夏祭り当日。
「はい、できたよ」
「わぁー、すごいよ
「そうだよ、もっと褒めて」
そんな私はというと……。
「
「まっ、待って! 帯が上手く結べない……」
そう、帯を結ぶのに苦戦していたのだった。
「帯だけなら、俺がやろうかー?」
「へぇっ!?」
古奈からの突然の提案に、思わず声が裏がえる。
確かに……古奈は悔しいくらい様々なことに器用だ。私がこの十数分……格闘していたこの帯も、古奈にかかれば一瞬だろう。
……しかし婚前前の淑女として、付き合ってもいない男に身支度の途中を見せるのはいかがなものだろうか?
(でもこれ以上自分一人でやっても、いつまでも終わる気配がない……そうなると、お店にも迷惑をかけてしまう……あぁああぁぁ……!)
「……しく……」
思考が停止した私は、腹を括った。
「よろしく……お願いします……」
「あい、おまかせあれ」
そうして古奈に、帯の見本を見せるのだった。
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「わぁ! 二人とも、すごく似合ってる!」
「あ、ありがとうございます……」
結論から言うと……見本を見た古奈は、五分足らずで帯を結び終えた。
しかも私がしようとしていた簡易的なものではなく、なんか難しそうなことをしていたので、私の十数分の戦いは一体なんだったのか……少し虚しくなった。
「まぁ、俺のセンスが良すぎちゃったからね。えっへん」
「自分で言っちゃうかぁー……」
古奈の自信に満ちた言葉に、青山先輩は苦笑いで返す。
「
「あはは、陽ちゃんは大袈裟だね」
(青山先輩は自身の顔の素材の良さを、もう少し自覚してもいいのに……)
青山先輩は古奈のように派手な格好や、自身を主張するようなことをしない。むしろ地味な格好を好む、物静かな人だ。
普段も今日みたいに気飾れば、恋人の一人や二人できていてもおかしくないのだが……私の知る限り、青山先輩に恋人がいた話を聞いたことがない。
「あ、青山先輩。とっても似合ってますよ……!」
「那月さんもありがとう」
この感じからすると、青山先輩は私と古奈の言葉を完全にお世辞と捉えている。先輩、少しは気づいてください。
「那月ちゃーん、俺は俺はー?」
「いいんじゃない?」
「えぇー、もっと情熱的に言ってよぉー」
「うるさい!」
浴衣姿の貴重な古奈なんて、目に焼き付けたいに決まってる。しかしあまりにも貴重で非日常すぎて、見たくても見れないのが現実だ。
「まぁまぁ、陽ちゃん。今からお店を任せるのにケンカしてたら、心配でお祭りどころじゃなくなっちゃうよ?」
「俺らめっちゃ仲良し、ね?」
そう言って顔を寄せてピースサインをする古奈に、驚いて張り倒しそうになる。しかし目の前の青山先輩の心配そうな表情に、私は一生懸命に平常心を装う。
「は、はい。私たち仲良しです……!」
「ならいいんだけど……」
未だに心配そうに、私たちを見る青山先輩。自分では口角を上げてるつもりだが、上がってないのだろうか!?
「ついでに写真撮ろー。はい、ピース」
「ピ、ピース……」
思わぬ所で、古奈とのツーショット。あとで送って貰えないだろうか。
「ほらほら、涼ちゃん。そろそろ行かないと、待ち合わせに間に合わないよ?」
「あっ、そうだね。それじゃあ二人とも、お店のことはよろしくお願いします。それと、何かあったらすぐ僕に連絡を……」
「分かってるって、大丈夫だから」
そう言って古奈は、青山先輩を店の外へと押し出した。
「ふぅー、涼ちゃんは心配性なんだから」
「仕方ないでしょ、青山先輩は古奈とは違うんだから」
「えー?」
不貞腐れる古奈を横目に、私は気持ちを切り替えようと開店準備を始め……ようとするが、古奈がジッと私を見てることに気づいて手を止める。
「な、なに……?」
「ん〜……せっかくだし、那月ちゃん。髪を
「別にいいって……」
「い・い・か・ら」
そう言う古奈に、半ば強制的にカウンター席に座らされる。
古奈は慣れた手つきで私の髪を
何が何だか分からないまま、私はされるがまま髪を結われているが……相手が古奈だからか、自然と不快ではなかった。
「……はい、完成」
「あ、ありがとう……」
古奈から鏡を受け取り、結われた髪を見る。
上半分だけ結われた髪と、可愛らしい髪飾りが一つ。
「……? 古奈、この髪飾りは?」
「ん〜? 俺からの、今日のバイトのお礼」
「そ、そうなの……? ありがとう」
「どぉーいたしまして」
私から鏡を受け取ると、バックヤードに向かう古奈。
「……まぁ、半分は虫除けなんだけどねぇ」
「……? 古奈、なんか言った?」
古奈が何か言った気がして、すぐに聞き返す。
「ん〜ん、なーんでもなーい」
そう言ってバックヤードに消えてった古奈は、少しだけ分かりやすく笑っていた気がした。
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お祭りが始まった頃。
「お姉さん、注文いいかしら?」
「あ、はい!」
「アイスコーヒーです、どーぞ」
「ありがとう、兄ちゃん」
古奈が事前にSNSで告知していたからか、そこそこ賑わっていた。
「お待たせしました、オムライスプレートとサンドイッチです」
「ねぇーねぇー、お姉さん可愛いね」
「ありがとうございます」
「こんな日に働かずに、俺たちと祭りに行かない?」
「すみません、仕事中ですので」
「じゃあ連絡先教えてよ」
「終わったらさ、一緒に祭りに行こう?」
祭りで浮かれてるのか、はたまた祭りを共にする女子を探しているだけなのか……明らかにナンパ目的の、面倒な客に絡まれてしまった。
(どうしよう……こういう時のことを、全く想定していなかった……)
困っていると、後ろから「すみませーん」と安心する声が聞こえた。
「お客さーん、ウチの店はそういう系の店じゃないんで困りますー。それにウチの子、こういうことに慣れてないんで……勘弁してあげてくださいー」
そう言って古奈は、なにか軽く仕草をする。
「なんだテメ……っ!」
「チッ、男つきかよ……」
何かを察した男性客は、すぐに引き下がってくれた。……が、当の私は何が起こったのか理解していなかった。
「それじゃあ忙しいんでぇー、失礼しまぁーす。……行こ、那月ちゃん」
古奈に押され、私は一礼して去る。
「……さっきの人、急にどうしたの?」
「さぁ〜? どうしたんだろうね?」
お皿を洗いながら古奈に聞いてみるが、はぐらかされてしまう。
「そうだ那月ちゃん。コーヒーとホールは俺がやるから、那月ちゃんはキッチンをお願いしていい? 手が回んなくなったら、俺も手伝うから」
「別にいいけど……アンタそれ、一人で大変じゃない?」
「へーきへーき。那月ちゃんがナンパされてる方が大変だから」
「うっ……」
古奈のその言葉に、私は何も言えなくなった。
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……その後、何度か似たように声をかけられた。が、その度に古奈が現れてはナンパ客を追い返してくれた。
そうこうしているうちに、青山先輩がいつの間にか戻ってき、閉店時間になった。
「あれ? 那月さん、本当に陽ちゃんと仲良しですね」
「え?」
青山先輩の言葉に、私は首を傾げる。
「どうしてそうなるんですか?」
「えっ? だって那月さん、その髪飾り……」
「涼ちゃーん」
疲れきった古奈が、青山先輩の背中に抱きつく。
「ねぇー、俺ちょー頑張った。褒めて、褒めてー」
「うんうん、陽ちゃん頑張ったね。ありがとうね。……那月さんも、本当にありがとうございます」
「いえ、こちらこそ……! 貴重な体験をさせていただき、ありがとうございます!」
私は青山先輩に深々と頭を下げ、お礼を言った。
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着替え終えた私たちは、店の前にいた。
「二人のおかげで久々にお祭りを楽しめたよ、本当にありがとう」
「いえ……」
「いいってことよぉー」
遠慮という言葉を知らない古奈がそういうと、青山先輩は苦笑いする。
「それじゃあ、僕は片付けがあるから。陽ちゃん、那月さんを駅までよろしくね」
「ラジャー」
青山先輩と別れ、私は古奈とともに駅へと向かう。
結局、青山先輩の『仲がいい』の理由は聞けなかった。
その意味を知るには少しだけ背が足りなく、古奈の髪に同じ髪飾りが飾られていたことに気づいたのは、髪飾りを渡した本人と第三者だけだった。