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十一杯目:冬の小さな幸せ

 冬。


 暗がりの街は、まるで別の世界へと迷い込んでしまったのかと錯覚してしまうほど凍てついた寒さと、全てのものが一斉に眠ってしまったかのように静寂に包まれている。


 さらには滅多に降らない雪が、音もなく空からゆっくりと落ちてきては積もり、白銀の世界へと変えているのだ。

 同じ街だと頭では分かっていても、普段と全く違う景色には、やはり違和感を覚えてしまう。


 ――――そんな『静』に満ちた街に、唯一『動』となる足音がどこからか聞こえてきたと思えば、街灯の奥からうっすらと二つの影が現れた。


 徐々に近づいてくる二つの影は並ぶように、慣れない雪に足をとられないようにか――――一歩一歩、しっかりと雪を踏みしめながら、ゆっくりと歩いている。


 すると、二つの影の内の一つが足を雪に取られたのか……少しふらつくと、前方へと転びかける。それをもう一つの影が、そっと腕を掴んで支える。


「おっとっと。危ない、危ない……那月なつきちゃん、大丈夫ー?」


 少し長めで明るい髪の青年は、そう言って顔を覗き込む。

 一方、支えて貰った方はと言うと――――。


「だっ、だだだ、大丈夫! も、問題ないから! もう支えなくても、全然平気よ古奈こな……っ!」


 肩まである暗めの髪の女性は、青年に向かってそう言う。


「そう? ならいいんだけど」


 古奈と呼ばれた青年は、那月という女性の腕をそっと離す。

 二人は先程と同じように、無言で再び歩き出す。

 そんな沈黙を破ったのは、古奈の方だった。


「……ここいらで雪って、珍しいよねー。那月ちゃんは雪とか……あんまり慣れてなさそうだよね」


 古奈は一切、悪気などないのだろう……最後の余計な一言に、那月は「うっ、うるさいわね……!」と、古奈を睨みつける。


 一方の古奈は、なぜ睨まれたのか全くと言っていいほど分かっていないのだろう……キョトンとした顔で、首を傾げていた。


「……いやぁ、那月ちゃん。夏の時もだけど、今回も店を手伝ってくれてありがとうね。那月ちゃんのおかげで、俺も涼ちゃんもすごく助かったよ」


 そう言われ、那月はそっぽを向く。


「べ、別に古奈のためじゃないし……。それに青山先輩には、昔色々とお世話になったから、これくらい……」


 そう言って那月は、古奈に掴まれた腕をコートの上から軽くさする。

 その些細な動作を見逃さなかった古奈は、首を傾げながら那月に問いかける。


「……あれ? もしかして那月ちゃん……さっき掴んだとこ、強く掴みすぎた?」

「へっ!? あっ、いや、コレはその……」

咄嗟とっさだったから、力加減ができてなかったのか……ごめんね、那月ちゃん。腕、痛む? アザとかにならなきゃいいんだけど……」

「だ、大丈夫だから! 古奈はそんなこと、一々気にしなくていいから!」


 そう言って先に歩き出そうとする那月を、古奈が手を掴んで引き止める。


「あ。ちょっと待って、那月ちゃん」

「な、何……!?」


 突然のことに驚いた那月は、あたふたとする。


「コレ、良かったら使ってよ」


 そう言って古奈は、リュックサックからラッピング包装された物を取り出す。


「え……?」

「今日のお礼。那月ちゃんって、実は寒がりでしょ?」

「な、なんで知って……」

「なんでって……この時期になると大学でも、ウチの店でもよく手とか擦ってるじゃん」

「なっ……」


 那月は古奈に知られていたことに、相当驚いてるのだろう。魚のように、何度も口をパクパクする。


「俺は女性ものとか、全然分からないからさ……」

「えっ……待って。コレ、古奈が選んだ、の……?」

「え? うん。気に入って貰えたら嬉しいよ」


 その言葉を聞いた那月は、恐る恐るといった風に古奈から包みを受け取る。


「あ、ありがとう……」

「ん」


 その後二人は駅に着くと、そのまま別れた。





 ******




 帰りの電車に乗りながら、私は古奈から受け取った包みを、険しい顔をしながら見つめる。


「古奈からの……プレゼント……」


 自宅に着いてからも那月、なかなか開けることも出来ずにいた。


「ま、まぁ、あの古奈のことだし……特に深い意味なんてないわよ。そうよ、深い意味なんて……」


 それでも少し……ほんの少しだけ期待してしまう自分に恥ずかしさを覚えながら、那月は恐る恐るといったふうに包みを開ける。

 包みの中には、薄い水色の手袋とマフラーが入っていた。


 それを見た瞬間、那月の顔が一気に赤くなる。そしてそのまま、プレゼントを抱きしめながら近くにあったソファーに顔を押し付けた。


「深い意味なんて、ないのは分かってるけど……」


(これはズルすぎる……)


 那月は貰った手袋とマフラーを見つめながら、小さく呟く。


「私の好きな色じゃん、これ……」


 ずっと昔、幼かった頃。一度だけ古奈に教えた、自分の一番好きな色。


「覚えててくれたんだ……えへへっ」




 今年一番の最高のプレゼントを、抱きしめながら眠るのだった。

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