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第三十四話 花火大会


「こんなにこの町って人がいたんだね」


 花火大会当日。

 花火大会という名の夏祭り。その会場となった古びた町役場のど真ん中で、呑気な感想を述べたのは清歌だった。

 田舎ならではの極端に広い駐車場と空き地を、この日のために夏祭り仕様に装飾し、一応それっぽくはなっている。

 屋台もこの町の規模にしては頑張ったほうで、なんだかんだ八軒は開かれている。


 金魚すくいと射的の他はすべて食べ物系ではあるが、基本的にイベント事とは無縁な空神町ではじゅうぶんなのである。

 そして清歌が驚く程度にはしっかりと住人が参加していた。


「夜七時だからな。一番人が多いんじゃないか?」


 清歌のとなりで義人が眠そうに欠伸をする。


「なんだよ。もう眠いのか?」

「ずっと眠いんだよ。昨日はドキドキして眠れなかった」

「小学生じゃないんだから」

「楽しみで眠れなかったわけじゃねえ!」


 義人は即座に否定する。

 清歌はてっきりイベント前夜の子どもみたいなものかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 清歌は数秒の思案の末、義人が本日この場所で霧子に告白するつもりであることを思い出した。

 確かにそれは夜も眠れないだろう。


 ちなみに霧子の告白の件は、黙っておくことにした。

 霧子が部屋に押しかけて来た日に決めたことだ。

 一生秘密にしておくというわけではなく、時期を見て話すことにした。

 いずれは話すが今ではない。

 まさに義人が告白しようとしているのに、そんな彼の気持ちと覚悟に水を差すわけにはいかないのだ。


「そういえば霧子ってまだか?」

「もうじき来るはずだけど……」


 実は一緒には来ていない。

 家の距離を考えれば清歌と霧子が一緒に来るのが自然だが、義人の気持ちを考えてあえて別々に来ることにしたのだ。

 名目上は着付けに手間取ってるから先に来たということになっている。


「あれじゃない?」


 清歌は遠くから手を振る霧子を見つけ出した。

 夏祭りの提灯に照らされた霧子を見て、義人が息を飲むのが分かった。

 夏の夜に普段とは違った和装、もともと素材の良い霧子がより際立っていた。

 青白い生地に、アジサイと金魚を描いた鮮やかな浴衣。

 清歌がまっさきに気がついたのは、家を出るときに浴衣姿を見せてもらっていたからに他ならない。


「綺麗だな……」

「あんまりじろじろ見られると恥ずかしいんだけど」


 義人は心の声が駄々洩れで、霧子は霧子で義人の気持ちを清歌から聞いているせいもあり、必要以上に意識してしまっている。

 清歌はそんな二人を眺めてにやけそうになるのをなんとか抑え、近くの屋台を指さして二人を誘導する。

 必然的に清歌が先頭を行き、その後ろを義人と霧子が並んでついてくる図式が完成した。

 清歌は凄まじい気まずさを感じながら、なんとかこの夏祭り会場を一周するまでは一緒に居ようと耐える。

 彼ら三人以外にもカップルっぽい者たちや友人同士、はたまた家族連れなど、さまざまな属性の参加者がいるが、流石にカップルともう一人という構図の組み合わせは存在しない。


「二人ともちょっと待ってて」


 屋台を全て周って飲み過ぎたのか、霧子は小走りでトイレに向かう。

 そのうしろ姿を眺めながら、義人は軽くため息をもらした。


「どうなんだ義人、いつ告白するつもり?」

「お前、他人事だと思って……だけどそうだな。やっぱりこの後かな、この後の花火のタイミングが一番自然かなって」


 義人はそう言って花火が打ちあがるであろう方角を見上げる。

 清歌は携帯で時間を確認する。

 すでに時刻は夜八時。

 花火の打ち上げまであと三十分ほど。

 つまりここらが潮時ということになる。


「そっか……頑張れよ義人。絶対に告白しろ、きっと上手くいくからさ」


 清歌は義人の背中を叩く。

 もうすでに告白の答えを知っている清歌は、義人からすれば不自然に思えるほどの自信をもって告白の成功を確信していた。

 ここに来て霧子の気持ちが変わるとは思えない。


「ありがとう清歌。お前には感謝してる」

「いいんだよ。そんなことより僕はもう帰るよ」


 清歌は疲れたような仕草を見せる。


「きっと僕がいると霧子は素直にならないだろ?」


 清歌はもっともな理由をつけて義人に背中を向けた。


「……わかった。本当になにからなにまでありがとな清歌」


 義人は清歌の言葉の意味をそのまま信じて礼を口にする。


「かまわないよ。その代わりしくじるなよ」


 清歌は義人にそう言い残して歩き出した。

 早いところここを去らなければ”間に合わない”。

 清歌は早足でお祭り会場を後にした。



「あれ、清歌は?」


 トイレから戻ってきた霧子は、清歌の行方を尋ねる。

 一応義人が告白しやすいように動くという話はしていたけれど、まさかいなくなるとは思っていなかったのだ。


「なんでも腹が痛いって帰ってった」


 義人はとっさに嘘を吐いた。

 もう少しマシな嘘はないのかと霧子は内心笑いそうになってしまったが、ここで嘘だと暴いても仕方がないので彼の言い分を飲み込んで一緒に花火を待つ。

 時計を見るとあと数分で花火が上がる。

 夏祭りの参加者たちは、各々話が弾んで笑いあっていたが花火の時間が迫ってきたからか徐々に静かになっていった。


「もう少しだね」

「ああ」

「なに? 緊張してるの?」

「悪いかよ」


 霧子はとなりで緊張のあまり反応がおかしくなっている義人の手を握る。

 普段の男らしさはどこへ行ったのか、初心な義人を見て霧子は可愛いと思ってしまった。


 ああ……きっとこれが恋なんだろうな。


 霧子は自分の中に芽生えた感情に名前を付けた。

 きっとこのあと義人に告白されるだろう。

 もしも自分だったらこのタイミングを選ぶ。

 分かりやすすぎるし、なにより花火が上がるだけなら緊張なんてするはずがないのだ。


「かわいい人」

「なにか言ったか?」

「別に……ほら、花火の時間だよ」


 霧子が指さした夜闇の中心で、色鮮やかな花火が散り始めた。


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