授業開始のチャイムが鳴り、クラスメイト全員が各々席に着く。
僕も教科書とノートを取り出し、授業を開始する――――。
「ねぇ名倉くん……ここ分かんないんだけど、どういうこと?」
「うるさい、黙れ。僕は授業を受けてるんだ。お前に構ってる暇は無い」
僕は出来るだけ声を潜めて、灯山にそう返す。
そんな灯山は、不貞腐れながら僕の目の前に急に顔を出す。
「ひっどーい、名倉くん!」
「うわぁっ!」
「ん? どうした、名倉?」
黒板に板書していた先生が、僕の思わず出してしまった大きな声に振り返る。
「い、いえ……大きな虫がいたもので……」
苦し紛れに、僕はそう言い訳する。
「えっ!? ゴキ!?」
「せんせー! 俺、虫苦手だから授業無理ー!」
「静かにしろ! 俺だって虫は苦手だよ」
教室がざわつきはじめ、どうしようかと悩む。灯山のせいで、とんだことになってしまった。
「あっ、あの! すぐに外に出てったので、ダイジョウブ……デス……」
立ち上がりながらそう言うと、先生は「そ、そうか」とだけ返し、生徒たちに静かにするように促す。
「もぉー! 酷いよ、名倉くん! こんな可愛い子を、虫扱いするなんてー!」
「クソっ……
「冷たい!」
灯山はその後もずっと抗議し続けるが、僕はできるだけ無視した。
しかし隣で灯山が騒ぎ続けるせいで、肝心の授業が聞こえない。本当にうるさい。
「じゃー次、名倉……」
「名倉くんのケチ! 意地悪! バーカ!
「あーもー! うっっっるさいなぁ!」
流石にうるさすぎた灯山のせいで、とうとう僕の堪忍袋の緒は切れてしまった。
僕は勢いよく机を叩きつけて、立ち上がってしまう。
そんな僕の突然の行動に、教室中に静寂が流れる。
「な、名倉? そんなに授業、うるさかったか?」
先生が困惑気味に問いかけ、僕は体中の血の気が引いていくのを感じた。
――――や、やってしまった……!
どうしようか悩んでいると、唐突に「はいっ!」と誰かが挙手する声が聞こえた。
「先生ぇ。実は名倉、先日からずっと体調悪いみたいやねん。ちょっと保健室に連れてっても、ええですか?」
挙手した人物は、山田だった。
「そうなのか、名倉?」
「えっ、あ、はい……」
僕は思わず、そう答えた。
「ほな、名倉くん。保健室に行こか」
山田は僕の腕を掴むと、出入口に向かって歩き出す。
僕が教室から出ていくと、授業が再開する声が聞こえた。
静かな廊下には、僕と山田の足音だけが響き渡る。
僕は腕を引かれながら、山田に声をかける。
「あ、あの……山田、くん……」
僕はどうしようかと悩みながら、先日のことを思い出す。
――――言わなきゃ……この間、迷惑かけたこと……。
「山田」
「えっ?」
「山田でええよ、同じクラスメイトなんやし」
「あ、うん……山田……」
僕はたどたどしくも、精一杯の言葉を口にする。
「えっと、姉さんから聞いた……この間も今日も、迷惑かけてごめん……」
僕がそういうと、山田が突然振り返る。その顔は、とても不満に満ちており……。
「あたっ……!」
突然、僕はデコピンされた。
「えっ? なんで!?」
「アホウ、そういう時は『迷惑かけてごめん』やのうて」
困惑する僕に、山田は拗ねたような顔をする。
「『ありがとう』って言われる方が、こちとら気分がええんやわ!」
「……!」
山田の言ってることは、僕によく分からなかった。
「あ、ありがとう……」
……けど。
「名倉ぐん! よがっだね!!」
後ろにいる灯山がなぜ泣いてるのか、一番理解出来ないと思った。