
「……そうだな」
夏の風が、木陰を揺らしながら駆け抜ける。
木漏れ日に透けるて見える灯山が、僕は少しだけ――――。
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「ほ、ほな……ハァ……そろそろ、ハァハァ、出発しよか……?」
「ハァハァ……そ、そうだな……山田、名倉……ハァハァ……」
「えっと……大丈夫?」
途中から全力の鬼ごっこのように走っていた二人は、だいぶ息を切らしていた。
「なんや、心配してくれとんのか?」
「大丈夫、大丈夫。今のは軽い準備運動みたいなもんだからー」
「それなら別にいいけど……」
しかし今から出発と言っても、何故自転車を持ってきたのだろう。電車に乗るなら、駅は違う方向なのに……。
「ほな、改めて。出発するで」
「え、でも駅はあっち……」
「そんなん、小遣いの無駄遣いや。男ならチャリで行くで!」
「はぁ?」
「俺ら、小遣い今月ピンチなんだよ。だから電車賃浮かせるために、親戚の家までチャリでだってさ」
電車で結構かかったあの距離を、自転車で行くというのか!?
「ほな、行くでぇ!」
「しゅっぱーつ!」
「おー!」
僕の自転車の後ろに乗った灯山が、意気揚々と二人に合わせてそういう。
――――というか、そもそも……。
「そんなの聞いてない!!」
僕の悲痛な声は、夏の風に揺れる木の葉の音にかき消されたのだった。