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第十話 【謝罪より感謝】

 授業開始のチャイムが鳴り、クラスメイト全員が各々席に着く。


 僕も教科書とノートを取り出し、授業を開始する――――。


「ねぇ名倉くん……ここ分かんないんだけど、どういうこと?」

「うるさい、黙れ。僕は授業を受けてるんだ。お前に構ってる暇は無い」


 僕は出来るだけ声を潜めて、灯山にそう返す。

 そんな灯山は、不貞腐れながら僕の目の前に急に顔を出す。


「ひっどーい、名倉くん!」

「うわぁっ!」

「ん? どうした、名倉?」


 黒板に板書していた先生が、僕の思わず出してしまった大きな声に振り返る。


「い、いえ……大きな虫がいたもので……」


 苦し紛れに、僕はそう言い訳する。


「えっ!? ゴキ!?」

「せんせー! 俺、虫苦手だから授業無理ー!」

「静かにしろ! 俺だって虫は苦手だよ」


 教室がざわつきはじめ、どうしようかと悩む。灯山のせいで、とんだことになってしまった。


「あっ、あの! すぐに外に出てったので、ダイジョウブ……デス……」


 立ち上がりながらそう言うと、先生は「そ、そうか」とだけ返し、生徒たちに静かにするように促す。


「もぉー! 酷いよ、名倉くん! こんな可愛い子を、虫扱いするなんてー!」

「クソっ……灯山おまえのせいで、とんだ大騒ぎになった……」

「冷たい!」


 灯山はその後もずっと抗議し続けるが、僕はできるだけ無視した。

 しかし隣で灯山が騒ぎ続けるせいで、肝心の授業が聞こえない。本当にうるさい。


「じゃー次、名倉……」

「名倉くんのケチ! 意地悪! バーカ! かしこメガネ!」

「あーもー! うっっっるさいなぁ!」


 流石にうるさすぎた灯山のせいで、とうとう僕の堪忍袋の緒は切れてしまった。

 僕は勢いよく机を叩きつけて、立ち上がってしまう。

 そんな僕の突然の行動に、教室中に静寂が流れる。


「な、名倉? そんなに授業、うるさかったか?」


 先生が困惑気味に問いかけ、僕は体中の血の気が引いていくのを感じた。


 ――――や、やってしまった……!


 どうしようか悩んでいると、唐突に「はいっ!」と誰かが挙手する声が聞こえた。


「先生ぇ。実は名倉、先日からずっと体調悪いみたいやねん。ちょっと保健室に連れてっても、ええですか?」


 挙手した人物は、山田だった。


「そうなのか、名倉?」

「えっ、あ、はい……」


 僕は思わず、そう答えた。


「ほな、名倉くん。保健室に行こか」


 山田は僕の腕を掴むと、出入口に向かって歩き出す。

 僕が教室から出ていくと、授業が再開する声が聞こえた。


 静かな廊下には、僕と山田の足音だけが響き渡る。

 僕は腕を引かれながら、山田に声をかける。


「あ、あの……山田、くん……」


 僕はどうしようかと悩みながら、先日のことを思い出す。


 ――――言わなきゃ……この間、迷惑かけたこと……。


「山田」

「えっ?」

「山田でええよ、同じクラスメイトなんやし」

「あ、うん……山田……」


 僕はたどたどしくも、精一杯の言葉を口にする。


「えっと、姉さんから聞いた……この間も今日も、迷惑かけてごめん……」


 僕がそういうと、山田が突然振り返る。その顔は、とても不満に満ちており……。


「あたっ……!」


 突然、僕はデコピンされた。


「えっ? なんで!?」

「アホウ、そういう時は『迷惑かけてごめん』やのうて」


 困惑する僕に、山田は拗ねたような顔をする。


「『ありがとう』って言われる方が、こちとら気分がええんやわ!」

「……!」


 山田の言ってることは、僕によく分からなかった。


「あ、ありがとう……」


 ……けど。




「名倉ぐん! よがっだね!!」




 後ろにいる灯山がなぜ泣いてるのか、一番理解出来ないと思った。

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