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第十九話 神様VS清歌


「ポンコツですよ! 決まりしか守れないくせに!」


 清歌は言うつもりのないことまで口走った。

 挑発して本性を出すつもりが、思った以上に言葉が止まらなかった。

 内心思っていたことであるとはいえ、神様相手にこれは怖いもの知らずだ。


「黙れ! 毎日毎日飽きもせず、一人の女の解放ばかり願いおって! 恥ずかしくないのか」


 お祈り地蔵も負けじと言い返す。

 清歌のいまだ見たことのない側面を見て、お祈り地蔵もやや面食らっていた。

 いままで神様である自分相手にここまで暴言を吐く町民などいなかったのだ。

 ますます気に入らない。

 お祈り地蔵の中で、絶対にコイツの願いなど叶えないという決意が固まっていく。

 綾音の件があるためもともと叶える気などないが、ここまで罵倒されては黙っていられないのだ。


「恥ずかしくなんかない! 僕にとって綾音さんは全てだ!」


 清歌の宣言に、お祈り地蔵は黙ってしまう。

 一体なにがこの少年をそこまで掻き立てるのだろうか?

 綾音のこの少年への執着も分からない。

 この二人はなぜここまで惹かれあっている?


 お祈り地蔵の中で疑問が膨れ上がっていく。

 今まで数えきれないほどの人間たちを見てきた。

 それこそ恋の願いなんてものは、人間たちが願う事柄の上位に来るだろう。

 お祈り地蔵はこの地に数百年存在し続けている。

 なのに、綾音とこの少年。

 自分に理解できない部分でお互いが惹かれあっているのは初めてだ。しかも神と人間。

 本来は交わるはずのない二人。


「全てだと? だったらその身を捧げられるか?」


 お祈り地蔵は試すようになじる。

 好きだとか全てだとかのたまうのなら、その覚悟を見せてみろ。

 お祈り地蔵は清歌をバカにしていた。

 こういえば引き下がるだろうと、他の人間たちと同じだろうと侮っていたのだ。


「捧げれば綾音さんは助かるのですか?」


 清歌はやや冷静になったのか、敬語を思い出した。

 あまりに不敬な態度をとったことに内心怯えていたが、清歌は心の内を悟られぬように身構える。

 お祈り地蔵の試すような物言いに、清歌は一筋の光明を見た。


「お前の命と交換ならばやってやらんこともない」


 清歌は一瞬揺らぐ。

 綾音を助ける方法が手に入るかもしれない。

 しかしその代わりに自分が死ぬ。

 どうしようか? 彼女の自由を願う気持ちは本物だ。

 だがその隣にいるのが自分じゃないというのは嫌なのだ。

 当たり前の話。

 清歌は綾音と結ばれたい。


「それは……嫌だな」


 清歌は本音を漏らす。

 全てだと言い切ったが、自分の命と交換はしたくない。

 彼女の隣は自分が良いのだ。

 それにきっとお祈り地蔵の言葉は嘘だろう。

 清歌は直感的にそう思った。


「ふん、結局その程度。何が全てだ……とっとと帰れ小僧。お前の願いを聞き入れるつもりはない」


 お祈り地蔵の提案は半分本気だった。

 神の座の空白を埋められるのなら、綾音の罪を許すこともやむなしだ。

 綾音の罪は空神町のルールを破り、この町の未来の利益を損なった罰だ。

 本来なら清歌という若者の命を天秤にかけることなどしないのだが、三席しか埋まっていない神の座を完璧なものにするためであれば悪くない。

 一人の少年の犠牲で神が再び完全な状態を取り戻すのであれば、悪い話ではないのだ。

 本来は四人で運営される空神町。

 その内の一人であった綾音が堕天したことで、空神町は不完全な状態となった。運が操作しきれなくなり、神たちの意向ではないことが起き始めているのだ。


「引き下がれません。僕はあなたがうんと言うまでここに居続けます!」


 清歌はそう言ってお祈り地蔵の前に座り込む。

 こうなれば持久戦だ。

 お祈り地蔵がこうしてこの場所に居続けるのには、理由がある。

 町の人たちの信仰心を一定以上に保っていなければ、町の管理ができないからだ。

 その信仰心を担保するために、こうして願いを聞く場を設けて当たり障りのない願いを叶えてやることで、この町の信仰心は一定以上に下がることはない。心のどこかで神への気持ちは色あせなくなるのだ。

 清歌がこの場に居座れば、少なくとも他の町民はここでお祈りなんてできやしない。

 他人がいるのを差し置いて、祈りを捧げるような者なんて存在しない。


「……」


 お祈り地蔵はまさかの粘りに黙り込む。

 どうすればいいのか対処が思いつかない。

 いままでこんな人間はいなかった。

 一体どうすれば良い?

 なぜこの小僧はあの女にそこまで執着する?

 分からない分からない分からない。


 お祈り地蔵は散々迷った結果、一つの条件を提示することになる。


「代わりだ。綾音の代わりに神の座を埋められる人間を連れてこい。そうすれば綾音を解放してやる。お前も生かそう」


 お祈り地蔵は音を上げた。

 清歌は複雑な表情を見せながら立ち上がる。

 お尻についた土を払い、神妙な面持ちでお祈り地蔵を睨む。


「それは……つまり誰かを犠牲にしろということですか?」

「いやいや、悪いようにはしない。人間でいるよりも楽しかろう」


 お祈り地蔵は嘯いた。

 最大限の譲歩。

 本当は綾音を許すつもりなど一切なかった。

 自分に歯向かった愚か者。

 この町のルールから逸脱した不良品。

 あんな者に人としての幸せなどくれてやるつもりはなかったのだが、根負けしてしまった。

 清歌のしつこさの勝利といっていい。


「誰でもいいのですか?」

「そんなわけあるか、条件は単純だ。みずからの強い意志で障害を乗り越えた者でなければ神の座の資格はない」


 お祈り地蔵は厳格な声色で条件を設定した。


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