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第十八話 これから


「何があったの?」


 霧子は食事を終えた清歌に問いかけた。

 あまりにも雰囲気が暗かったのだ。


「実はさ……」


 清歌は昨日からの出来事を全て霧子に話した。

 お祈り地蔵のこと、この町のシステム、自分の祖父母と義人のこと。

 清歌は話しているうちに涙を流していた。

 話しながら泣き出した清歌を見て、霧子ももらい泣きしてしまった。

 二人そろって無人の定食屋で泣き腫らした後、今度は静かに見つめあう。

 何を言うでもない穏やかな時間が流れる。

 お互いの頭の中を整理するにはじゅうぶんな時間だった。

 感情は涙と共に流れ出て、伽藍洞になった頭でこれからのことを考える。


「霧子はどうすれば良いと思う?」


 しばらくして、清歌が口を開いた。

 シンプルで難しい問いかけ。


「私にも分かんないわよ」


 霧子は考え込んだ末に思考を放棄した。

 高校生に課される課題としてはあまりに難しい。


「だよね……でも話を聞いてくれてありがとう。ごはん、美味しかった」


 清歌はゆっくりと椅子から立ちあがる。


「う、うん。役に立てたのなら良かったけど」


 霧子はどこか吹っ切れた様子の清歌を心配しながら、出口までついていく。

 何かを覚悟したような清歌の態度が気になった。


「じゃあね」


 清歌は霧子に手を掲げて定食屋を後にする。

 向かう先は家ではなく裏山の方角。

 ここ数日で何度足を運んだか分からない。

 時刻は午後二時。

 一番暑い時間帯に、灼熱の太陽に焼かれながら清歌は裏山への道を歩いていく。


 田んぼ道を歩いていくと、田んぼで作業をしている人を見かけた。

 あの人もなにかしら、神の管理の元にコントロールされているのかと思うと、どこか不思議な気分になる。

 すれ違う人たちの笑い声や表情を、自然な気持ちで見られない。

 全ての町人たちの背後から神の気配がするようだった。

 生きているのか生かされているのか、今朝の話を聞いてしまうと生きているという実感さえ怪しくなる。

 いまこうして行動を起こそうとしていることさえ、神によってコントロールされているのではないかと、そんな疑心に苛まれる。

 運という言葉が意味をなさなくなった。そんな気がした。


「最近ここばっかだな」


 裏山の入り口にたどり着いた頃には、汗だくだった。

 清歌はエアコンの効いた室内に戻りたい気持ちを抑え、頂上に向かう第一歩を踏み出す。

 セミの声が耳に響く。

 夏の風物詩だがその一生は短い。


 階段を登るにつれ、今さらながら緊張してきた。

 この先にいるのはお祈り地蔵ではないのだ。

 昨日まではお祈り地蔵がいたのだが、真実を知ってからでは意味合いが違う。

 この先にいるのは曖昧なお祈り地蔵ではなく、神様そのものが鎮座している。

 緊張しない方がおかしい。

 この町を支配している本丸に乗り込もうとしているのだから。


「この先か」


 清歌は最後の一段の前で深呼吸をする。

 いまからすることを考えると、心臓の鼓動が高鳴る。

 真夏の一番暑い時間にお祈りするバカはいない。

 この時間なら、誰にも邪魔されることはない。


 清歌は意を決して頂上の広場に踊りだす。

 案の定、広場の中央にお祈り地蔵がずっとそこにいたかのように佇んでいる。

 こうして見ていると、本当にただの地蔵に見えてくるから不思議だ。

 今朝見聞きしたものが嘘なのではないかと疑いたくなるほどに、お祈り地蔵は見事のこの場所と同化していた。

 一切違和感のない佇まい。

 お祈り地蔵が消えていた期間の、この山のどこか恐ろしい雰囲気がなくなっている。

 ちゃんとそこにあるべきものが居座っているだけで、この裏山は安定を取り戻しているかのようだった。

 これこそがお祈り地蔵が神様である証明だ。

 普通の地蔵にそんな力はないだろう。


「今日はお話があって来ました」


 お祈り地蔵の目の前までやって来て、清歌は声をかける。

 それは祈るための言葉ではない。

 確実に目の前にいるお祈り地蔵に話しかける声量だ。

 しかし当然のことながら、お祈り地蔵は微動だにしない。

 ただの地蔵のように固まったまま動かない。

 清歌はやや自信が揺らぎながらも、次の言葉を続ける。


「僕は今朝、あなたと綾音さんが話しているのを見ました。地蔵のフリをしても無駄です。僕はあなたの正体を知っています」


 清歌ははっきりと宣言した。

 自分はお前の正体を知っていると、神に向けて宣言したのだ。

 しばしの沈黙が訪れる。

 お祈り地蔵はいまだ沈黙を保ったまま……。

 観念して正体を明かすか、このままやり過ごすか迷っているようだった。

 清歌はそんなお祈り地蔵に痺れを切らし、さらに追撃をかける。


「いい加減、綾音さんを許してください! あの人が何をしたって言うんですか? 早く答えてください! このポンコツ神様!」


 清歌は内心ヒヤヒヤで暴言を吐く。

 神様に対してポンコツなどと罵った人間は、きっとこの空神町では彼ぐらいだろう。

 清歌は呼吸も荒く、お祈り地蔵の様子を観察する。

 再び沈黙が訪れる。

 耳に届くのは鳥のさえずりと風の音だけ。

 やっぱりダメかと思ったその時、空気が重くなったのを感じた。


「なに!?」


 清歌が焦った頃にはすでに手遅れだった。

 唐突に雨雲が上空に発生し、大地を揺るがすほどの雷鳴が鳴ったかと思うと、スコールが清歌の全身を一瞬でずぶ濡れにした。


「誰がポンコツだと小僧!」


 雷鳴とスコールが止んだ直後、目の前のお祈り地蔵が叫んだ。




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