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十杯目:僕らの大切な幸せ喫茶

 ある休日のことだった。




「ごめんね、陽ちゃん。せっかくの休みなのに……」


 僕、青山あおやま 涼介りょうすけは、お店が休みのため朝から片付けをしていた。


「いぃーよぉー。俺、今日めーちゃくちゃ暇してたし」


 そう応えるのは陽ちゃん……従兄弟の古奈こな 陽太ようたくん。

 たまたまお店の前を通りかかった陽ちゃんは、僕が一人で作業していることに気づいて手伝ってくれたのだ。


「あっ、涼ちゃん。これ食材とか備品の在庫記録。あと先月の棚卸しと、売上記録まとめたものねー」

「わわわっ、ありがとう陽ちゃん! すごく助かるよ!」


 作業は主に、溜まっていた雑務や在庫管理。そして普段行き届かない店内の掃除など……することは山ほどあったので、陽ちゃんの手伝いは本当に助かった。


「ふっふーん。どう、涼ちゃん? 俺のスーパーでスペシャルにパーフェクトな姿に、さすがの涼ちゃんも惚れ直すっしょ?」

「ふふっ。僕は今も昔も、ずっと陽ちゃんのこと大好きだよ」

「いやん、そんな真っ直ぐに言われちゃうと……陽太、照れちゃうー」


 陽ちゃんは両肩を抱きながら、茶化すようにそう言う。そんな陽ちゃんの姿に、僕はクスクスと笑う。

 ……でも、陽ちゃんのことが大好きなのは本当だから。お世辞とかではなく、素直に言葉のまま受け取っててくれると嬉しいな。




 ******




「じゃー、次は更衣室兼、休憩室だなー」

「従業員は実質、僕と陽ちゃんの二人だし……そんなに使ってないから、すぐに終わるね」


 僕がそう言うと、陽ちゃんは「え? あー……うん……ソダネー」と返す。どこか歯切れが悪そうに聞こえるのは、きっと僕の気のせいだろう。


 ……と、一瞬だけ思ったりもしました。


 部屋のドアを開けると――――そこは悲惨な光景でした。


 そう……まるで陽ちゃんの家に遊びに行ったときに毎回目にする、陽ちゃんの部屋のように……。


「よ、陽ちゃん!? ねぇ、陽ちゃん!? なんでこんなことになってるの!?」

「俺くらいしか普段使わないので……つい」

「だからって……! 幸いにも僕らの他に、従業員さんがいなくて良かったけど……陽ちゃん!!」

「ゴメンナサイ」


 気づかなかった僕も悪いけど……少しだけ陽ちゃんにお説教をした後、僕たちは掃除を始める。

 陽ちゃんは要領が良くて器用だけど、どうしても部屋の片付けなどは苦手だ。僕がお説教をしたせいか、陽ちゃんは少ししょんぼりしながらも一生懸命掃除をする。私物で持ち込んだ教材やテキストなどをまとめ、棚に片付ける。……あれ? そういえばあの棚って、そもそもうちの店にあったかな?




 ******




「ふぅー、ひと仕事終えたおかげか……心なしか、心も部屋もスッキリしたぜ」


 一通り片付け終えた頃には、陽ちゃんはいつもの調子に戻っていた。


「もう……ココは陽ちゃんのおうちじゃないんだから。次やったら怒るからね?」

「もう怒られたけど……」

「返事は?」

「あい……」


 陽ちゃんは、渋々といった風に頷く。


「……ってことで。片付けている時に、何やらお宝っぽいのを見つけたので。一緒に中身を拝見しようよ、涼ちゃん!」


 そう言って陽ちゃんは、どこからともなく少し古くなった箱を取りだした。


「陽ちゃん! さては全然反省してないね!?」

「したした、めーっちゃした。ちょーした。それではご開封ー」


 陽ちゃんはどこか楽しそうに箱を開ける。


「おっ、色々と入ってんね」

「本当だ、たくさん入ってるね」


 色とりどりの折り紙やおはじき、手紙やお守り。……そして数枚の写真が入っていた。


「先人が残したものかな?」

「先人って……ココはおじいちゃんのお店だよ、陽ちゃん」


 ということは。これらは全て、おじいちゃんの宝物なのだろうか?


「涼ちゃん、見てみてー。すっげー若い頃のじーちゃん」

「わぁ、おじいちゃんかっこいいね」

「こっちはばーちゃんかな?」

「おばあちゃん、すごく綺麗だね」


 気づけば、僕と陽ちゃんは写真に釘付けになっていた。


「なー、涼ちゃん。これってもしかして、この店じゃね?」

「…………!」


 少し色あせたそれは……確かに、このお店の前で撮られた写真だった。


「……このじーちゃんさ、すっげー嬉しそうじゃね?」

「そうだね……おじいちゃん、すごく嬉しそうだね」


 このお店……喫茶店『Bonheurボヌール』の入口に立っているおじいちゃんの姿は……一見、仏頂面に見えるが、口元が少しだけ緩んでいる。


「……おじいちゃん、このお店を開くのすごく頑張ったって言ってたもんね」

「その大事な店を涼ちゃんが継ぐって言った時、じーちゃんスゲー嬉しそうだったもんな」


 おじいちゃんの大切にしていたお店を、今は僕が引き継いでいるんだ。


「……あっ。俺、スゲーいいこと思いついた」

「陽ちゃん?」

「涼ちゃん、ちょっと来て」

「ちょっ、陽ちゃん!?」




 戸惑う僕にお構い無しに、陽ちゃんは僕の腕を引いた。




 ******




「みーどり、さん」

「わっ! どうしたの、陽太くん!」


 カウンターに座る常連の夏風なつかぜ みどりさんに、陽ちゃんが何やら話しかけている。


「いいもんあるけど……見る?」

「えー? そんなにもったいぶって、なになに?」

「実はー……」

「……!!」


 陽ちゃんが何を見せているのか、なんとなく想像が着く。


 陽ちゃんに腕を引かれたあの日、僕は写真を撮った。




 あの時おじいちゃんが撮った写真と、同じ写真を。

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