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第九話 【週明けの登校】

【20××年 7月18日】




「最悪だ……」


 朝から僕は深いため息をついては、重い足取りで通学路を歩く。

 僕がこんなにも憂鬱な原因、それはただ一つ。


「どうしたの、名倉くん? ︎︎そんなんだと、幸せが逃げちゃうぞ!」

「僕の幸せという安らぎはお前がいる限り、当分の間訪れることはないよ……」


 小さく呟いたつもりだったが、灯山にはしっかりと聞こえていたらしい。後ろから「ひっどーい!」と言う大声が聞こえ、僕は再びため息を着いた。


 ……正直、あの後のことはあまり覚えていない。ただ言えるのは、酷く心配した姉さんが慌てて僕を病院に連れていき、目が覚めたらベッドの上だったということだ。

 僕が眠っている間、色々と精密検査をしたようだが、やはりと言うべきか……脳や身体には以上は見られなかった。


 今まで見えていなかった灯山が、急に見えるようになったということは……。


 ――――あの伝承は、本物だった……?


 灯山が見えるようになったのは、あの泉を見つけたあとだ。

 偶然と言うにはあまりにも都合がよすぎる。だからといって全てを鵜呑みにするには、あまりにも非科学的するぎる。


 ……結局、なんだかんだと考えすぎた結果。高校生にもなって僕は、知恵熱を出した。なんとも不甲斐ない……。


「僕がもう少し頭が良ければ、この非現実的な状況を打開できたのかな……」

「名倉くんは十分頭いいよ! 学年最下位争いの私が保証します!」

「最下位争いしているお前に言われても、嬉しくも説得力の欠けらも無いよ」


 そうこうしているうちに、学校へと着いてしまった。


 僕は上履きに履き替え、教室へと静かに向かう。

 その間、灯山はというと、僕がスルーしスルーされているすれ違う生徒たち一人一人に挨拶をしている。


「おっはよー! おはよー! お・は・よー!」


 正直うるさいとは思うが、これは生前のアイツがよくやっていたことだ。

 灯山は誰彼構わず、挨拶したり話しかけていた。

 僕みたいに戸惑う人間もいたのはもちろん、灯山に話しかけられた生徒たちは皆どこか嬉しそうに……気づけば楽しそうに話していた。


 ――――それは、僕も……。


「おい、灯山。いくら周りに見えないからって言っても、うるさいぞ」


 僕が耐えきれずに指摘すれば、灯山は「ゴメーン、名倉くんとまた一緒に登校できるのが嬉しくて。ついはしゃいじゃった」と笑った。


「頼むから、授業中は静かにしててくれよ。集中できな……」


 教室のドアを開けて、僕は思わず立ち止まる。


 一番後ろの、窓際の席。

 その隣の席には、一輪の百合の花――。


 ――――そうだ、その席は……。


 僕が思わず立ち止まるのとは裏腹に、その席の主はスタスタと歩き――。


「ほら、名倉くん! 早く、早く!」


 何事もなかったかのように、百合の花が入った花瓶の置かれた席へと座った。

 僕はなんとも言えない気持ちを押し殺して、普段通りに席へと着く。


「へへっ。この百合、すごく綺麗だね」

「そう……」


 僕はいたたまれなくて、窓の外を見ながら答える。


 一番後ろの、窓際の席。

 その隣はずっと空席で、花が置かれていたのは……。




 そこが灯山の席だったからだ。

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