「で? 何しに来たのさ」
姉さんが持ってきた麦茶を、山田は一気に飲み干してから答える。
「つれんやっちゃなー。そないなこと、決まっとるやろ」
そう言って山田は、ショルダーバッグから一枚のプリントを取り出す。
「
「
山田の取り出したプリントは、僕も同じものを配られていた。
僕は自分のプリントを取りだして見る。すると灯山も、僕の横から覗き込む。
「なになに〜? 『今年の自由研究はテーマを決め、最低でも二人一組で……』……名倉くん?」
そこまで読んで、僕は思わずプリントを握りしめる。
――――やっ、やらかした……!
いつもなら、先回りして先生に交渉して一人で書き上げるが……今回は灯山の件があって、完全に忘れていた!
「見落としていたと、事後報告で提出するか……いや、でもそれだと評価が下がるだろうし……だけど僕に他人と一緒に作業するなんて、とてもじゃないが出来ない……どうする、どうしよう……」
「名倉くん? おーい、名倉くーん?」
「名倉……?」
こういう課題は、だいたい灯山がいた。灯山がいてくれれば、人数合わせも出来た。何かあれば、灯山に頼めた。内容だって、僕が考えれば、灯山も……。
そうだ、灯山。
今回も、灯山に頼んで……。
隣にいる灯山を見る。
「あっ……」
ゆらりと揺らめき、時折透けて見える灯山。
――――そうだ……灯山は、もう……。
「…………くん…………名倉くん、名倉くんってば!」
「はっ……!」
灯山の声に、僕は現実に引き戻される。
「と……やま……」
呆然とする僕を見た灯山は、優しく微笑む。
すると、灯山は僕を包み込むように抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だから……ね?」
「う……ん……」
灯山の優しい言葉と声色に、目頭が少しだけ熱くなる。
「大丈夫か? 名倉?」
突然取り乱した僕に、山田が心配そうに声をかける。
僕は深呼吸をして、乱れた息を整える。
「……あぁ、大丈夫……」
「そうか」
山田は何事も無かったかのように、話を続ける。
「ほんなら、名倉。今回の自由研究、俺と組まへんか?」
山田がプリントを取り出した時点で、なんとなく察しはついていた。
だからこそ――――。
「どうして僕と?」
「俺が今回テーマにしたいもんが、名倉と一致しそうやからや」
「そんなの、他の人と……」
「『
その単語を聞いて、僕は思わず反応する。
「『死者に会える泉』……前に俺と西中が話しとったん、聞いとったやろ?」
「ま、まぁ……そんな話もしてたね……」
確かに。山田は以前、友人とその話をしていた。
チラッと、灯山を見る。
――――むしろ、それを聞いたからこそ、僕は……。
「そんであの日、お前は探しに行っとったんとちゃうか? その泉を」
山田の言葉に、僕はどう返すべきか考える。
――――あの時の山田の話が本当なら……僕が今、泉のおかげで灯山が見えていることは言えない。
しかしここで変に誤魔化せば、あの日僕があの場所にいたことの辻褄が合わなくなる。
山田は僕が思っている以上に、頭が切れる人物なのかもしれない。
――――……と、するなら答えはひとつ。
「あぁ、行った。山田の推測通り、僕はあの日泉を探しに行ったよ。でも、僕は
「ほう?」
「あの日、僕は木に寄りかかろうとして足を滑らせた。
実際、あの日。滑り落ちてから泉に辿り着くまでも、そのあと山田に助けられたことも疲労のせいで曖昧だ。だから
――――これで納得してくれれば、一番いいんだけど……。
僕はゴクリと唾を飲み込む。灯山はどうするべきか悩むように、黙って僕と山田を交互に見た。
「名倉く……」
「ほな、決まりやな!」
「は……?」
「自由研究。『
山田は自分の膝を勢いよく叩くと、そう口にした。
「ちょ、ちょっと待てよ! なんでそうなる……!?」
「名倉が見つけとったなら、その話を参考に書こう思たけど。見つけとらんのなら、明日から探しに行くで!」
「だからって……」
「ほな名倉は、『二人一組』っちゅう簡単なことも出来ずに課題ができんかったって……先生ぇに泣きつくんか?」
「そんなこと言ってないだろ!」
僕が声を荒げれば、山田はニヤリと笑う。
「俺は名倉に、
「
「せや。自由研究、課題遂行のチャンスや。俺の見立てでは、名倉は人付き合い苦手やろて。俺が名倉のペアになったる。その代わり、名倉は最高の課題内容を俺に写させぇ!」
――――コ、コイツ……!
「……初めから、僕のまとめた資料を写す気だな?」
「まぁその分、泉を探すような名倉の苦手な肉体労働は、俺が率先してやるさかい。そんならウィンウィンやろ?」
「……いいよ。その話、乗ってやる」
「ほな、決まりや」
山田が右手を差し出してくる。
――――コンコンコン――――
「二人とも〜、お昼よぉ〜♪」
お盆を持った姉さんが、部屋を開けて入ってくる。
「はい、ぶぶ漬けよ♪ 足りなかったら言ってね」
そう言って、姉さんは出ていく。
僕は目の前に置かれたぶぶ漬けを見ながら、山田に僕の一貫した意志を伝える。
「それじゃあ……ぶぶ漬けを食べた終わったら、さっさと帰ってくれ」