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第三十七話 メール


 夏祭りから一週間が経過した。

 もうまもなく八月も終わり、新学期に入ろうかというタイミングで義人と清歌は共に学校の校庭にやって来ていた。

 午前中だというのに、太陽が燦燦と二人をじりじりと焼いていく。

 まだまだ夏真っ盛りの校庭に運動部の掛け声が響き渡る。


「練習はいいのか?」

「いまは休憩時間なんだ」


 清歌の指摘をさらりと躱し、義人は水筒の中身を一気に飲み干した。

 溢れでた異常な量の汗が清歌をゾッとさせるが、運動部の真夏の練習では普通らしく、義人は一切気にしていなかった。


「この前はありがとうな」

「この前? ああ、上手くいったみたいじゃん」


 夏祭りでの義人の告白は大成功し、二人は晴れて結ばれた。

 あれから一週間しか経っていないが、二人の様子は以前となんら変わる気配がない。

 そもそもが友達からスタートしている関係だけあって、妙な距離感もない。


「それで、清歌はどうなんだよ」


 義人は清歌の現状をたずねた。

 自分だけうまくいっているというのは、義人からすればやや気まずいらしい。


「告白したよ」

「マジか!? それで、どうだった?」

「無事に両思いになれたよ」


 義人は予想していなかった答えに興奮気味だ。


「ただ問題は変わらない。結局解決の糸口が見当たらないんだ」


 清歌は現実を告げた。

 両思いにはなれた。

 しかし正直にいってしまえば、もともと感づいてはいた。

 お互いにお互いを好きだろうけれど、綾音は清歌の身を案じて自らの気持ちに嘘をついた。

 正式にカップルにはなれたが、あいにくと綾音の部屋の中でデートをするぐらいしかない。

 すでになんどか綾音の家で一緒に過ごしている。

 もちろん一緒にいるだけでも楽しいのだが、ずっとこのままというわけにはいかないだろう。


「問題ってあの鎖だろ? 切れないのか?」

「無理だね。何度か試したけどビクともしない。この世のものか疑わしくなるよ」


 実際、神様が用意したものなので、この世のものではない可能性のほうが高いのだが、それでも清歌は何度もトライしたのだ。

 結果は案の定惨敗。

 どんな道具を用意しても彼女の足の鎖は取れなかった。


「なあ前に言っていたお祈り地蔵が出した条件ってなんだっけ?」

「自らの強い意志で障害を乗り越えた者を神の座に据える、とかだった気がする。でもさそんな人いやしないんだ。そもそも神の座とやらについた人間がどうなるかわかっちゃいないわけだし……」


 清歌はため息交じりに説明した。

 不可能な条件だ。

 清歌だってわかっている。

 これはお祈り地蔵からの嫌がらせだ。

 絶対にクリアできない条件を突きつけて、清歌たちをからかっているのだ。


「その条件さ……」


 義人がそう言いかけた時、彼の携帯が鳴った。

 義人が携帯を開くと一通のメールが届いていた。

 送り主は霧子。

 なんてことはない。

 彼女から彼氏へのメールだ。


「開こうよ」


 清歌は携帯をしまおうとする義人にそう言った。

 面白い内容だったらからかってやろうと思ってのことだ。

 義人もそんな清歌の意思を感じ取ったのか、一度目を瞑って深呼吸した。

 本当は清歌のいないところで開けたいのだが、親友であると同時に告白が成功した恩人でもある清歌を無下にはできなかった。


「わかったよ! ただ笑うなよ」

「笑わないって!」


 義人のこの反応だけで、普段のメールがどれだけ人に見られたくない内容なのかが丸わかりだ。


「行くぞ……」

「どんだけ覚悟がいるのさ」


 義人は恐る恐るメールを開いた。

 書かれた文章はたった一行だけ。

 ”助けて”

 件名も他の情報も何もない一行。

 清歌と義人は顔を見合わせる。


「どういうことだ?」

「誰かにさらわれたとか?」


 二人が同時に思ったことは、とにかくこれは霧子の仕掛けた悪戯ではないということだった。

 霧子はそんなことをする人間じゃない。

 だとするとこれは本気のメッセージということになる。


「……どうしよう」


 義人は静かに呟いた。

 メールを開いて数分間、二人は思考が止まっていた。

 悪戯ではないと頭では分かっていても、初めての経験で感覚がおかしくなっていたのだ。

 こんな田舎町では起きない騒動。

 人為的な事件がまったくといっていいほど発生しない空神町において、こういったケースの対処方が分からない。


「とりあえず警察に行こう!」

「う、うん!」


 清歌は呆然とする義人の背中を叩いて正気を取り戻させる。

 二人は急いで学校をあとにして走りだした。


 こんな田舎町にも一応交番ぐらいは存在している。

 いつも同じおじさんが一人いるだけでやや頼りないが、とりあえず警察に行く判断をするしかない。


 二人は学校から歩いてニ十分はかかる距離を、ダッシュで急ぐ。

 途中で息が切れた清歌のペースにあわせながら交番へ。


「おっちゃん! 霧子が!」


 一足早く交番に足を踏み入れた義人が叫ぶ。


「なんだ!? 合田さんのとこの子じゃねえか! 一体なにがあった?」


 交番のおっさんは義人の顔を見て驚き、彼に近づいていく。

 少し遅れてやってきた清歌の顔色を見て、これはただごとではないと表情をこわばらせる。


「とりあえず落ち着け。息を整えろ」


 警察のおっさんは、二人を椅子に座らせて落ち着くように告げる。

 この町でこんな切羽詰まったことが起きたのは初めてだった。

 警察官である小林啓太は、年齢は五十を超え、空神町の交番勤務となってからは二十年余り。

 今回のように、高校生が慌てふためいて駆け込んでくるなんていうのは初めての経験だった。


「それで、一体何があった?」


 小林は落ち着きを取り戻した二人にたずねた。




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