可愛いの評価って、人それぞれだと俺は思う。
「………………」
「どったの、
「あっ、いや……」
年が明けて、元旦。
俺、
「どったの、そんなキョロキョロして。もしかして、便所?」
「ち、違うよ
「じゃあー、なしたん?」
俺が首を傾げれば、涼ちゃんは少しはにかみながら答える。
「……前に
「マジか」
涼ちゃんの予想外の言葉に、俺はつい素で驚いてしまう。
夏風
(涼ちゃんが……
涼ちゃんは、よくいえば天然。悪く言えば鈍感。
特に自分や他人に対する好意や色恋事には、めっきり鈍感である。
「陽ちゃん?」
俺の反応に疑問を持ったのか、先程の俺と同様に首を傾げる。可愛いねぇ、涼ちゃん。
「ナンデモナイヨ、ツヅケテ」
「こんなにたくさん人がいる中で、もし会えたらビックリだよね!」
「ア……ウン……ソダネー」
少しくらい、涼ちゃんにも春が来たかと思えば……残念ながら涼ちゃんの春は、まだまだ先のようだ。
「……俺、涼ちゃんのそーいうとこ嫌いじゃないよ」
「え? よくわかんないけど、ありがとう」
そう言って俺と二人の時にだけ見せる、普段の営業の時よりも緩んだ笑顔。俺が碧さんだったら、お花が見えてただろうな。かぁいいね、涼ちゃん。
「おぉ! 青山さんとこの坊主ども! 来とったか!」
「あっ、町内会長さん」
「げっ」
俺たちを見つけて声をかけてきたのは、商店街とここら一体を取り仕切る町内会長のおっちゃんだ。
「『げっ』ってなんじゃい、陽の坊。涼の坊を見習わんかい!」
「あけましておめでとうごさいます、今年もよろしくお願いします」
「もぉー、あけおめー。ことよろ、ことよろー」
町内会長のおっちゃんは、気さくで面倒見のいい人。でもたまにお節介がすぎるから、ちょっと面倒くさい時がある。
「なんじゃ、そのやる気のない挨拶は!」
「すみません、町内会長さん!」
「いいさ! 逆に、陽の坊らしくていいがな! ガハハハッ!」
そう豪快に笑いながら、何度も背中をバシバシと叩かれる。正直痛いけど、いつもの事なので渋い顔をしながら耐える。
「そうだ、涼の坊! あっちの方で、商店街のみんなで飲んどるんじゃ! お前さんもこい!」
「え、でも……」
涼ちゃんは、俺をチラッと見る。
大丈夫、俺は察しのいい子だからね。こういうお付き合いは、大事なんだよね。
「おっちゃん、涼ちゃんには甘酒だけにしてよ。あとが大変なんだから」
「わーっとるわい! ほれ、行くぞ!」
「よ、陽ちゃーん!!」
俺は手を振って、涼ちゃんを見送る。おっちゃんに連行されていく涼ちゃんが、助けを求めるように何度も見てきたのはきっと気のせい。頑張れ、涼ちゃん。
涼ちゃんと別れた俺は一人、ぶらぶらと適当に歩き回る。
すると見覚えのある人物を見つけ、思わず声をかける。
「あれ? 碧さんじゃーん」
「
「碧さんにしては、分かりやすいくらい分かりやすく残念がるじゃん。ウケる」
先程話題にもでてきた碧さんは、俺だけだと気づいて残念がる。ゴメンね、俺一人で。
俺たちは互いに、深々と頭を下げて新年の挨拶をする。
そして俺は、碧さんが聞きたいであろうことを説明する。
「いや、さっきまで一緒だったんだけどさ。涼ちゃん、町内会のおじ様方に捕まってそのまま連行されたんだよ。今頃、無理やり持たされた甘酒片手に、聞き手に徹してるよ」
「べ、別に私は! 青山さんについて聞きたいとは、一言も言ってないよ!?」
「残念そうにされたので、聞かれる前に答えてみました。俺、超有能なんで」
俺はドヤ顔でそう言ってみる。実際、有能すぎるってのはつらいぜ。ふっ。
……と、よく見れば。碧さんの後ろに、見慣れないお姉さんがいる。もしかして涼ちゃんが言っていた、碧さんのお友達かな?
碧さんがお姉さんに、少し離れた場所に連行される。超有能な俺は、実は耳も良かったりする。なので二人の会話の中に『イケメン』や『彼氏』と言う単語が聞こえてきて、俺は色々と察する。おっと、大変だ。碧さんと涼ちゃんのためにも、誤解は早急に解かねば。
でも『イケメン』とは、照れますな。
「そっすよ、そこの美人なお姉さん」
「いつの間に!?」
「とりあえず誤解だけ解くと、俺は碧さん行きつけの喫茶店のスタッフです。そして……恋のキューピット……またの名を、愛のハンター・ヨウターとして、碧さんの恋を絶賛応援中っす!」
「陽太くうぅぅぅぅぅぅぅうんっ!!」
俺は何故か、碧さんに胸ぐらを掴まれて前後に揺らされる。
「なんで言っちゃったの!? そんな気はしてたけど! そんな気はしてたけどさぁ!?」
「でもほら、そこのお姉さんにはウケたっぽいよ?」
お友達のお姉さんは、目を輝かせながら碧さんを尋問し始める。
ちょっと可哀想になってきたので、俺は助け舟を出すことにした。
「そんなお姉さんに、こちらをどうぞ」
そう言って俺は、コートから一枚の紙を取り出す。
「これは?」
「ウチの店の、非公式な名刺です。今度ぜひ」
「あらぁー!」
「陽太くんっ!?」
俺が作った非公式な名刺には、表に『
もちろん、この名刺のことは涼ちゃんは知らない。
そういえば、涼ちゃんがおっちゃんに連行されてから時間が経ったな。そろそろ迎えに行かなければ。
「それじゃあ碧さん、お店の宣伝ヨロシク」
それはそう言って、足早に去っていく。
後ろで碧さんが何かを叫んでいるけど、きっとお姉さんが何とかしてくれるだろう。
******
「ねぇー、おっちゃん。俺、言ったじゃーん。『涼ちゃんには甘酒だけにして』ってー」
「ガハハハ! すまんすまん、つい盛りあがってなぁ!」
「わぁ〜、陽ちゃんおかえりぃ〜」
涼ちゃんを迎えに行くと、甘酒ではなくお酒を握った涼ちゃんの姿があった。
「しっかし、相変わらず酒に弱いなぁ。涼の坊は!」
「だから甘酒だけにして、って言ったんだよ」
「陽ちゃぁん〜、おんぶ〜」
「あーもう、はいはい」
甘えてくる涼ちゃんを背負って、俺はおっちゃんたちにビシッと言う。
「言っとくけど、コレは『アルハラ』ってやつだかんね。『アルコールハラスメント』。次やったら俺、怒るから」
「お、おう……気をつけるよ……」
そう言い残して、俺は涼ちゃんを背負って連れて帰る。
「ねぇ〜、ねぇ〜。陽ちゃん〜」
「なーに、涼ちゃん」
酔っ払った涼ちゃんは、上機嫌に俺を呼ぶ。
「いつもありがとう〜、だぁいすきぃ〜」
「うんうん、俺も大好きだよー」
「えへへ〜」
俺の従兄弟の涼ちゃんは、大人の男性なのにこんなに可愛い。
それを知ってるのは、きっとまだ俺だけ。
「この可愛さ……もう少ししたら、きっと独り占め出来なくなっちゃうね」
涼ちゃんの良さを知って欲しい反面、まだ独り占めしたいと思うのは俺のわがままかな。