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第三十一話 お祈り地蔵再び


 霧子を見送った清歌は一人裏山に取り残された。

 義人は自らの力で運命を切り開こうとし、霧子も秘めた思いを勇気を出して告げてくれた。

 今度は自分の番。

 自分ばかりが状況に甘えていてはいけない。

 霧子の告白を断ったのだからなおさらだ。


「もう一度話してみるしかないか」


 清歌は決意を固めて鳥居を潜る。

 登り慣れた階段を進み、完全に日が落ちた裏山を見渡す。

 不気味なんてもんではなく、ほとんど肝試しに近い恐怖感。

 この先に神様という、超常な存在がいることが分かっている肝試しだ。


「半分命がけだな」


 清歌は汗を拭って呟いた。

 この後のことを考える。

 お祈り地蔵との二回目の話し合いだ。

 下手したら命を落とすか、何か神罰が下るかもしれない。

 なにも策はない。

 交渉材料もないままお祈り地蔵と対峙して大丈夫だろうか?

 霧子の告白を断ったままの勢いで登ってきてしまったが、実はけっこう思い切ったことをしようとしているのではないか?

 そんな気さえしてくる。


「ごちゃごちゃ考えてても仕方がないか」

「大きな独り言だな」


 お祈り地蔵のいる頂上にたどり着いた清歌の言葉に、お祈り地蔵が言葉を返した。

 今回は妙に積極的だ。

 前回は知らぬふりで誤魔化そうとしていたのに……一度認知されてしまったら一緒ということだろうか?


「そんなフランクな感じでしたっけ?」

「ふん。一度正体がばれている相手だ。いまさら隠し立てしてなんになる」


 お祈り地蔵は流暢に言葉を並べた。

 若干の違和感を抱きながら、清歌はお祈り地蔵の目の前までやってきた。


「お願いがあります」

「お願い?」

「はい。綾音さんを解放してください」


 清歌は両手を胸の前で合わせて願った。

 まるで前回のやり取りがなかったかのような振る舞いに、お祈り地蔵はやや呆れた様子だった。


「てっきり諦めたものかと思っていたがな。条件は忘れたのか?」

「いいえ、憶えています。そのうえでお願いに来ました」

「なら条件を満たした人間を連れてくるのか?」


 お祈り地蔵の言葉に清歌は固まる。


「条件を満たした人は見つかっていないし、探すつもりもありません」


 清歌は息を飲んで答えた。

 ふざけたことを言っているのは分かっている。

 怒らせてしまうかもしれない。

 自分自身にとんでもない災いが降りかかるかもしれない。

 だけどここで自分のスタンスを明確にする必要がある。


「ハハハハハ! ふざけた答えだ。というより答えにすらなっておらん。立ち去れ、意味のない問答だ」


 清歌はお祈り地蔵が怒るかと思ったが、怒りに達する前に呆れて笑われてしまった。

 少々ホッとする反面、相手にされてないということでもある。


「本気で言ってます。これが答えです」

「ふん。麓で告白されて気でも大きくしたか? 綾音なぞ放っておいて、等身大の恋愛でもしていればいいものを……。あの鎖があろうがなかろうが、元とはいえ神と人間が結ばれるなんて簡単ではないぞ? よっぽどあの小娘と一緒の方がお似合いだったろうに」


 当たり前のことだが、お祈り地蔵はこの町で起きていることのほとんどを把握している。

 ましてやついさっきおひざ元で起きたことなど、当然に認知しているのだ。


「気を大きくしたというか、覚悟が決まったのです。絶対に綾音さんを解放してもらうと」

「その覚悟が我に祈るだけか? 情けない」

「情けないのは承知の上です。僕もお願いしただけで叶うとは思っていません」

「ではなんのためにここに来た?」


 お祈り地蔵は不思議そうに清歌にたずねた。

 お祈り地蔵からすれば意味の分からない行動だろう。

 清歌のとった行動はなんの意味もない。

 なにも物事を前に進めるようなものではないのだ。


「自分のためです。それとあなたへの意思表示のため。ようするに無駄なことです。神様の視点では完全に無駄なこと。しかし人間である僕にとってはなによりも大きな一歩」


 清歌は静かに胸の内を語る。

 行動の結果にしか意味を見出せないのがこの神様ならば、行動そのものに意味を持たせたり見いだせたりできるのが人間だったりする。

 清歌のこの一見無駄なお願いは、神への宣戦布告であり、彼自身への誓いなのだ。


「分からんな。まあよい、満足したのなら帰るが良い。夜道に気をつけてな」


 お祈り地蔵はめんどくさそうに吐き捨てると、そのまま黙り込んでしまった。

 清歌に付き合うのはもう終わりという意思表示。


「それでは」


 清歌は背中を向けて真っ暗な山の中、階段を一歩一歩慎重に降りていく。

 先ほどのお祈り地蔵の言葉に違和感を覚えた。

 夜道に気をつけろなんて、何か悪いことが起こるように仕組んだようにも聞こえるし、ただ単純に心配してくれているようにも聞こえる。

 どっちだろう?

 清歌はそんなことを考えながら階段を降りきった。

 鳥居を潜り、細い田んぼ道を家に向かって歩いていく。


 清歌は怪しんでいたが、お祈り地蔵のさっきの言葉は文字通りの意味だった。

 勘違いしてはいけないのは、いくらめんどくさく思っていても、清歌は空神町の貴重な”住民”なのだ。

 変なことで怪我をさせるつもりなど毛頭ない。

 お祈り地蔵の中で唯一絶対なのは、空神町の発展と繁栄のみ。

 それ以外のことへの関心はほとんどないと言っていい。


 空神町は四体の神様で運営されている。

 綾音が堕天したことでいまは三体で運営されているが、神様の性格というのはそれぞれ違っている。

 この裏山にあるお祈り地蔵の神様は、空神町の発展という一点に全てフォーカスしている神様なのだ。


「はあ……ばあちゃん怒りそうだな」


 清歌は静かにため息を漏らしながら、カエルの鳴き声に囲まれた田んぼ道を歩き続けた。

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