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第四十一話 囮


「僕たちをおびき寄せるため?」


 清歌と義人は意味が分からないと言いたげに首を傾げた。


「一体何のために?」


 義人はお祈り地蔵にたずねる。

 初めての神様という存在を前にして緊張しているせいか、声が微妙に上ずっていた。


「放っておいてもそこの小僧は勝手に来るだろうが、貴様は違うだろう?」


 お祈り地蔵は視線を義人に移す。

 狙いが分からない。


「俺? 目的は霧子ではなく俺ってことか?」

「いかにも。理解が早くて助かる」


 義人の言葉にお祈り地蔵は満足げに頷いた。


 清歌は二人のやりとりを見て頭を回転させる。

 意味が分からなかった。

 お祈り地蔵が義人をここにおびき寄せたい理由。

 しかも霧子を囮に使ってまで。


「じゃあ霧子はどうなる? 綾音さんは神の座に据えるつもりだと言っていたけどどうなんだ?」


 清歌が口をはさむ。

 いまはコイツの目的よりも、霧子がどうなるかのほうがよっぽど大事だ。

 こうしている間も霧子はぐったりとして横たわっている。

 呼吸はしているようだが、意識が戻る気配はない。


「我がこの小娘を神の座に? 冗談はやめてくれ。この小娘が一体なにを成し遂げた? 条件は一切満たしていない。だからコイツは合田義人を誘い出すための囮なのだ」


 義人を誘い出すための囮。

 一体なぜお祈り地蔵は義人に執着する?


「どうだ合田義人。人間をやめて神の座へ来ないか? 素晴らしい眺めだぞ? 万能だ。真の万能感を味わうことができる! この町の人間たちを操り保護する仕事だ。どんな人生よりも素晴らしい未来が待っている! 寿命もなくなる。完全なる不老不死だ!」


 お祈り地蔵は興奮気味に言葉を並べる。

 今まで見たことがないほど饒舌で早口だ。

 だけど今ので確信した。

 コイツは神という立場が好きなのだ。

 今の立場に溺れているだけのクソ野郎。

 だから人を人とも思わない。

 この町の住民は、すべて町を発展させるための駒に過ぎない。


「ふざけたことをペラペラと!」


 清歌は一歩前に出る。

 そして思い至ってしまった。

 合田義人を神の座に送る条件が整ってしまったことに。


「なるほど、成り行きではあるけど僕が義人を”連れてきた”ことになるのか」


 最初からこれが狙いだったのだ。

 お祈り地蔵のターゲットは最初からずっと合田義人ただ一人。

 霧子に続いて今度は義人にまで。

 唯一の友人である二人に随分な仕打ちじゃないか。


「何もふざけてなどおらん。良いのか小僧? 合田義人が神の座へ来てくれれば、綾音の鎖を取ってやれるんだぞ?」


 お祈り地蔵はおちょくるようにメリットを提示する。

 コイツはこれで黙るだろうと言われているみたいだった。

 確かに条件をこれで満たすことにはなる。

 しかし清歌は一切動じなかった。


「前に言ったぞ。僕は誰かを犠牲にして綾音さんを助けるつもりはないと」


 清歌の声は静かで、それでいて一切の感情がないように響く。

 義人はそんな清歌に震えた。

 これは本気で怒っている時の清歌だ。

 基本的に怒らない清歌だが、きっと怒っている。

 義人は清歌の目を見てそう感じた。

 誰かを睨んでいる清歌なんて見たことがない。


「ふん。強がりおって……。だがお前の意志なんて関係ないのだ。これだけ素晴らしい条件だ。合田義人は神の座への道を選ぶだろう」


 お祈り地蔵は当たり前だと言わんばかりだ。

 義人が人間をやめて神の座を求めると思いこんでいる。


「一応聞くが、俺のどこにその資格がある?」


 義人は自分が選ばれた理由をたずねた。

 いまのところ理由が見当たらないと思ったからだ。

 なぜ自分が神に認められたのか。


「合田義人、貴様は失われた才能を覆そうとしている。現状に抗い、理不尽な怪我を行動で打破しかけている。神の座にはそんな人間こそが相応しい」


 お祈り地蔵はどこか正気ではない感じがした。

 清歌はいままで何度もお祈り地蔵と話をしている。

 しかし今まではその行動に一貫性があった。

 まるで機械のように感情の無いまま選択していく。

 合理性と数字によって空神町を発展させようとしていた。

 しかしいまのお祈り地蔵の行動にはそれがない。


 義人を神の座にしてしまっては、彼本来の才能の行く末は分からない。

 もしかしたら本来の才能のまま、町を代表する存在になれるかもしれないのに、その可能性をお祈り地蔵がみずから閉じようとしてしまっている。

 さっきまでの説明や話し方もそうだ。

 とても神様とは思えない。

 まるで人間と話しているような違和感。


「ふん、馬鹿馬鹿しい。俺は人間として生きていく。この町にとっての利益などしったことか。俺は俺の人生を歩む。そしてその隣には霧子が必要だ。だから返せ」


 義人の声はもう震えてなどいない。

 相手が神様であることを忘れたかのように、いつも通りの力強い声と言葉で拒絶した。


「愚かな選択だぞ合田義人」

「アンタは神様だ。こうして俺が反抗したことだって、運命に抗ったことになるんじゃないのか?」


 義人は鼻で笑った。

 一度吹っ切れたのか、いつにも増して強気に出る。

 相手が何者であろうと譲らない義人の姿がそこにはあった。


「はぁ……残念だよまったく。お前なら神の座が務まると思ったのに」


 お祈り地蔵は心底残念そうにため息を漏らす。

 清歌は警戒した。

 コイツがすんなり諦めるとは思えない。


「だが状況はこっちのものだぞ!」


 お祈り地蔵は豹変したように勝ち誇った顔を浮かべた。



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