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第四十四話 収束


「綾音さんはどうやってここに来たの?」


 二柱の神が消えてホッとしたのか、清歌は綾音を見上げる。


「飛んできたわよ? 鎖だって解けたしね」

「なんで急に力が戻ったの? いままでずっとあの部屋から出られなかったのに」


 不思議なのはそこだ。

 なぜこのタイミングで力が戻った?

 お祈り地蔵の口ぶりから、二柱の神様が関係しているようだったが、逆にいままではなぜ助けなかった?


「私が心の中で初めて必死に願ったからでしょうね。貴方たちが霧子ちゃんのことで部屋に飛び込んできた時、十中八九清歌たちも危険にさらされると分かっていた。だけどあの鎖のせいで動けなかった。だから必死に願った。ずっと、何度も何度も。そうしたらあの二体が部屋に現れた」


 綾音は優しい笑みを浮かべた。

 解放された喜びではなく、清歌たちを助けられたことへの安堵だった。


「今までは願わなかったの?」


 清歌は疑問を呈する。

 あんな鎖を受け入れていたわけではないだろうに。


「嫌だなって気持ちと、心から必死に願うのはやっぱり違うのよ。でもどうして今になって私の願いが叶ったのかは分かる。私が本当の意味で”住民”になったから」

「本当の意味で?」


 清歌は綾音の言葉の真意が分からなかった。

 だって彼女は堕天してからずっと人間だった。

 ずっと窓から黙って外を眺めていて……。


「私は清坊に話しかけるまで、きっと本当の意味で人間じゃなかったんだと思う。だって変でしょう? 誰とも会話をせず、誰とも視線を合わさず、誰にも関心を持たない人間なんていると思う? 私はきっとそれだった。あの二柱にこの町の住民として認められてなかったんだと思う。だけど清坊と会話をして、初めて人の暖かさを知って、外に出たいと強く思った。そして今回の件、私は初めてこの町の”住民”として一人の人間、神道綾音として神に願った」


 綾音が人間として認められたから、綾音がこの町の住民として強く願ったから、願いは初めて二柱に届いたのだ。

 結果として綾音はお祈り地蔵を退ける力を手にして、鎖の縛りから脱出することができたのだ。


「いまは人間? それとも神様?」


 清歌は不安な気持ちのままたずねた。

 別に彼女がどちらであろうと清歌の気持ちは変わらないのだが、できれば同じ人間として一緒に生きていきたいのだ。


「もうなんの力もないよ。ただの神道綾音」


 綾音は安心させるように微笑む。

 やっと人間になれたという気持ちと、ちょっとの不安。

 人間としては清歌のほうが先輩にあたる。

 これからは彼と共に生きていく。


「霧子! 大丈夫か?」


 義人は二人の会話を聞きながら、耳に届く物音で霧子に視線を移す。

 霧子は静かにゆっくりと体を動かし始めた。

 まるでずっと眠っていたかのように、ゆっくりと静かに声を発する。


「う、うん……あれ? ここはどこ?」


 霧子は首を振って周囲を確認する。

 見慣れない場所に戸惑う霧子。

 ようやく彼女の視界に義人が映る。


「義人!」


 霧子は無意識に義人の胸に飛びこむ。

 不安の最中、いま一番会いたい人が目の前にいた。


「霧子大丈夫か? どこも痛くないか?」


 義人は霧子の背中をさすりながら確認する。


「大丈夫かな? 地面に寝てたからちょっと体が痛いだけ」


 霧子は義人の胸に顔をうずめたまま答えた。


「霧子はどうなったんですか?」


 霧子の無事を確認できた義人は綾音にたずねる。

 確かにどうなるのだろう?

 彼女は囮だったとはいえ、一時的に神の座へ飛ばされそうになっていたのだ。

 家の記録も人々の記憶も弄られていた。

 いまの彼女は一体どんな存在としてこの世界にいるのだろうか?


「霧子ちゃんは大丈夫。さっきの二柱がすべて元に戻したわ。だから家に帰れば定食屋もあるし、ご両親だって元気に暮らしている。他の人たちの記憶にも記録にもちゃんとある」

「義人? どうしたの?」


 霧子が突然涙を流し始めた義人に驚く。

 義人は綾音の答えを聞いて安堵した。

 心から怖かったし不安だった。

 霧子本人が無事だったとしても、彼女の状況が分からなかったから。

 もしも家がなかったら?

 もしも両親が霧子のことを知らなかったら?

 もしも今まで生きてきた結果がなかったことになっていたら?


 義人の不安と恐怖は霧子には分からない。

 きっと霧子は自分の身に起きたことはほとんど知らないのだから。


「なんでもないんだ霧子。なんでもない」


 義人はただただ繰り返す。

 霧子を安心させるように繰り返す。

 知らなくていいことは知らなくていい。


「私、どうしてここにいるんだろう? 確か部屋にいて、急に眠くなって……」


 霧子は静かに話しだした。

 彼女の言葉を信じるなら、霧子は部屋で眠って目覚めたら裏山の頂上にいたことになる。


「ちょっとお祈り地蔵が悪さしただけ。ただの悪戯よ」


 綾音は霧子にそう説明した。

 悪戯にしては度が過ぎていたと思うが……。


「あれ、綾音さん鎖は?」


 霧子はようやく綾音がこの場にいることの違和感に気づいたらしい。

 疑問に思うのも当たり前、あれだけ外れなかった鎖がなくなっているのだ。


「神様に願ったの。心から、人間として、清歌と一緒に生きるためにね」


 綾音はやや照れながら答えた。





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