年が明けて、元日。
神社はたくさんの参拝者で、溢れかえっていた。
「わぁ……」
「予想はしてたけど……やっぱり人、多いねぇ……」
着物に
……と、そういう私も。バッチリと着物を着付けてもらい、幼なじみと共に神社へと参拝に来た一人でもある。
「いやぁ〜、みっちゃんが一緒に来てくれて良かったよぉ〜! ありがとうね!」
「いいよ、いいよ。むしろ、こんなに綺麗な着物を着付けてもらえて……私の方こそ、勿体ないくらいだよ!」
私、
「やっぱり元旦は混むね、茜音ちゃん」
「本当はさぁ、彼氏と来ようと思ってたんだけど……」
そう呟くと、茜音ちゃんは拳を握ってはフルフルと震わせる。
「
「ま、まぁまぁ……落ち着いて、茜音ちゃん……! きっとなにか事情があったんだよ」
「もう! 私と『元日限定パッケージ』! どっちが大事なのさ!」
私は茜音ちゃんはせっかく綺麗に着付けた着物が崩れそうな勢いで、その場で地団駄を踏もうとするのを必死に止める。
「やっぱり私にはみっちゃんしかいないよ! みっちゃん大好き! もうみっちゃんに乗り換えて、みっちゃんと付き合う!!」
そう言って私に抱きついてくるので、茜ちゃんの頭を撫でながら「よ、よしよしー……?」となだめる。
「ほら、茜音ちゃん。早くお参りして、売り切れちゃう前に、一緒におみくじやお守りを買おうよ。ね?」
「みっちゃん……」
茜音ちゃんは私から離れると、真剣な表情で私の手を握る。
「もし私が男だったら、絶対みっちゃんと付き合う。みっちゃんみたいに、可愛くて優しい子。絶対に幸せにするし、逃さない」
「お、大袈裟だよ、茜音ちゃん……それに彼氏くんが可哀想だから、ね?」
私は苦笑いしながら、茜音ちゃんと茜音ちゃんの彼氏くんがこれ以上険悪にならないようにと務める。
「あんなクソ野郎より、みっちゃんだよ。……って言っても、これ以上みっちゃんを困らせられないし……気分を切り替えて! いざ! 尋常に参拝!」
そう言って茜音ちゃんは、私の手を掴んで参拝のための列へと並ぶ。
列に並んでいる間、お互いの近状報告や仕事の話。駅前の近くに、新しいお店ができたなど、何気ない会話をする。
そんな感じで待っていれば、あっという間に自分たちの番がやってきた。
私たちは
(えっと、昨年はありがとうございました。今年も一年、皆が健康でありますように。それと……)
お祈りを終えると手をおろし、再び深くお辞儀を一回して立ち去る。
何度もお参りしてるとはいえ、どうしてか緊張してしまう。
「みっちゃん、みっちゃん」
参拝を終えると、茜音ちゃんが私に腕に手を回してくっつく。
「どうしたの、茜音ちゃん?」
「すっごい顔しながらお願いしてたけど、何お願いしたの?」
「えっ!? そんな顔してた!?」
茜音ちゃんの言葉に、ちょっとだけ恥ずかしくなる。
「ん〜とね、なんかすっごいお願いしてたから。ちょっと気になっちゃった」
「えっと……いつも通り皆の健康をお願いしてただけだよ」
「そぉう? それにしては、いつになく真剣だったけどなぁ?」
ウソです、本当のことを言うと――。
「あれ? 碧さんじゃーん」
聞き覚えのある声に、一瞬ドキッとする。
(ま、まさか……もうご利益が……!?)
私は軽く深呼吸をすると、恐る恐る振り返る。
そこに居たのは――――。
「
「碧さんにしては、分かりやすいくらい分かりやすく残念がるじゃん。ウケる」
「あけましておめでとうございます、陽太くん。今年もよろしくお願いします」
「あ、どもども。あけましておめでとうごさいます。こちらこそ、今年もよろしくお願いします」
私たちは互いに、深々と頭を下げて新年の挨拶をする。
そしてそのまま、残念がった私に陽太くんは弁解する。
「いや、さっきまで一緒だったんだけどさ。涼ちゃん、町内会のおじ様方に捕まってそのまま連行されたんだよ。今頃、無理やり持たされた甘酒片手に、聞き手に徹してるよ」
「べ、別に私は! 青山さんについて聞きたいとは、一言も言ってないよ!?」
「残念そうにされたので、聞かれる前に答えてみました。俺、超有能なんで」
どことなく『どやぁ!』と聞こえてきそうな顔に、私は頬を膨らませる。
ポカポカと叩きたいところだったが、その前に私は腕を引かれ、少し離れた場所に移動させられる。
腕を引いた張本人は、茜音ちゃんだった。
「茜音ちゃん、どうしたの?」
「ちょっと!? どういうことなの、みっちゃん!」
「な、何が……?」
「あんなイケメンな彼氏がいたなんて、私聞いてないんだけど!?」
茜音ちゃんの言葉に、私は慌てて訂正する。
「ち、違うよ茜音ちゃん! 陽太くんは行きつけの喫茶店のスタッフさんで、お友達だよ!」
「……本当に? みっちゃん男の人に対して全然耐性ないから、私心配だよ?」
「本当だってばぁ!」
「そっすよ、そこの美人なお姉さん」
いつの間にか後ろにいた陽太くんに、私たちは驚く。
「いつの間に!?」
「とりあえず誤解だけ解くと、俺は碧さん行きつけの喫茶店のスタッフです。そして……」
陽太くんの謎の間に、少しだけ嫌な予感がする。
そしてそれは、見事に的中することになった。
「恋のキューピット……またの名を、愛のハンター・ヨウターとして、碧さんの恋を絶賛応援中っす!」
「陽太くうぅぅぅぅぅぅぅうんっ!!」
私は陽太くんの胸ぐらを掴むと、前後に揺らす。
「なんで言っちゃったの!? そんな気はしてたけど! そんな気はしてたけどさぁ!?」
「でもほら、そこのお姉さんにはウケたっぽいよ?」
振り返ると、そこには口元を手で押え、頬を紅潮させている茜音ちゃん。これは大変な予感。
「えぇー!? みっちゃん実は、恋する乙女なのー!? いつから!? お相手は、どんな人なの!?」
茜音ちゃんの恋愛スイッチが、ONになってしまった。
「お、落ち着いて茜音ちゃん! 声っ! 声が大きいからっ!!」
「はっ、私ったら……!」
茜音ちゃんは慌てて口元を隠すが、既に周りの目が辛い。
私は場所を変えようと、茜音ちゃんの背中を押す。
「それで、どんな人なの?」
「今度! 今度話すから! 今はシーッ!」
「絶対よ? 絶対だからね!?」
「そんなお姉さんに、こちらをどうぞ」
そう言って陽太くんは、コートから一枚の紙を取り出す。
「これは?」
「ウチの店の、非公式な名刺です。今度ぜひ」
「あらぁー!」
「陽太くんっ!?」
陽太くん曰く、非公式な名刺には確かに『
……ちょっと待って、『非公式な名刺』って言ってたけど、
「それじゃあ碧さん、お店の宣伝ヨロシク」
「陽太くん!? 話をかき混ぜるだけかき混ぜて、行かないで!!」
足早に去っていく陽太くんを捕まえようと手を伸ばすが、時すでに遅し。人混みに紛れてく陽太くんと、背後から伸ばされた手に肩を掴まれる私。
「み〜っ、ちゃ〜ん……」
「ひっ!」
茜音ちゃんがスマホを片手に、含みのある笑顔を浮かべている。
『はい?』
「あっ、もしもし? ダーリン? 私、今夜みっちゃん家に泊まってくるね♡」
『えっ、今夜はグッズの開封式するって……』
「じゃあ、そういうことで♡」
『ちょっ……!』
電話の相手は、恐らく茜音ちゃんの彼氏だろう。
一方的に電話して切った茜音ちゃんは、逃がさないと言わんばかり私に振り返る。
「じゃあ、みっちゃん。今夜はとことん、付き合ってね♡」
「ふえぇぇ……!」
私は半ば引きずられながら、自分の家に帰るのだった……。