【20××年 7月13日】
夏休みに近づいた今日この頃。床を掃くために後ろに下げた机を戻しながら、教室の隅でプリントの整理をしていた。
「なぁ西中。こんな話知ってるか?」
「ん~? どんな話~?」
掃除をしながら、山田と西中という二人組の男子生徒が廊下側の窓に寄りかかって会話をしている。
どんな内容か、興味などさらさら無いが。
そう思っていた僕に、山田はふとこんな話を西中に振った。
「『死者に会える泉』ってのがあるらしいぞ?」
(『死者に会える泉』……?)
「何だよ山田ぁ、いきなりそんな事言うなんて…熱でもあんのかよぉ?」
「無いわボケぇ!」
山田が西中の頭を箒の持ち手で殴る。
「痛っ! 叩かなくても良いじゃんかよぉ!」
「お前が煽ってくるからやろ!」
山田は追い打ちをかけるようにさらに二・三回、西中の頭を叩く。
「イッテェ〜……でもさぁ、それガセネタじゃねーの?」
「いや、でも何か本当らしいんよ。ウチの父ちゃんや知り合いも死んだ奴に会ったって言っとった」
「え~、本当に~?」
「ホンマやで」
「じゃー俺も行ってみようかな~? ばあちゃんの幽霊に会えるかもしんないし♪」
西中が冗談半分でそんな事を言う。だが山田が険しい顔をして言った。
「でもそれがな、噂じゃ『本当に会いたい死者』じゃないとダメらしいんや。本当に会いたい死者がいなかったら泉に着くことすら出来ない。出来ても強い思いが無きゃ会うことは出来ないんやってさ」
「マジで?じゃー無理だわ。俺そんなにばあちゃんに会いたい訳じゃ無いし」
「もし会えて見えたんなら、見えている事を誰にも話しちゃいけんらしいで」
「何で?」
「話してもうたらもう見えなくなってまうらしいんや」
「へーっ……そんなルールがあんのか」
「あぁ。……まぁ、そんなに会いたいやつなんていないやろ。場所は確か、今はもう無い小さな村の集落の森の中だったはずや……」
「山田…お前何でそんなに詳しいの?」
山田は「ギクッ!」としたように一瞬固まる。
「お前オカルトとか全然興味無かった癖に何でいきなり?」
「あ、いや……それは……」
一瞬、山田がこっちを見た気がした。
「………………?」
僕が怪訝そうに眉を眉をひそめると慌てて西中に向き直る。
(今……僕を見た……?)
「あ、アレや! 妹がめちゃ言ってくるもんやから五月蠅くて五月蠅くて……そしたら何となく興味を持ったって感じやわ!」
「へー、珍しい」
「なんや、可笑しいかい?」
「別に〜。あ、そうだ! 今度お前の妹紹介してくれよ!可愛いんだろ!?」
「アホ! 誰が紹介するか!!」
「痛っ! そんなに叩かなくても良いじゃんかぁ!!」
山田は西中を払い除ける様に軽く箒を振り回して叩く。
(『死者に会える泉』……)
強く会いたいと思わなければ行くことも会うことも出来無い……。
所詮は噂だ。信じたところで無意味なことくらい分かりきっている。だけど――――――。
微かな希望が、僕の
(コレは賭けだ……)
小さく喉を鳴らして、僕は誰の席か分からない机を掴んで持ち上げる。
これでダメなら、素直に諦めよう。
(『あいつ』に会うための…最後の賭けだ……!!)