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第三十八話 神隠し


「つまり加藤さんとこのお嬢ちゃんからこのメールが送られてきたと?」


 小林は二人の少年の話を聞いて腕を組む。


 正直言ってしまえば事件性を感じられない。

 メールが届いたのはほんの数分前。

 話を聞くところによると、ここに来る途中に何度も電話をかけたが繋がる気配がなく、普段からこういった悪戯は絶対にしないタイプの子であるとのこと。

 どうしたものか……。


 小林は数秒間沈黙する。

 メールが一通彼氏の元に届いただけ。

 内容がやや恐ろしくも感じるが、この段階で大事にすることだろうか?

 空神町は小さな町だ。

 一度こういった話が外に出てしまえば噂の伝染は恐ろしいほど早い。

 もしかすればこれが悪戯で、たった一度の過ちでこの町にいずらくなる可能性だってある。

 ここは……。


「分かった。俺も俺で探してみるから、安心しなさい」


 小林の口から出たのは、そんな嘘と欺瞞にあふれた言葉だった。

 警察は何かが起きてからでしか動かない。

 加藤霧子が失踪した確たる証拠もないし、まだいまのところ彼氏にメールを一通送りつけて約三十分間連絡がつかないだけ。

 現段階では事件性が薄いと判断するしかない。

 小林の中での結論はこれだった。

 彼の頭の中には、ましてやこの空神町でそんな事件が起こるはずないという思い込みも多分に含まれていた。


「……わかりました。ご協力ありがとうございます」


 小林の意図を感じ取った二人は静かに席を立つ。

 そのまま交番を後にしてトボトボと歩き出した。

 耳に届くセミの鳴き声がうるさい。


「警察はあてにならない。他に探す手段は……」

「なあ、とりあえず霧子の家に行かないか?」


 焦る義人に清歌が冷静に提案する。

 もしかしたら彼女が最後にどこに行ったか知っているかもしれない。


「……そうだな。そうしよう!」


 義人と清歌は再び走りだす。

 ここから霧子の家は近い。


「なあ清歌」

「うん?」

「霧子の両親にメールの件、伝えた方が良いよな?」


 義人は深刻な顔で清歌にたずねた。

 彼女の両親を心配させるのはあまりよくはないが、彼女がどこに行ったかを聞き出すうえでメールの件は話さない方が不自然だろう。


「言うしかないよ。もしもの時じゃ遅いんだから」


 清歌と義人はそこから一心不乱に走り続けた。

 途中清歌がふらつき、義人だけを先に行かせた。


「すみません!」


 義人が勢いよく定食屋のドアを開けた。

 この時間であればお店が開いているはずだった。

 しかし中はもぬけの殻で、まるで最初からお店なんてなかったかのように空っぽだった。


「どういうことだ?」


 義人は混乱した。

 ここには何度か食べに来たことがある。

 当然のように霧子の両親とも顔見知りだ。

 なのにお店がお店でなくなっている。

 あり得ないことだ。

 つい最近だって、それこそ霧子と恋仲になったタイミングで一度あいさつがてら食事には来ている。

 ここが店でなくなっているなんてありえない!


「どうした義人」


 遅れてやって来た清歌が息を切らしながらたずねた。

 義人が霧子の家の前で固まっているので不審に思ったのだ。


「なあ清歌、霧子の家ってここだよな? ここで定食屋してたよな?」

「何言ってんだ当たり前だろう?」


 清歌はついに義人が、不安のあまりおかしくなってしまったのではないかと疑った。

 義人に無言で手招きされるままに定食屋に入ると、中はもぬけの殻。

 机やイスも無ければ調理器具さえない。

 ありえない!


「どうなってるんだ?」


 二人はあまりの事態にただただ呆然とする。

 理解が追いついていない。

 神様やらなにやらと直接かかわっている清歌でさえ、ついていけていなかった。


「あれ、二人ともどうしたんだい?」


 背後から声がした。

 振り返ると霧子の家のお隣さんだった。

 お隣さんとは言っても、ここから十数メートルは開いているが。


「いや、ここって……」


 義人がもぬけの殻となった霧子の家を指さすと、お隣のおばさんは首を傾げた。


「ここなんてずっと”何年も”空き家じゃない。あまり変ないたずらしちゃだめよ?」


 おばさんはそれだけ言い残して去っていく。

 方角的に家に帰る途中のようだった。

 しかし信じられないことを言っていた。

 何年も空き家?

 ここが? 霧子の家が? 何を言っているんだ?


「どう思う?」

「もう一度あの警察に聞いてみよう」


 義人はそう言って走り出す。

 ついさっき霧子の話をした時、霧子を認識している様子だった。

 警察に聞いて、この家の場所についての記録を教えてもらえればなんとか……。


「まって!」


 清歌は足ががくがくになりながらも、霧子の身を案じて走りだした。




「加藤霧子? 定食屋? 一体何を言っているんだ君たちは?」


 二人そろって再び交番を訪れると、ついさっき対応したはずの小林の記憶から加藤霧子という人物の記憶が消え去っていた。

 メールを見せても悪戯は他所でやれの一点張り。

 駄々をこねて住所を調べてもらったが、霧子の家の住所は長年使用履歴がなかった。

 本当に霧子だけではなくて、彼女の両親ごといなくなってしまった。

 人々の記憶にも残っていない。

 なんで自分たちは憶えているのか分からないが、こうなるといよいよ行き先がなくなってしまう。

 このせまい田舎町では、霧子がいつも通うような店なんて存在しない。

 義人が必死にクラスメイトにメールを送ってはいるが、返信内容はどれも似たり寄ったりで”誰それ”という答えばかり。

 霧子を探す手掛かりが次々と消えていく中、清歌の頭の中に最後の頼みの綱が浮かぶ。

 霧子を認識していて、超常現象に詳しい人物。


「義人、綾音さんのところに行くしかない!」


 清歌は義人の手を引いて走りだした。

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