目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

七杯目:真夏のキューピットの裏話【中編】

 青山あおやま先輩のところでバイトを始めることになった私は、業務内容を色々と学んでいた。


「青山先輩、味見してもらってもいいですか?」

「はい、分かりました」


 青山先輩は古奈こなの従兄弟で、古奈と私は幼なじみだ。そんな青山先輩は古奈と違って真面目で勤勉で、昔から尊敬にあたいする先輩だ。


「はい、問題ないです。さすが那月さん、これなら普通に提供しても大丈夫です」

「よ、よかった……」


 私はホッと息をつく。

 私は今、お店で提供するための軽食を作る練習をしている。顔見知りと言っても憧れの先輩であり、店長である先輩に試食してもらうのは、なかなか緊張するものがあった。


「えー、なになに? 那月ちゃんの手作り? 俺も食べたーい」

「もー、陽ちゃん。これは遊びじゃないんだからね?」

「でも、もー俺、腹ペコだよ。お腹と背中がぺったんこしてスリムボディになっちゃう」

「うーん、確かにそろそろ休憩の時間だしね……それじゃあ那月さん、まかないがてら次のメニューを二人分作ってもらってもいいですか? 出来あがったらそのまま、陽ちゃんと二人で休憩に入っていいですから」

「は、はい……!」

「わーい」


 青山先輩に頼まれ、私は軽食作りを再開する。

 次の軽食のメニューは、オムライスプレート。

 練習や自分のためだけではなく、古奈の分……つまり、お客さんに提供する前提なのだ。


(そ、それにこれは、古奈に手作りの料理を食べてもらうチャンス……!)


 失敗は許されない。

 べ、別に古奈のためではない……古奈のためではないのだ!




 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




「失敗した……」


 私はカウンターに突っ伏しながらそう呟く。


「まぁちょっと焦げてるけど、余裕で食えるよ那月ちゃん」


 古奈からフォローされ、私は焦げたオムライスプレートをスプーンで突っつく。


(ここぞと言う時に限って、上手くいかない……私の悪い癖だ……)


 少し焦げたオムライスを食べながら、一人で反省する。

 自分で言うのもなんだが、私は完璧主義者だ。自分が満足する結果のため、常に努力を惜しまない。

 しかしどんなに努力や練習をしても、ここぞと言う時に限って緊張してしまい、すべてを台無しにしてしまう。

 自分の最大の欠点だ。


「でも那月ちゃん、これ以外全部の軽食のメニュー作れてたんだし」

「……ダメよ。青山先輩が不在の時、対処できるくらいじゃないと……コーヒーだって淹れられないし」

「那月ちゃんって、本当に真面目だねぇ」

「アンタが不真面目すぎるだけでしょ」

「まぁ、そうとも言うね」


 古奈は「てへっ」っと可愛こぶるが、なんせ基本表情が変わらない男だ。何も知らない人から見たら、ただ棒読みで「てへっ」と言ってるだけだ。


「当日は俺もいるし……ってか、俺しかいないんだけど。大舟に乗ったつもりで、俺にまっかせーなさーい」

「それが一番不安なんだけど…」


 いつの間にかオムライスを食べ終えた古奈は、プレートを横によけて肘をつく。


「なんて言うか……那月ちゃんはさぁ、頑張りすぎるくらい頑張っちゃう、頑張り屋さんじゃん? それは那月ちゃんのいいところだけど、悪いところでもあるよ?」

「…………」


 古奈に図星をつかれ、私は押し黙る。


「私だって……分かってるわよ……」


 ジッと私を見る古奈の視線は、何も知らない人にはボーッと見てるだけにしか見えないだろう。だが私にはわかる。古奈が心配して言ってるのだと。


「では、そんな那月ちゃんに……」

「…………?」


 スマホを取り出した古奈が、なにか操作している。そして――――。


「お祭り当日は、浴衣を着てもらおうと思います」

「…………は?」


 そう言って見せてきた画面は、浴衣レンタルの画面だった。


「…………はぁ!?」

「あと、涼ちゃんもね」

「えっ!? 僕も!?」


 静かに洗い物をしていた青山先輩も、初めて聞いたのだろう。私と一緒に、驚いたように声を上げる。


「せっかくのお祭りです。みんなで浴衣を着ようじゃないか。……ちなみに二人以上で、割引がききます」

「さては最後の割引が本命だな!?」

「てへっ」


 古奈は先程と違って、軽く舌を出して自分を小突く。別に、可愛くなど……!


「実を言いますと、俺の独断で二人に似合いそうなのをレンタルしたものがこちらです」

「行動が早すぎるよ、陽ちゃん!!」

「着付け方が分からなかったら言ってね。俺、こう見えて着付けの方法教えてもらってるから」

「アンタ、どこまで有能になれば気が済むの!?」


 古奈は「えっへん」と、分かりにくいがドヤ顔をする。


「さらに事後報告で、大変申し訳ないですが……浴衣イベントを開催する告知も、俺がこっそり作った涼ちゃん非公認のこのお店の非公式SNSアカウントでしてます」

「それはさすがに言おうね!? そんなアカウントあるなんて、僕知らないよ!!」


 普段物静かな青山先輩も、自分の知らないところでお店のアカウントが存在していたことに驚きとともに呆れて声を荒らげる。


「それじゃあみなさん、当日はお互い頑張りワッショイ」




 ……古奈だけは、本当に何一つとしてペースを崩さなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?