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第三話 【集落へ】

【20✕✕年 7月14日】




今日も今日とて、容赦のない太陽によって降り注ぐ日差しで暑い。

そんな中、僕は人気ひとけの少ない電車に乗っている。


昨日、山田の言っていた話を聞いた僕はあれから放課後に図書館へ寄った。そして民俗資料などを漁り、僕なりに簡単に調べてみた。




『死者に会える泉』。


正確には『思人シビトもりノ泉』。




確かにそんな伝承が存在した。


誰も読まなくなったのであろう、埃をかぶった古い資料集に小さく載っていた。


急いで場所を調べてみれば、僕の住んでいる地域から駅を幾つか跨いだ小さな……今は廃村となっているのか、もう現代の地図には記されていない小さな集落の森の中にあるのだそうだ。




……そして何の偶然か。昨日の今日で学校はたまたま休みだった。


「まぁなんとも都合のいいことか……」


僕以外、誰もいない車両で小さく呟いてみる。

故に僕は軽い携帯食や飲料を持ち、こうしてリュック一つで遠出しているのである。


座席に座っている僕は窓に頭をくっつけて揺れに身を任せながら、先程から無限に広がる田んぼに目を向けている。

半月前に降りしきった梅雨の雫に恵を得た稲は、今は青く澄み渡る夏の陽射しをおおいに受けて穂を大きくし、きっと多くの実りをもたらすことだろう。


僕の住んでいる地域もどちらかと言えば田舎の方だ。だがこちらはさらに人気ひとけがなく、まるで別世界に来たようだ。


そうして眺めること数十分。だんだんと外の景色は田畑も少なくなり、気づけば閑散と草木が生い茂る風景へと一変していた。






▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁






目的の駅へ着き、僕は電車を降りた。

案の定というか……僕以外にここで降りる乗客は誰一人として居なかった。


「想像はしていたけど……。さびれたところだな……」


駅名の書かれたさびのはえた看板が一つ。それと以前使われていたのであろうか……雨避けには少々不安の残る、所々穴の空いた屋根と椅子付きのボロボロな待合所が一つあるだけだった。


携帯を開いてみるがやはり圏外だ。


「えっと……帰りの電車は……」


僕は予め調べておいた時刻表を見る。この駅を通る電車は上りと下り、それぞれ二本ずつの計四本。そして自身の左手首につけている腕時計を見る。次の電車は約三時間半後……。これを逃すと、僕は必然的に野宿になる。


「絶対に乗り過ごす訳には行かないな……」


泉までどのくらい距離があるか分からない……ましてや辿り着くかも分からない、そんな場所を今から手探りで探すのだ。正直に言えば時間が惜しいし、足りない。


「……とりあえず探してみるしかないか」


僕は野晒の階段を降りて、無造作に草木の生い茂った道を進んだ。






▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁






「あ、暑い……」


僕はそう呟きながら、緩やかに続く坂道を昇る。

普段から体育以外の運動を全くしないせいもあってか、この強い日差しの中を数十分歩いただけで全力疾走したあとのように息が上がる。額から滝のように流れ出る汗は、頬を伝って落ちては小さく地面にシミを作る。軽くシャツの袖で拭うが、到底それだけで拭いきれる量ではない。


「ちょっ……ちょっ、と……っ、休憩……」


近くにあった木の木陰の下に寄りかかるように座り込む。

リュックからタオルに巻いていたスポーツ飲料を取り出し、一気に飲む。乾いた身体を潤すように、喉を流れる冷たい中身を半分ほど飲み干すと、少し生き返った気がした。

そしてそのまま僕は、肺の空気を入れ替えるように思いっきり息を吐き出した。


「……少しだけ、生き返ったような気がする」


タオルで軽く汗を拭く。

冷たいものを巻いていたからか、程よく冷えたタオルが心地よかった。

僕はリュックから地図を取りだした。

現在の地図ではこの集落はもう乗っていなかったが、昨日の帰りに寄った図書館にちょっとした地図が乗っていた。

泉の場所は記されていなかったが、残された資料から大まかな目星をいくつかつけてきた。


「今いるのがこの辺りかな……」


駅から降りてから歩いてきた距離と時間で、自分が今いる場所を探す。


「まずはこの辺を探してみよう」


僕は地図をリュックに入れると、林の中へと入っていった。






▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁






「み……見つからない……」


あれから二時間くらい歩き回っただろうか。

僕は未だ、目的地である泉へと辿り着けずにいた。

そう簡単に辿り着けるとは思ってはいなかったが……想像以上に時間がかかってしまった。


「どうしよう……帰りの電車まであと一時間くらいしかない……」


目星をつけていた場所はすべてハズレだった。それどころか一度も、水が湧いていそうな場所すら見つからない。


「急がないと……」


この二時間……慣れない山道を歩き続けたせいか、足が棒のように動かず痛い。

少し寄りかかろうと近くの木に手をかけた時だった。


「ぅ、わっ……!」




僕は足を滑らせ、斜面を転がり落ちた。

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