「僕たちをおびき寄せるため?」
清歌と義人は意味が分からないと言いたげに首を傾げた。
「一体何のために?」
義人はお祈り地蔵にたずねる。
初めての神様という存在を前にして緊張しているせいか、声が微妙に上ずっていた。
「放っておいてもそこの小僧は勝手に来るだろうが、貴様は違うだろう?」
お祈り地蔵は視線を義人に移す。
狙いが分からない。
「俺? 目的は霧子ではなく俺ってことか?」
「いかにも。理解が早くて助かる」
義人の言葉にお祈り地蔵は満足げに頷いた。
清歌は二人のやりとりを見て頭を回転させる。
意味が分からなかった。
お祈り地蔵が義人をここにおびき寄せたい理由。
しかも霧子を囮に使ってまで。
「じゃあ霧子はどうなる? 綾音さんは神の座に据えるつもりだと言っていたけどどうなんだ?」
清歌が口をはさむ。
いまはコイツの目的よりも、霧子がどうなるかのほうがよっぽど大事だ。
こうしている間も霧子はぐったりとして横たわっている。
呼吸はしているようだが、意識が戻る気配はない。
「我がこの小娘を神の座に? 冗談はやめてくれ。この小娘が一体なにを成し遂げた? 条件は一切満たしていない。だからコイツは合田義人を誘い出すための囮なのだ」
義人を誘い出すための囮。
一体なぜお祈り地蔵は義人に執着する?
「どうだ合田義人。人間をやめて神の座へ来ないか? 素晴らしい眺めだぞ? 万能だ。真の万能感を味わうことができる! この町の人間たちを操り保護する仕事だ。どんな人生よりも素晴らしい未来が待っている! 寿命もなくなる。完全なる不老不死だ!」
お祈り地蔵は興奮気味に言葉を並べる。
今まで見たことがないほど饒舌で早口だ。
だけど今ので確信した。
コイツは神という立場が好きなのだ。
今の立場に溺れているだけのクソ野郎。
だから人を人とも思わない。
この町の住民は、すべて町を発展させるための駒に過ぎない。
「ふざけたことをペラペラと!」
清歌は一歩前に出る。
そして思い至ってしまった。
合田義人を神の座に送る条件が整ってしまったことに。
「なるほど、成り行きではあるけど僕が義人を”連れてきた”ことになるのか」
最初からこれが狙いだったのだ。
お祈り地蔵のターゲットは最初からずっと合田義人ただ一人。
霧子に続いて今度は義人にまで。
唯一の友人である二人に随分な仕打ちじゃないか。
「何もふざけてなどおらん。良いのか小僧? 合田義人が神の座へ来てくれれば、綾音の鎖を取ってやれるんだぞ?」
お祈り地蔵はおちょくるようにメリットを提示する。
コイツはこれで黙るだろうと言われているみたいだった。
確かに条件をこれで満たすことにはなる。
しかし清歌は一切動じなかった。
「前に言ったぞ。僕は誰かを犠牲にして綾音さんを助けるつもりはないと」
清歌の声は静かで、それでいて一切の感情がないように響く。
義人はそんな清歌に震えた。
これは本気で怒っている時の清歌だ。
基本的に怒らない清歌だが、きっと怒っている。
義人は清歌の目を見てそう感じた。
誰かを睨んでいる清歌なんて見たことがない。
「ふん。強がりおって……。だがお前の意志なんて関係ないのだ。これだけ素晴らしい条件だ。合田義人は神の座への道を選ぶだろう」
お祈り地蔵は当たり前だと言わんばかりだ。
義人が人間をやめて神の座を求めると思いこんでいる。
「一応聞くが、俺のどこにその資格がある?」
義人は自分が選ばれた理由をたずねた。
いまのところ理由が見当たらないと思ったからだ。
なぜ自分が神に認められたのか。
「合田義人、貴様は失われた才能を覆そうとしている。現状に抗い、理不尽な怪我を行動で打破しかけている。神の座にはそんな人間こそが相応しい」
お祈り地蔵はどこか正気ではない感じがした。
清歌はいままで何度もお祈り地蔵と話をしている。
しかし今まではその行動に一貫性があった。
まるで機械のように感情の無いまま選択していく。
合理性と数字によって空神町を発展させようとしていた。
しかしいまのお祈り地蔵の行動にはそれがない。
義人を神の座にしてしまっては、彼本来の才能の行く末は分からない。
もしかしたら本来の才能のまま、町を代表する存在になれるかもしれないのに、その可能性をお祈り地蔵がみずから閉じようとしてしまっている。
さっきまでの説明や話し方もそうだ。
とても神様とは思えない。
まるで人間と話しているような違和感。
「ふん、馬鹿馬鹿しい。俺は人間として生きていく。この町にとっての利益などしったことか。俺は俺の人生を歩む。そしてその隣には霧子が必要だ。だから返せ」
義人の声はもう震えてなどいない。
相手が神様であることを忘れたかのように、いつも通りの力強い声と言葉で拒絶した。
「愚かな選択だぞ合田義人」
「アンタは神様だ。こうして俺が反抗したことだって、運命に抗ったことになるんじゃないのか?」
義人は鼻で笑った。
一度吹っ切れたのか、いつにも増して強気に出る。
相手が何者であろうと譲らない義人の姿がそこにはあった。
「はぁ……残念だよまったく。お前なら神の座が務まると思ったのに」
お祈り地蔵は心底残念そうにため息を漏らす。
清歌は警戒した。
コイツがすんなり諦めるとは思えない。
「だが状況はこっちのものだぞ!」
お祈り地蔵は豹変したように勝ち誇った顔を浮かべた。