「そう……もう諦めてなんて言うのも野暮ね?」
綾音は清歌の告白を聞いてため息を漏らした。
清歌が綾音のことが好きだというのは分かっていたこと。
綾音が今回ため息を漏らしたのは別の理由だった。
「清歌、今まで自分をだましていてごめんなさい。私は自分に嘘を吐いていた」
「綾音さん……」
綾音は清歌に告白する。
自分に対する嘘。
ずっと言えなかった気持ちをここに吐露する。
「もうバレバレだったかもしれないけど、私は斎藤清歌が好き。それは私がまだ神様だったころから決まっている。私にとって初めて個人を認識できたのが君なんだ」
あの時、お祈り地蔵に祈りを捧げていた幼い清歌。
そんな彼が他の人間にはない思いやりを見せた時から、綾音の中で清歌は特別な存在となった。
さらに堕天してからの日々の中で、等身大の目線で清歌を眺めているうちに興味は好意へと変わっていった。
彼を大切に想うからこそ綾音は自分の気持ちに嘘を吐いた。
神罰がいずれ自分だけではなくて清歌にも及ぶのではないか? そんな不安感を言い訳に自分をだましていた。
霧子という清歌にお似合いの相手がいることまで嘘の材料にして、綾音は自分の気持ちを封じ込めてきた。
心のどこかで、元神である自分が一人の人間として清歌と結ばれることなど許されないと思ってもいた。
だから霧子の存在や、ありもしない神罰の存在を理由に清歌を遠ざけようとした。
綾音が清歌と言葉を交わしたからといって、一度でも清歌に神罰が及んだだろうか?
答えは否。
空神町の住民である清歌に酷い神罰が下るなんてことはない。
綾音の心配はもっともだったが、現実としてそんなことは一度たりとも起きていない。
綾音の杞憂であり、無意識のうちにそう思いこんだ妄想だ。
あり得るかもしれないという想像を言い訳に、自分の気持ちにブレーキをかけた。
「これが私の答えだよ清坊。私は君が好き。だけどここから出られないのも事実。それでもいいの?」
綾音は恐る恐る確認する。
気持ちは素直になれたけれど現実は変わらない。
彼女がこの部屋から出られないのは同じなのだ。
こればかりは嘘や妄想ではない現実。
「僕はまったく気にしないよ。それにいつか何とかして見せる」
清歌は堂々と宣言した。
ほとんど即答だった。
一切、迷いのない口調。
それだけの覚悟をもってこの場に来ている証だろう。
「なんとかって……危ないことだけはやめてよね」
「分かってるよ」
「本当に変わった子……よく私なんかを好きになったわね」
「うーん……一目ぼれかな? でもそれだけじゃない気がするんだよね」
綾音の疑問に、清歌は自分の中に答えを探す。
ちょっとした違和感だった。
一目ぼれも嘘ではない。
実際、綾音の容姿は清歌の好みそのものだった。
しかしたったそれだけで、神様に反抗してまで一緒になりたいと思うだろうか?
清歌は幼いころの記憶まで遡る。
いままで清歌は幼少の頃を思い出そうとしたことはなかった。
きっと苦しいから。きっと泣きたくなるから。
いくら今が満たされていたとしても、失った過去は消えないのだ。
だから遡らない禁忌の記憶。
絶対に思い出そうとはしなかった。
両親の顔もほとんど記憶から消えていた。
もしかしたら思い出そうとすれば思い出せたかもしれない。
だけど清歌はその選択をしなかった。
忘れてしまったのならいっそそのままのほうが……清歌の中でそんな気持ちが勝っていたのだ。
つらい記憶なんて無理に思い出さなくてもいい。
「そうだ……僕はきっと綾音さんに見覚えがあったんだ」
「清坊? どうしたの?」
清歌の独り言に綾音が困惑の表情を浮かべる。
綾音からしたら突然黙り込んだかと思えば、唐突に独り言を言い出したら心配にもなるだろう。
それでも清歌は思考の海から出てくることをしなかった。
清歌は深く遡る。
過去の両親の顔を思い出す。
うっすらと写真に
少しづつ靄が薄れていき、記憶の影にしまわれた両親の姿が朧気に清歌の頭の中に浮かび上がった。
まるで深海の中に潜ったかのように、綾音の声も花火の音も遠くに響く。
記憶の中の清歌はベッドの上に横たわっていた。
白いシーツに白いカーテン、見覚えのない天井。
清歌は病院のベッドに横たわっていた。
姿を見ればまだまだ子供の姿。
きっと交通事故に遭ったタイミングの記憶だ。
交通事故で清歌たちを乗せた車は、対向車線から乗り出した車と正面から衝突した。
清歌の両親はほとんど即死だったそうだ。
そんな中、奇跡的に一命をとりとめたのが清歌だった。
清歌は過去の記憶を掘り起こす。
思い出すのもつらかった記憶。
しかしそこに何かがあると清歌は感じた。
そして思い起こした過去の記憶の中に、ヒントはあったのだ。
「ああ……思い出した。あの時、両親を失って呆然としていた僕の夢の中で、綾音さんを見たんだ」
「私を?」
「うん。記憶は曖昧だし、もしかしたら僕の妄想かもしれないんだけど、たぶん僕が綾音さんに一目惚れした理由の一つだと思う」
清歌の記憶の奥底に眠っていた綾音の存在。
どうして綾音が夢に出たのかは分からない。
もしかしたら、清歌が祖父母に引き取られることが確定した段階で、空神町の一員と認定され、その結果綾音が神様として接触したのかもしれないし、本当に清歌の勘違いかもしれない。
真相はどこにもないし、意味もない。
ただ確実なのは、清歌と綾音の想いは本物だということだけなのだ。