清歌は悶々としていた。
お祈り地蔵との再開から時間が経過し、お盆を越えて8月の下旬を迎えていた。
悶々としている理由は明確で、お祈り地蔵に大見えきったはいいが、肝心の行動が伴っていないのだ。
簡単に言えば方法が見つかっていない。
代わりの人間を差し出す以外の方法が見つからない。
しかしそれは当然のことだ。
相手は神なのだから。
しかし悶々としているところに一通のメールが届いた。
メールの差出人は義人だった。
文面を見るに、明日の花火大会に参加しないかというお誘いだった。
「めずらしいな」
今月の上旬に行われた練習試合から、義人は部活に正式に復帰していた。
あんなに頑なだったのに、人間とはわからないものだ。
そんなこんなで、義人は部活に忙しくあれ以来ほとんど遊んでいない。
だからこそ花火大会のお誘いは不思議に思えた。
「誰が参加するんだ?」
参加者をメールで尋ねると、すぐさま返信が来た。
メールを開いてそこに書かれた名前に一瞬息が詰まった。
案の定というべきか、そこには加藤霧子の文字が……。
彼女の告白を受けた日、彼女の告白を断ったあの日から、一度も顔を合わせていない。
特に用事がないのもあるが、彼女の家の前を歩かないようにしていたりと意図的に出くわさないように動いていたのもある。
告白の結果に関しては双方合意というか、今までの関係を壊したくないという想いは共通で、そこは守られるはずだった。
しかしそんな双方の思いとは裏腹に、二人の関係は確実に変化していた。
壊れたとまではいわないが、壊れる一歩手前。
そんな彼女と、彼女のことが好きな義人に自分が混ざった花火大会。
気まずいなんてもんじゃない。
「なんで僕を誘った?」
普通に考えれば僕を誘うべきではない。
恋敵だとは知らないのかもしれないが、夏休み中の花火大会なんてデートにもってこいのイベントだ。
絶対に二人で行くべきだろう。
そう思い、メールを下にスクロールすると、義人が清歌を誘った理由が書かれていた。
ようするに、いきなり二人っきりが不安だからついてきてほしいということだった。
普段の強気な姿勢はどこへやら、初々しいったらない。
理由はわかったし、義人の応援という意味でも花火大会に参加すること自体は問題ない。
だが圧倒的に気まずいのだ。
霧子とはあれ以降、顔をあわせていない。
霧子からも接触がないところをみるに、霧子側も清歌とどう接すればいいのかわからないのだろう。
一体どうしたものだろうか?
義人に霧子から告白されて断ったことを告げるべきだろうか?
それとも黙って参加する?
清歌の頭の中でいくつものプランが交錯する。
それにどのプランを選ぶにしても、霧子と口裏をあわせなくてはならない。
どうしたものか?
もうそろそろお昼という頃合いで、一階から清歌を呼ぶ声が聞こえた。
「清歌! 霧子ちゃんが遊びに来たよ」
おばあちゃんの声で発せられた霧子の名前。
清歌は一瞬ビクッとして固まってしまった。
「わ、わかった! 今降りる!」
とりあえず怪しまれないように返事を返し、清歌は立ち上がった。
「遅かったわね」
軽く着替えて階段を下りて玄関に向かうと、そこには霧子が腕組をして立っていた。
「これでも急いだほうなんだけどな」
清歌は照れくさそうに頭をかきながら言い訳をする。
霧子の顔を久しぶりに見た清歌は、少しだけホッとした。
いつもと変わらない霧子だ。
世間一般ではじゅうぶん美少女に分類される整った容姿、清歌を見る時に浮かべる優しい表情。
いつもと変わらない霧子がそこに立っていた。
「私をふっておいて、着替える必要もないでしょう?」
霧子からその話題に触れてきた。
てっきり触れないまま用件だけ済まして帰ると思っていた清歌は驚く。
「大きな声で言うなよ」
清歌はおばあちゃんに聞かれないかと肝を冷やしながら指摘する。
こんな話を聞かれでもしたら、おばあちゃんに死ぬまで突っつかれるに決まっているし、なんなら霧子の告白を断ったことについてまでとやかく言われるかもしれないのだ。
おばあちゃんの中で霧子の評価は異様に高い。
それは清歌が孤独だった時にかまってくれたという点も加味されているが、そうでなくても容姿端麗、料理ができて気遣いもできる霧子の評価が低いわけがなかった。
「大丈夫でしょ。それより部屋に上がっても良い?」
霧子は澄ました顔でたずねた。
部屋に上がってもいいか?
告白の件があったから余計に首を傾げる清歌だが、別に普段からも部屋に上がっていたわけではない。
霧子も一応異性としての一線はきっちり引いていたのだ。
「一体どういうつもりだ?」
清歌は小声でささやく。
まったくもって理解できない。
霧子の用件が想像できなかった。
普通、告白して断られた相手の部屋にあがろうとするか?
「いいでしょ別に。それともここであの日の再現でもしたほうがいいの?」
霧子はいたずらっぽい笑みを浮かべていたため、これが本気ではないことは明白だが、それでも清歌を慌てさせるにはじゅうぶんだった。
「わかった上がっていいよ。だから絶対喋るなよ」
「喋らないってば」
霧子はそう言ってサンダルを脱ぐ。
清歌は心のなかで深い溜め息をついて階段を登り始める。
「おばちゃんお邪魔しまーす!」
「ゆっくりしていきな」
霧子のあいさつにおばあちゃんは気の良い言葉を返す。
孫が彼女を連れてきたかのような感覚だ。
清歌は頭を抱えながら、霧子を自室に通した。