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第四十三話 他の二柱


「そうか……お前たちの仕業か!」


 お祈り地蔵は綾音の背後に浮かぶ二つの光の球体に向かって叫んだ。

 清歌は目を凝らして綾音の背後を睨むが、清歌には特になにも見えなかった。

 それは義人も同じらしく、彼も不思議そうな表情を浮かべたままだ。


「あなたはやり過ぎた」


 清歌には何も見えないが、そこに存在しているであろう何かが声を発した。

 それは無機質な声。

 感情の欠片も感じられない機械的で不思議な声。


「やり過ぎだと? 我のどこがやり過ぎだというのだ! お前たちこそ、いまさらなんのつもりだ?」


 お祈り地蔵は今まで見たことがないほど怒り狂っていた。

 いまさらなんのつもりだと問いかける。

 彼からしてみれば、この町の発展に寄与してきたのは自分だと言いたいのだろう。


「神としての領分を弁えなければならない」


 一切やりとりとして成立していない。

 清歌はぼんやりとこの不思議な空間を眺めていた。

 一体自分は何を見ているのだろう?

 何を聞いているのだろう?

 お祈り地蔵と綾音さんの背後にいる何者かが、ずっと喋っている。

 ”いまさら”なんて言っているのだから、もしかしたら綾音さんの背後にいるのは神様?


「観念しなさい。彼らはあなたを連れ戻しに来たの」

「連れ戻しにだと?」


 綾音の言葉を聞いてお祈り地蔵はあきらかに狼狽え始めた。

 何かを恐れているような、そんな仕草。


「そう。もうお前にここの管理権はない」


 綾音の言葉は恐ろしく冷徹だった。

 お祈り地蔵を睨むその視線も、まるでごみを見るように冷たく恐ろしい。

 清歌は背筋がゾクッとした。

 もともとの美貌も相まって、より冷たい印象を与える。


「お前はやり過ぎた」

「お前は秩序を乱した」

「お前は壊れている」

「だから戻そう」


 綾音の背後に控える二体の神様が、交互に矢継ぎ早に捲し立てる。

 機械的であるが故に、そこに一切交渉の余地はない。

 淡々と感情の無い響き。


 清歌と義人はただの傍観者となるしかなかった。

 あまりに異常なやり取りに、一気に蚊帳の外となった二人はゆっくりと目を合わせる。

 お互いの表情を見て、少し気が緩む。

 信じられない光景と出来事の連続に、二人の精神は疲労していた。


「ふざけるな! なぜ我がこんな……」


 お祈り地蔵の抗議は、残念ながら光の塊に包まれて聞こえなくなった。

 目を逸らしたくなるほどの眩い輝き。

 しかし目が離せなかった。

 あれだけ障害として立ち塞がっていた存在が、今まさに光に包まれていくからだ。

 ほんの数秒の出来事。

 たった数秒間で、お祈り地蔵は文字通り姿を消してしまった。


「……お祈り地蔵はどこに?」


 清歌は恐る恐る綾音にたずねた。

 あまりにもあっさりと消えてしまったせいで、なんだか信じられなかったのだ。


「お祈り地蔵なら、ほらあそこに」


 綾音の指さす先には、さっきからずっとそこにあったかのようにお祈り地蔵が設置されていた。

 確かに本来の位置だ。

 お祈り地蔵がずっと設置されていた場所。


「お祈り地蔵は一体しかいないの。あの場所に設置されていて、前までは四体の神様が順番に出入りして町の人たちの声を聞いていた」


 綾音は静かに説明を始めた。

 清歌と義人は呆然としたまま彼女の説明を聞き続ける。


「それがいつしかさっきまで入っていた神様が独占し始めた。それから全てが狂ってしまった。本来は自我の薄い私たちだったけれど、お祈り地蔵の中に長くい続けた結果、彼の精神が構築され過ぎてしまった」


 綾音は首を静かに横に振る。

 あってはいけないこと。

 神様が人間に近づきすぎてはいけないのだ。

 全知全能とまではいかなくても、人間からすれば化け物じみた能力を誇る神様が、人間の未熟な精神構造を持ってしまえばどんな悲劇が巻き起こるか想像に難くない。

 それを防止するための機能が、お祈り地蔵の当番制だった。

 住人たちの意見も取り入れつつ、神としての精神と視点を失わない。

 このバランスが崩れてしまったのだ。


「でも、じゃあどうしていままで放置されてきたのですか?」


 清歌はたぶんまだこの場にいるであろう二体の神に向かってたずねた。

 もっと早く対応してくれていれば……そんな思いが胸中を渦巻く。


「要請がなければ放置が基本」


 神が機械的に答えた。

 言っている意味が分からない。


「つまり、住民側からの要請がなければ動かないのが神様の基本スタイルってこと」


 綾音が噛み砕いて説明する。


「だけどそんなの、要請できるわけがないじゃないか! そんな仕組みになっていることも知らないし、お祈り地蔵がどうとか神様がどうとか、僕たち人間に分かるはずがない!」


 清歌は感情をあらわに詰め寄った。

 当たり前のことだ。

 知らないことを要請できるはずがない。

 通常を知らなければ異常を感じることなどできやしない。

 そもそも住民の意見をくみ取る窓口を抑えられているのだ。

 どうこうできるはずもない。


「そうね。だけど神様ってそんな感じなの。こちら側の理屈なんて通用しないのよ」


 綾音は宥めるように清歌の頭をなでる。

 清歌は静かに綾音に身をゆだねた。

 もう疲れたのだ。

 神だの奇跡だのとやらはもうたくさんだ。


「我々はもう行く」


 神様二体は一方的に言い放ち、やがて声は虚空に消えていった。

 あっという間の神との遭遇。

 お祈り地蔵はただの器であり、綾音は元神様。

 いろいろ体験したつもりの清歌だったが、本物に会ったのは意外と今回が初めてだった。



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