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第十四話 【自由研究】

「で? 何しに来たのさ」


 姉さんが持ってきた麦茶を、山田は一気に飲み干してから答える。


「つれんやっちゃなー。そないなこと、決まっとるやろ」


 そう言って山田は、ショルダーバッグから一枚のプリントを取り出す。


についてや」

?」


 山田の取り出したプリントは、僕も同じものを配られていた。

 僕は自分のプリントを取りだして見る。すると灯山も、僕の横から覗き込む。


「なになに〜? 『今年の自由研究はテーマを決め、最低でも二人一組で……』……名倉くん?」


 そこまで読んで、僕は思わずプリントを握りしめる。


 ――――やっ、やらかした……!


 いつもなら、先回りして先生に交渉して一人で書き上げるが……今回は灯山の件があって、完全に忘れていた!


「見落としていたと、事後報告で提出するか……いや、でもそれだと評価が下がるだろうし……だけど僕に他人と一緒に作業するなんて、とてもじゃないが出来ない……どうする、どうしよう……」

「名倉くん? おーい、名倉くーん?」

「名倉……?」


 こういう課題は、だいたい灯山がいた。灯山がいてくれれば、人数合わせも出来た。何かあれば、灯山に頼めた。内容だって、僕が考えれば、灯山も……。


 そうだ、灯山。


 今回も、灯山に頼んで……。


 隣にいる灯山を見る。


「あっ……」


 ゆらりと揺らめき、時折透けて見える灯山。


 ――――そうだ……灯山は、もう……。



「…………くん…………名倉くん、名倉くんってば!」

「はっ……!」


 灯山の声に、僕は現実に引き戻される。


「と……やま……」


 呆然とする僕を見た灯山は、優しく微笑む。

 すると、灯山は僕を包み込むように抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫だから……ね?」

「う……ん……」


 灯山の優しい言葉と声色に、目頭が少しだけ熱くなる。


「大丈夫か? 名倉?」


 突然取り乱した僕に、山田が心配そうに声をかける。

 僕は深呼吸をして、乱れた息を整える。


「……あぁ、大丈夫……」

「そうか」


 山田は何事も無かったかのように、話を続ける。


「ほんなら、名倉。今回の自由研究、俺と組まへんか?」


 山田がプリントを取り出した時点で、なんとなく察しはついていた。

 だからこそ――――。


「どうして僕と?」

「俺が今回テーマにしたいもんが、名倉と一致しそうやからや」

「そんなの、他の人と……」



「『思人シビトモリノ泉』」



 その単語を聞いて、僕は思わず反応する。


「『死者に会える泉』……前に俺と西中が話しとったん、聞いとったやろ?」

「ま、まぁ……そんな話もしてたね……」


 確かに。山田は以前、友人とその話をしていた。

 チラッと、灯山を見る。


 ――――むしろ、それを聞いたからこそ、僕は……。


「そんであの日、お前は探しに行っとったんとちゃうか? その泉を」


 山田の言葉に、僕はどう返すべきか考える。


 ――――あの時の山田の話が本当なら……僕が今、泉のおかげで灯山が見えていることは言えない。


 しかしここで変に誤魔化せば、あの日僕があの場所にいたことの辻褄が合わなくなる。


 山田は僕が思っている以上に、頭が切れる人物なのかもしれない。


 ――――……と、するなら答えはひとつ。


「あぁ、行った。山田の推測通り、僕はあの日泉を探しに行ったよ。でも、僕は

「ほう?」

「あの日、僕は木に寄りかかろうとして足を滑らせた。


 実際、あの日。滑り落ちてから泉に辿り着くまでも、そのあと山田に助けられたことも疲労のせいで曖昧だ。だから


 ――――これで納得してくれれば、一番いいんだけど……。


 僕はゴクリと唾を飲み込む。灯山はどうするべきか悩むように、黙って僕と山田を交互に見た。


「名倉く……」

「ほな、決まりやな!」

「は……?」

「自由研究。『思人シビトモリノ泉』で決まりや!」


 山田は自分の膝を勢いよく叩くと、そう口にした。


「ちょ、ちょっと待てよ! なんでそうなる……!?」

「名倉が見つけとったなら、その話を参考に書こう思たけど。見つけとらんのなら、明日から探しに行くで!」

「だからって……」

「ほな名倉は、『二人一組』っちゅう簡単なことも出来ずに課題ができんかったって……先生ぇに泣きつくんか?」

「そんなこと言ってないだろ!」


 僕が声を荒げれば、山田はニヤリと笑う。


「俺は名倉に、をやっとるんや」

……?」

「せや。自由研究、課題遂行のチャンスや。俺の見立てでは、名倉は人付き合い苦手やろて。俺が名倉のペアになったる。その代わり、名倉は最高の課題内容を俺に写させぇ!」


 ――――コ、コイツ……!


「……初めから、僕のまとめた資料を写す気だな?」

「まぁその分、泉を探すような名倉の苦手な肉体労働は、俺が率先してやるさかい。そんならウィンウィンやろ?」

「……いいよ。その話、乗ってやる」

「ほな、決まりや」


 山田が右手を差し出してくる。



 ――――コンコンコン――――


「二人とも〜、お昼よぉ〜♪」


 お盆を持った姉さんが、部屋を開けて入ってくる。


「はい、ぶぶ漬けよ♪ 足りなかったら言ってね」


 そう言って、姉さんは出ていく。

 僕は目の前に置かれたぶぶ漬けを見ながら、山田に僕の一貫した意志を伝える。




「それじゃあ……ぶぶ漬けを食べた終わったら、さっさと帰ってくれ」

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