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第二十話 神の座の資格


「みずからの強い意志で障害を乗り越えた者?」


 清歌はお祈り地蔵の言葉を繰り返した。

 単語の意味はわかるのだが、それの指し示す内容がわからない。

 というより話しが抽象的すぎて該当者が思いつかなかった。

 そもそも、神が運に絡む要素をコントロールするこの空神町において、みずからの強い意志で障害を乗り越えるなどありえるのだろうか?

 どう見極めればいいのだろう?

 何かを達成した人を見て、その人物が自分の力で達成したのか、それとも神様たちの予定調和だったのか、人間である清歌に判断するすべなどなかった。


「はぐらかして適当に巻くつもりですね?」

「そんなことはない。本当に該当者が現れたのなら、望み通りその者を神の座に据えて綾音を自由にしてやろう」


 お祈り地蔵の言葉に嘘はなさそうだった。

 清歌の様子を見て、お祈り地蔵は内心笑っていた。

 無意識のうちに、該当者を探そうとしている清歌をあざ笑う。

 所詮この小僧も他の人間たちと同じだ。

 綾音は違うと豪語していたが、ちょっといじってやればこんなもの。

 人の理性や善性など、個人の奥底に眠る欲望の前では塵のようなものだ。

 お祈り地蔵は人間の醜さを再確認できて悦に浸る。

 町のため、全体のために個人を犠牲にすることを是とする神にとって、綾音や目の前の少年のような個人主義が理解できなかった。

 町の住民はすべて数字でしかなく、個人を認識することなどなかったのだ。

 だからこそ、お祈り地蔵が清歌に出した条件は嘘でしかなかった。

 清歌の汚い本性を暴くついでに少々からかうため。ついでにいうなら、これで該当者を探すためにこの場から離れることを期待した。


「約束ですよ?」

「なんだ? 本当に探す気なのか?」

「いいえ、ただ……もしも本当に該当者が存在し、本人が望んだ場合であれば連れてきます」


 清歌は混乱する頭のまま、それらしいことを口にした。

 立ち上がった清歌はそのまま静かにお祈り地蔵に背中を向ける。

 トボトボと歩きながらお祈り地蔵のいる広場を後にした。

 階段を一歩一歩下りながら、自分がこのあとどうするべきか考える。


 お祈り地蔵は簡単に言えば身代わりを連れてこいと言っているのだ。

 そんな人間なんて存在しないことも、仮に現れたとしても本当に他人を犠牲にしてまで自分の欲望を叶えるようなことはしないだろうと思われている。

 きっとそう。

 きっとお祈り地蔵は自分を試しているのだ。

 醜い本性を炙り出そうとしている。


「わかってるよそんなこと」


 階段を降り終えた清歌はうしろを振り返った。

 長く続く階段を見上げる。

 わかっていても、この僅かな可能性に縋るしかないのだ。

 別に本当に身代わりを連れて行こうとしているわけではない。

 ただ、条件さえ揃えば綾音を許すということは、裏を返せばあの神の手心一つで自由になれるということだ。

 仕組み上、綾音を解放できないわけではないということは確認できた。

 そうであるならばまだ可能性はある。

 身代わりを差し出す以外の方法を探っていくしかない。


「どちらにしてもすぐには無理そうだな……」


 清歌は遠く綾音の家のある方角を見つめる。

 彼女を解放できる日はまだまだ先になりそうだ。

 だけれど希望も見えた。

 不可能ではないのだ。

 可能か不可能かで言えば可能なのだ。

 ただあのお祈り地蔵が首を縦に振らないだけで……。


 清歌はそのままどこに行くでもなく歩き始めた。

 なんとなく家に戻る気分でもなく、綾音の家の前を通る気分でもない。

 気づけば空は夕焼け雲に覆われ始めていた。

 いつのまにそんなに?

 清歌は疑問に思いつつも、それだけ長い時間あのお祈り地蔵の前にいたのかと納得する。

 気づけば思った以上に汗だくだった。


「あれここは……」


 足の気のむくままに進んでいると、空神町唯一の公園が見えてきた。

 空神町は人口こそ少ないが、実は土地面積だけはそれなりにある町だ。

 ではなぜそんな空神町に公園が一つしかないか、それはこの町が田舎だからという理由に帰結する。

 空き地ばかりがあるため、子どもたちは公園で遊ぶよりも山の中、田んぼや川で遊んでしまう。

 空き地も、誰の所有する土地かわからないまま秘密基地が作られたりする始末。

 そんな空神町にとって正式な公園など一箇所でじゅうぶんなのだ。


 懐かしく思った清歌は公園に足を踏み入れる。

 ここは小学生の頃、よく霧子と遊びに来ていた場所だ。

 今でさえ体の線の細い清歌は、小学生の頃などいよいよ女子にしか見えず、内向的な性格だったのもあいまって霧子以外と遊ぶことがなかった。

 特に両親を交通事故で失って引っ越してきた当初など、清歌は本来の性格以上に塞ぎ込んでいたためクラスに馴染むことは不可能だった。

 唯一かまってくれたのは霧子だけだった。

 家が近所というただそれだけの理由で、孤立していた清歌といっしょに遊ぶようになった。


「懐かしいな……」


 清歌の頭の中には霧子との幼い淡い思い出が蘇る。

 どうして忘れていたんだろう?

 公園の縁にあるブランコに滑り台。

 花壇の位置も昔となにも変わらない。

 当時よりも公園が狭く感じられたのは、きっと清歌が成長したからだろう。


「こんなところで何してんだ?」


 突如かけられた声にふり返ると、そこにはサッカーボールを抱えた義人が立っていた。

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