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第三十三話 二人の関係


「それで、わざわざ乗り込んできてなんの用だい?」


 清歌は部屋に入るなり開口一番たずねた。

 部屋にまで押しかけてくるなんて相当なことだ。

 今までだってほとんどなかったのに、よりにもよって告白のあとだ。

 絶対なにかある。


「用っていうか、義人から連絡きてるでしょ?」

「ああ、花火大会か」


 清歌は思い出す。

 ほんのついさっきまで考えていたことなのに、霧子の登場で頭から吹き飛んでしまっていた。


「清歌もあれから気まずいのか私に会おうとしないし、義人に話すかどうか決めようと思って」


 なるほど霧子は口裏合わせにきたのだ。

 義人に告白の件を話すかどうか、それの打ち合わせというわけだ。


「そうか……そうだよな。一旦僕の意向はともかく、霧子はどうしたいんだ? どっちかといえば霧子に選択権があると思う」


 清歌は霧子に話をふる。

 振った側より振られた側のほうが、隠したいという気持ちがあると思ったからだ。

 それに清歌には霧子に隠していることが一つある。


「私は……正直恥ずかしい気持ちもあるけど、義人には話したいかな。私が次に向かうために」

「次?」

「そう。清歌に振られた時はショックで泣いちゃったけど、家に帰って一晩泣いて、次の日とかその次の日とか悶々としてたら、なんだか吹っ切れたというか、なんていうかそうかもなって思ったの」

「そうかもなってどういうこと?」


 霧子の説明に清歌がたずねる。

 二人はいつのまにか清歌のベッドに座っていた。


「清歌は私を好きじゃないだろうなって。わかってはいたんだよ? だってあんなに綾音さんに夢中だったんだし。だけどあれはただの憧憬で、等身大の好きとは違うんじゃないかって僅かな期待を持って告白したの。結果は残念だったけど、それが原因で清歌との関係が崩れるのは嫌」


 霧子はしっかりと清歌の目を見て話した。

 自分の想いを、これからのことを、包み隠さずすべてを話した。

 清歌は霧子の話をすべて聞いて息を呑む。

 彼女の覚悟と大人な考え。

 今度は自分の番だ。


「わかった。霧子の気持ちはすべてわかった。僕は僕で、霧子に告白されてからよりいっそう綾音さんをどうにか救えないか本気になれた。だから感謝してる。こんな僕を好きになってくれて、今後も変わらぬ関係を続けたいと思ってくれて感謝してる。だから僕も嘘はつかない。実は告白された時、僕は一つだけあえて言わなかったことがあるんだ」


 霧子は清歌の真剣な声色に姿勢を正す。

 二人はベッドの上で視線を交差させた。


「実は告白される前に、義人から好きな人がいると言われたんだ」

「え……それって」


 霧子は身構える。

 少し怖がっているようにも見えた。


「お前のことだよ霧子。義人はお前が好きだと言ったんだ。僕に応援してくれよとまで言っていた」


 清歌は正直に話した。

 本当は黙っていたほうが良かったのかもしれないけれど、それでも話すことにした。

 霧子が心の内をすべて明かしてくれたのに、自分だけ黙っているわけにはいかなかった。

 どうせ傷つけるならせめて誠実に。

 清歌はそう思ったのだ。


「だけど誓って言う。それこそ神に誓って、僕は義人の気持ちを知っていたから断ったわけではないよ。完全に僕個人の感情での答えだ」


 勘違いされては困るので念を押す。

 もちろんまったく影響がないかといえば嘘になるが、少なくとも決め手ではない。

 霧子を振ったのは完全なる自分の感情一つだ。


「なんかあらためて言われるとちょっとムカつくわね」


 霧子は意外にも笑い出した。

 もう彼女の中で振られた痛みは消えているのだろうか?

 それとも無理をしているのか?

 清歌がそれを知る術はなかった。


「驚かないの?」

「何が?」

「義人が霧子に好意を持ってるって」

「うーん……うっすら感じてたんだよね。確信はないけど、なんとなく女の感ってやつ? けっこう気がつくもんだよ」

「そっか、そんなもんか」

「そんなもんよ」


 霧子はあっけらかんとした様子で答えた。

 思っていたのとは違う反応で、清歌は目を丸くする。

 まさか気持ちがばれているとは思わなかった。

 やっぱり女子のほうがこういったことへの嗅覚は鋭いのかもしれない。

 さんざん笑いあったあとで、清歌は本題へと話を移すことにした。


「どうするの花火大会」


 きっと義人はこの花火大会で霧子に告白をするだろう。

 清歌は上手いことアシストしつつフェードアウトすればいい。

 しかし、だからこそ厄介なのだ。

 霧子と清歌の関係性も話す方針であれば、そのタイミングは相当慎重に選ぶべきだ。


「もしも義人が私に告白して来たら……私は彼と付き合うかもしれない」

「そっか……」

「ああでも、勘違いしないでね? 別にアンタに振られたからって自暴自棄になって義人を選ぶわけじゃないから」

「分かってるよ」


 霧子は慌てて付け足す。

 彼女も彼女でここだけは譲れないポイントなのだろう。

 清歌に余計な心配をさせないためと、義人の名誉のために。


「目標に向かって全力で頑張る義人は魅力的に映るもの。清歌とはまた違った魅力よ」

「両手に花だね」

「片方の花にはトゲがあったけどね」

「悪かったね」


 トゲのある花こと清歌も、霧子に釣られて笑い出す。

 もう二人の間にわだかまりは存在しない。

 清歌の部屋の真ん中で笑いあう二人は、他人が見たら頭でもおかしくなったと思うだろう。

 二人の事情を聞けば、きっと理解されない関係。

 告白してされた者同士。

 しかし結ばれずに今現在、二人の親友ともう片方をくっつけようと画策しているのだ。

 決して他人には理解しがたい関係。

 それが斎藤清歌と加藤霧子なのだ。

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