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〜小さな幸せ喫茶〜
〜小さな幸せ喫茶〜
斐古
文芸・その他ショートショート
2024年12月13日
公開日
3.2万字
連載中
そこは大通りから離れた路地の先にある喫茶店『Bonheur(ボヌール)』。

喫茶店『Bonheur』を中心に始まる、ほのぼのな日常。



アナタだけの『小さな幸せ』、ぜひ見つけてみませんか?



※基本一話短編(稀に分割短編)。
※話によって視点が変わる群像劇です。
※時系列がバラバラになることがあります。


※『ノベルアップ+』様にも一部掲載していますが、少し手を加えています。

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よろしくお願いします。

一杯目:白猫に導かれた、小さな幸せ喫茶

 大人になっても、自分だけの秘密の場所を見つけると、ワクワクするものだ。


 外は痛いほどの日差しが降り注ぐ、猛暑日。こんなに暑い日くらいは、『蝉も鳴くのを止めればいいのに……』とさえも思うのに、それでも蝉たちは律儀に鳴くことを止める気はなさそうである。



 そんな私は、とある場所にいる。

 古き良き、小さな古民家風の喫茶店。

 そのカウンターに座りながら、私は瞼を閉じる。



 暑すぎず、寒すぎず。適度な温度に設定された涼しい店内。

 大人になっても、自分だけの秘密の場所を見つけると、ワクワクするものだ。


 聞こえてくるのは、ゆったりとしたBGMと、この喫茶店の主が手馴れた手つきでコーヒーを淹れる、一切の無駄のない心地よい作業音だけ。


 カチャカチャと、食器の重なる音がする。そろそろ私が頼んでいたコーヒーが、出来上がる頃だ。


「お待たせしました。当店自慢の、ブレンドコーヒーです」


 その柔らかい声を聴き、私は瞼を開く。


「ありがとうございます。いただきます」


 お礼を言って、目の前に差し出されたコーヒーをわたしは受け取る。そしてコーヒーの香りを堪能した後に、一口飲む。

 口の中では、コーヒーの苦さが広がる。だが、その苦さの中に感じる深い味わいのコク。


「うん、今日も凄くおいしいです!」

「ふふっ、ありがとうございます。……良ければ、こちらもどうぞ。コーヒーに合いますよ」


 店主は嬉しそうに微笑むと、小皿を出す。その差し出された小皿に乗っていたのは、一口大の大きさの淡いピンク色のお菓子だった。


「これは何ですか?」

「『ギモーヴ』って言うお菓子です。コーヒーの付け合わせに、作ってみたんです」

「へぇー、可愛い。いただきます!」


 ギモーヴと呼ばれるキューブ状のお菓子を、試しに一つ、口の中へ入れる。

 それは口の中でゆっくりと溶けていき、同時に柔らかな甘さが広がっていく。


「……! わぁ、凄く美味しいです! 口の中でフワッて溶けて、甘さが広がって……コーヒーの苦さにとても合います!」


 私の言葉を聞いたこの喫茶店の店主……青山あおやまさんは、安心したように微笑む。


「よかったぁ。他にも、色々な味で作ってみたんです。試作品で本当に申し訳ないのですが……もし良ければ、夏風なつかぜさんの意見を聞かせて貰えませんか?」


 青山さんは、少し申し訳なさそうに私の反応を伺う。そんな青山さんに、私は口角を上げる。


「はい! 私でよければ、喜んで……!」


 そう答えると、青山さんは「夏風さんなら、そう言ってくれると思いました」と言って、さっそく冷蔵庫から色とりどりのギモーヴを取り出す。


「それではお言葉に甘えて……ご意見、よろしくお願いします」




 ******




 私がココ、喫茶店『ボヌール』を見つけたのは一年ほど前のことだ。




 私、夏風なつかぜ みどりは、どこにでもいるようなごく一般人のOLだ。

 その日はいつもより早く仕事が終わり、太陽もまだまだ沈むには余裕があった。

 そんなこともあり、私は何となく寄り道をしたい気分だったのだ。


「どこか行きたいけど……これと言って、行きたい場所もないんだよなぁ……」


 ショッピングをするにも、給料日はまだ先だから財産はしたくない。かと言って、今から友人とお茶をするには相手の都合などを考えると気が引ける。


「ニャー」


 そうやって悶々と考えていれば、どこからか小さな声が聞こえた。

 声の主を探していれば、ふと、一匹の白猫が足元へとすり寄ってきた。

 私はしゃがんで、その白猫を撫でる。


「どうしたの、猫ちゃん? どこから来たの?」


 白猫は応えるように「ニャー」と鳴くと、少し離れた路地へと歩いていく。

 歩いていったと思えば急に止まって振り返り、私をジッと見る。そして少し歩き出した。……と、思えば白猫は少し先でまた止まる。そして再び私をジッと見ては、少し先を歩いて……を、繰り返す。

 その白猫の謎の行動は、まるで『ついて来い』とでも言っているようだった。


 その時の私は、まるで子供の頃に戻ったように『この白猫についていけば、新しい何か見つけられる』と思い、ワクワクした気持ちになっていた。


 路地裏に入った白猫の後を、黙ってついていく。薄暗いみちだが、心なしか不安な気持ちには一切ならなかった。


 ――――この気持ち、懐かしい……!


 まるで子供の頃。放課後や夏休みに、友達と探検や冒険ごっこをしていた時のような。胸が弾み、心が躍る感覚。これは、時が経つにつれて、徐々に忘れかけていた気持ちだ。


 この時の私は、夢中で白猫のあとを追った。




 ……しばらくすると、開けた場所へと出た。




 一瞬、白猫を見失ってしまい、辺りを見回す。


 すると白猫は、一軒の古民家の入り口でのんびりと毛づくろいをしていた。


 そっと白猫へ近づいて、手を伸ばす。再び白猫を撫でながら、ふと、私は気づく。

 古民家の入口には『OPEN』と書かれたプレートが掛かっている。どうやら何かのお店のようだ。

 見上げると『Bonheur』と書かれた看板があった。


「えっと……ぼ、ぼん……」

「『ボヌール』って、読むんですよ」

「ひぇ!?」


 突然小さいベルの音と共にドアが開いたと思えば、頭上から声がする。私は驚いて小さく悲鳴を上げる。

 すると、声の主は「あ、スミマセン! 驚かせるつもりはなかったんです……!」と、申し訳なさそうに謝る。


「あ、いえ! 私こそ……大変失礼しました!!」


 見上げると、そこにはメガネをかけた黒髪の好青年がいた。爽やかな笑みを浮かべるその青年はエプロンをまとっており、どうやらココの店の店員のようだ。


 ――――ドクン……――――


 一瞬、心臓が高鳴る音がした。


「あの、えっと……ココは?」


 私はお店を指さしながら、店員さんへと問いかける。


「あぁ、失礼しました。ココは『ボヌール』と言う喫茶店です。外は暑いですし……良ければ少し、中で涼んでいかれませんか?」


 一瞬どうしようかと悩んだ。喫茶店だと言われても、このご時世……ホイホイとキャッチされる訳にはいかない。

 だが、どうしてだろうか……目の前の店員さんからは悪いなど感じられない。

 それどころか、邪気など全く感じさせない、その圧倒的癒しのオーラをまとったよう微笑みに、私は完全に落ちた。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」

「はい、ゆっくりしていってください」


 私は店員さんに促されるままに、店内へと足を運ぶ。




 これが私と店員さん……青山あおやま 涼介りょうすけさんとの出会いだった。




 ******




「私、いつも思うんですけど。あの日『たまたま仕事が早く終わって、猫ちゃんの後をついて行っていなかったら』……。私はこの喫茶店を一生知らずに、人生損していたと思うんですよねぇ」


 私の言葉に、青山さんは「それは、大袈裟ですよ」と、小さく笑う。


「……でも、確かにウチの店は表の通りのような賑わいから離れていますから。ココに来られるのは、祖父の代からの常連さんやご近所の方がほとんどで……夏風さんのような方は初めてでしたよ」

「あはは……まぁ、確かに……『猫ちゃんに導かれて来たはいいけど、帰り道が分からない客』なんて、私くらいですよね」



 ******




 一年前の私は、店員さん……青山さんおすすめのケーキセットを頼んだ。そしてあまりの居心地の良さに、気づけば閉店ギリギリまでまったりと過ごしてしまった。

 ……までは、いいのだ。が、『家までの帰り道が分からない』という失態を犯してしまった。


 白猫を追いかけるのに夢中で、来た路を覚えていなかったのだ。


 私は迷惑を承知で、お店の後片づけをしていた青山さんに、表の通りまでの道を聞いた。すると青山さんは――――。


「もう少しだけ待っていただければ、僕が表の通りまでお送りしましょうか?」


 と、申し出た。


 最初は、閉店間近まで居座ってしまった上に送ってもらうなど、申し訳ないと思った。

 しかし表の通りと違い、人通りの少ない路。初めての場所と言うこともあり、日が沈むとともに不安がこみあげてくる。

 それを察しての事なのだろう。青山さんはどことなく、心配してくれていたのだ。


 ならば、ココは素直に甘えるしかない!

 その日は、青山さんに表の通りまで送ってもらったのだ。




 ******




「でも青山さんのおかげで、今では一人でも来られるようになりました」

「せっかくこのお店を気に入っていただけたんです。夏風さんにもしもの事があったら、僕も気が気じゃないですよ」


 私はあの日からよく、この喫茶店に通うようになった。


 最初は週に一回、行くか行かないか程度。しかし、この居心地の良さが恋しくて、だんだんと足を運ぶ回数が増えていき……今ではほとんど毎日通っている。


「この喫茶店、すっごく居心地がよくて……懐かしいというか、何と言うか……。お店の場所的にも、なんだか『秘密基地』って感じで。ついつい、毎日通っちゃうんですよね」

「フフッ、ありがとうございます。僕も大好きだった祖父が始めたこのお店を、誰かに気に入ってもらえるのはとても嬉しいです」


 青山さんは、本当に嬉しそうに笑う。

 青山さんのおじいさんは、若い頃にお金を貯めて、退職後に念願だったこの喫茶店を開いたのだという。


「……それに、青山さんとお話しするのも、凄く楽しくて……」

「あ、スミマセン。豆を挽いてて、よく聞き取れなかったのですが……何かおっしゃられましたか?」

「い、いえ! 何も!! 今日も青山さんの淹れるコーヒーは、世界一美味しいですね!」


 私は誤魔化す様に、コーヒーを呷る。そして頬が熱くなっているのを悟られないよう「今日も外は暑いですねー」と、世間話で話を逸らす。


 勿論、このお店に来る理由は居心地の良さや、コーヒーを楽しむことが理由だ。しかし、それと同じくらい……いや、それ以上に私は、青山さんとの、この何気のない会話を楽しみにしているのだ。


「そういう風に、ストレートに褒められると、ちょっと照れちゃいますね」


 青山さんは嬉しそうに、照れくさそうに笑って、軽く頬を掻く。


 ――――うぅっ……青山さん、その笑顔も可愛い……!


 ニヤケそうになる顔を、必死に抑える。



 思い返せば、一年前のあの日から、私は青山さんに恋をしていた。何より、こんなにも優しくて爽やかな好青年なのだ。正直、私の好みとしてはドストライクだ。


 それに、青山さんに教えてもらった。この喫茶店の名前『ボヌール』の意味。『ボヌール』とは、フランス語で『小さな幸せ』と言う意味らしい。


 この一年、青山さんとはこうして会話をする以外、特に進展などはない。

 でも、今の私にとっては、この小さな幸せだけで充分だ。



「夏風さん、おかわりはいかがですか? これはギモーヴの感想を聞かせていただいたお礼です」


 青山さんは淹れたてのコーヒーを、笑顔でそっと目の前に差し出す。


「えっと、じゃあお言葉に甘えて……いただきます」


 私は青山さんから、新しいコーヒーを受け取る。


 青山さんの淹れるコーヒーは、苦さの中にわずかな酸味。そしてほんのりと、どこか甘い味がする。


 まるで私の心を表しているような……そんな味のコーヒーだ。




 ******




「それじゃあ青山さん。今日もコーヒー、ご馳走様でした」

「いえ、こちらこそ。いつもありがとうございます。帰り道は気をつけてくださいね」


 青山さんはお店の入り口から、私を見送ってくれる。

 太陽は沈み始め、少しずつ夜空には星がポツリポツリと輝き始めていた。


 私は伸びをして、鼻歌交じりに表の通りへと向かう。




 職場の同僚や、友達にも教えたくない。おじいさんの代からの常連さんや、私だけの秘密の場所。




 そして私は、明日もきっと。あの喫茶店に通うのだ。

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