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十三杯目:初詣のキューピット【後編】

 可愛いの評価って、人それぞれだと俺は思う。






「………………」

「どったの、りょうちゃん?」

「あっ、いや……」


 年が明けて、元旦。


 俺、古奈こな陽太ようたは今日。従兄弟の涼ちゃんこと、青山あおやま涼介りょうすけと一緒に初詣に来ていた。


「どったの、そんなキョロキョロして。もしかして、便所?」

「ち、違うよようちゃん!」

「じゃあー、なしたん?」


 俺が首を傾げれば、涼ちゃんは少しはにかみながら答える。


「……前に夏風なつかぜさんが、今日はお友達と初詣に来るって言ってたから。もしかしたら、と思って……」

「マジか」


 涼ちゃんの予想外の言葉に、俺はつい素で驚いてしまう。

 夏風みどりさんは、ウチの常連さん。涼ちゃんはまったく気づいてないけど、涼ちゃんに恋する女性だ。


(涼ちゃんが……涼ちゃんが俺以外の人に興味を……)


 涼ちゃんは、よくいえば天然。悪く言えば鈍感。

 特に自分や他人に対する好意や色恋事には、めっきり鈍感である。


「陽ちゃん?」


 俺の反応に疑問を持ったのか、先程の俺と同様に首を傾げる。可愛いねぇ、涼ちゃん。


「ナンデモナイヨ、ツヅケテ」

「こんなにたくさん人がいる中で、もし会えたらビックリだよね!」

「ア……ウン……ソダネー」


 少しくらい、涼ちゃんにも春が来たかと思えば……残念ながら涼ちゃんの春は、まだまだ先のようだ。


「……俺、涼ちゃんのそーいうとこ嫌いじゃないよ」

「え? よくわかんないけど、ありがとう」


 そう言って俺と二人の時にだけ見せる、普段の営業の時よりも緩んだ笑顔。俺が碧さんだったら、お花が見えてただろうな。かぁいいね、涼ちゃん。


「おぉ! 青山さんとこの坊主ども! 来とったか!」

「あっ、町内会長さん」

「げっ」


 俺たちを見つけて声をかけてきたのは、商店街とここら一体を取り仕切る町内会長のおっちゃんだ。


「『げっ』ってなんじゃい、陽の坊。涼の坊を見習わんかい!」

「あけましておめでとうごさいます、今年もよろしくお願いします」

「もぉー、あけおめー。ことよろ、ことよろー」



 町内会長のおっちゃんは、気さくで面倒見のいい人。でもたまにお節介がすぎるから、ちょっと面倒くさい時がある。


「なんじゃ、そのやる気のない挨拶は!」

「すみません、町内会長さん!」

「いいさ! 逆に、陽の坊らしくていいがな! ガハハハッ!」


 そう豪快に笑いながら、何度も背中をバシバシと叩かれる。正直痛いけど、いつもの事なので渋い顔をしながら耐える。


「そうだ、涼の坊! あっちの方で、商店街のみんなで飲んどるんじゃ! お前さんもこい!」

「え、でも……」


 涼ちゃんは、俺をチラッと見る。

 大丈夫、俺は察しのいい子だからね。こういうお付き合いは、大事なんだよね。


「おっちゃん、涼ちゃんには甘酒だけにしてよ。あとが大変なんだから」

「わーっとるわい! ほれ、行くぞ!」

「よ、陽ちゃーん!!」


 俺は手を振って、涼ちゃんを見送る。おっちゃんに連行されていく涼ちゃんが、助けを求めるように何度も見てきたのはきっと気のせい。頑張れ、涼ちゃん。


 涼ちゃんと別れた俺は一人、ぶらぶらと適当に歩き回る。

 すると見覚えのある人物を見つけ、思わず声をかける。


「あれ? 碧さんじゃーん」

陽太ようたくん……だけ、かぁ……」

「碧さんにしては、分かりやすいくらい分かりやすく残念がるじゃん。ウケる」


 先程話題にもでてきた碧さんは、俺だけだと気づいて残念がる。ゴメンね、俺一人で。


 俺たちは互いに、深々と頭を下げて新年の挨拶をする。

 そして俺は、碧さんが聞きたいであろうことを説明する。


「いや、さっきまで一緒だったんだけどさ。涼ちゃん、町内会のおじ様方に捕まってそのまま連行されたんだよ。今頃、無理やり持たされた甘酒片手に、聞き手に徹してるよ」

「べ、別に私は! 青山さんについて聞きたいとは、一言も言ってないよ!?」

「残念そうにされたので、聞かれる前に答えてみました。俺、超有能なんで」


 俺はドヤ顔でそう言ってみる。実際、有能すぎるってのはつらいぜ。ふっ。


 ……と、よく見れば。碧さんの後ろに、見慣れないお姉さんがいる。もしかして涼ちゃんが言っていた、碧さんのお友達かな?


 碧さんがお姉さんに、少し離れた場所に連行される。超有能な俺は、実は耳も良かったりする。なので二人の会話の中に『イケメン』や『彼氏』と言う単語が聞こえてきて、俺は色々と察する。おっと、大変だ。碧さんと涼ちゃんのためにも、誤解は早急に解かねば。

 でも『イケメン』とは、照れますな。


「そっすよ、そこの美人なお姉さん」

「いつの間に!?」

「とりあえず誤解だけ解くと、俺は碧さん行きつけの喫茶店のスタッフです。そして……恋のキューピット……またの名を、愛のハンター・ヨウターとして、碧さんの恋を絶賛応援中っす!」

「陽太くうぅぅぅぅぅぅぅうんっ!!」


 俺は何故か、碧さんに胸ぐらを掴まれて前後に揺らされる。


「なんで言っちゃったの!? そんな気はしてたけど! そんな気はしてたけどさぁ!?」

「でもほら、そこのお姉さんにはウケたっぽいよ?」


 お友達のお姉さんは、目を輝かせながら碧さんを尋問し始める。

 ちょっと可哀想になってきたので、俺は助け舟を出すことにした。


「そんなお姉さんに、こちらをどうぞ」


 そう言って俺は、コートから一枚の紙を取り出す。


「これは?」

「ウチの店の、非公式な名刺です。今度ぜひ」

「あらぁー!」

「陽太くんっ!?」


 俺が作った非公式な名刺には、表に『Bonheurボヌール』と店の名前。そして裏には地図とアドレスまで……丁寧に作ってあるのだ。我ながら完璧。

 もちろん、この名刺のことは涼ちゃんは知らない。


 そういえば、涼ちゃんがおっちゃんに連行されてから時間が経ったな。そろそろ迎えに行かなければ。


「それじゃあ碧さん、お店の宣伝ヨロシク」


 それはそう言って、足早に去っていく。




 後ろで碧さんが何かを叫んでいるけど、きっとお姉さんが何とかしてくれるだろう。




 ******




「ねぇー、おっちゃん。俺、言ったじゃーん。『涼ちゃんには甘酒だけにして』ってー」

「ガハハハ! すまんすまん、つい盛りあがってなぁ!」

「わぁ〜、陽ちゃんおかえりぃ〜」


 涼ちゃんを迎えに行くと、甘酒ではなくお酒を握った涼ちゃんの姿があった。


「しっかし、相変わらず酒に弱いなぁ。涼の坊は!」

「だから甘酒だけにして、って言ったんだよ」

「陽ちゃぁん〜、おんぶ〜」

「あーもう、はいはい」


 甘えてくる涼ちゃんを背負って、俺はおっちゃんたちにビシッと言う。


「言っとくけど、コレは『アルハラ』ってやつだかんね。『アルコールハラスメント』。次やったら俺、怒るから」

「お、おう……気をつけるよ……」


 そう言い残して、俺は涼ちゃんを背負って連れて帰る。


「ねぇ〜、ねぇ〜。陽ちゃん〜」

「なーに、涼ちゃん」


 酔っ払った涼ちゃんは、上機嫌に俺を呼ぶ。


「いつもありがとう〜、だぁいすきぃ〜」

「うんうん、俺も大好きだよー」

「えへへ〜」


 俺の従兄弟の涼ちゃんは、大人の男性なのにこんなに可愛い。

 それを知ってるのは、きっとまだ俺だけ。


「この可愛さ……もう少ししたら、きっと独り占め出来なくなっちゃうね」




 涼ちゃんの良さを知って欲しい反面、まだ独り占めしたいと思うのは俺のわがままかな。

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