「合田義人のサッカーの才能はプロになれるレベルだったってこと。プロどころかもしかしたら国の代表にまで上り詰められるかもしれない才能だった。空神町出身の著名人は存在しない。これはこの町にとっては大きなチャンスだった」
清歌は綾音の言葉に固まる。
義人のサッカーの実力はよくわかっている。
彼は典型的なストライカーで、何度か彼のプレーを見たことがあるが素人目でも他の選手たちとは動きが違った。
一緒に観戦していた霧子と「すごい!」と盛り上がったのは憶えている。
「だから……だから、町の発展のために僕のばあちゃんたちを身代わりに殺そうとしたってこと?」
「そう。だから私は猛反対したの。他の人間が対象だったら、もしかしたら私は見てみぬふりをしていたかもしれない。町の発展のためなら仕方ないって、管理システムのルールだから仕方ないって、諦めていた。だけど今回は君の親族が標的にされてしまった。願いを叶えてもらう場で、願いを叶える側の心配をするような素敵な少年の大切な人だ。育ての親だ。絶対に素晴らしい人間性の持ち主であろう二人。私はその死を看過できなかった。認められなかった。だから清歌のお友達には悪いけど、私は二人の命を選んだ」
綾音は熱弁した。
彼女の中の罪悪感がそうさせたのだろう。
彼女からすれば、一人の少年の夢を奪い去ったことには違いない。
たとえそれが人の命との天秤だったとしても、才能を一つ潰したという事実は変わらない。
一人の人間の生きがいを奪ったのだ。
綾音の頭の片隅で、その罪悪感がずっと消えない。
「で、でもさ、未来なんて分からないじゃん? 確定じゃないでしょ? もしかしたら義人が本来の才能通りの結果を手にするかもしれない。”だった”なんて過去形にすること……」
綾音は途中で首を横に振る。
一切の迷いのない容赦ない態度。
清歌の主張は、綾音の無言の圧力の前に消えてしまう。
「残念ながらそれは違うの。神の世界でいう才能や未来は”確実”なの。運やめぐりあわせでどうこうなるものじゃない。その運やめぐりあわせこそが、神の世界でいう”才能”や”未来”なんだから」
ということは義人がサッカー選手として大成する可能性はないってこと?
清歌は頭の中が真っ白になった。
義人の笑った顔が浮かぶ。
彼の気さくな性格が好きだし、彼の自分にはない男らしさ、自分の意思や夢を貫く強さが羨ましかった。
そんな彼の未来を奪ってしまったのだ。
清歌の祖父母を救った代わりに、彼のあれだけの才能と輝かしい未来を奪ってしまった。
これは考えちゃいけない。
罪悪感なんて抱いちゃいけないのに……。
清歌の中で芽吹き始めた罪悪感。
自分の祖父母が死んでいれば芽吹いていたはずの彼の才能と未来。
天秤にかけるようなものではない。
一人の人間の未来を潰してしまった罪悪感に囚われながら、だけれど大切な二人の命が救われて罪悪感を抱くことに対する負い目。
清歌の中でさまざまな感情が渦巻いた。
「じゃあもう義人がサッカー選手となることは……」
「ええ断言するわ。絶対にない。残念ながら彼がサッカー選手になるという未来は消えてしまった。不幸の分散というのはそういうことよ」
綾音はきっぱりと言い切った。
本当は少しでも可能性を示したかったが、ここで嘘を吐くわけにはいかない。
ここで嘘を吐いてしまえば彼らをもっと傷つけることになってしまう。
「そっか……僕はこれから義人とどうやって接すればいいか分からなくなっちゃったな」
「私が言うのも違うけど、いままでと同じで良いんじゃないかな? 急に態度を変えられたら彼も困惑するでしょう?」
清歌はため息をついて綾音の言葉を受け取った。
頭の中がパンクしそうだった。
昨日から怒涛の展開過ぎて、自分の頭の中の整理がまったく追いついてない。
「もう帰るね」
「う、うん。大丈夫?」
「ちょっと頭の整理がしたい。お腹もすいたし」
朝にこっそり家を飛び出してきたせいで何も食べていない。
携帯で時間を確認すると、午前十一時になっていた。
そりゃお腹もすくわけだ。
「お邪魔しました」
最初にこの家に来た時の覇気はどこへやら、清歌はトボトボと階段を下りて綾音の家を後にする。
綾音は二階の窓から心配そうに、フラフラと歩く清歌のうしろ姿を見送った。
清歌は綾音の家のある通りから移動し、田んぼ道を散歩する。
これからどうしようか?
今日は何の予定もないけれど、いま家に戻るのはなんだか気まずい。
ばあちゃんたちと普通に会話できる自信がない。
二人を前にしていつも通りに振舞えるとは思えなかった。
本当は死ぬ運命だった二人。
だけど綾音さんの暴走によって、僕の友人の才能と引き換えに生きながらえた。
ダメだ。
なんど考えても気持ちが落ち着かない。
清歌はパンクしかけた頭のままでも帰巣本能とでもいうべきか、気がつけば自分の家の方角に向かって歩いていた。
もうすぐ家についてしまうところで、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いに体が家とは反対方向に向いた。
そこは昔からよく食べに行っていた定食屋さんだった。
最近こそあまり行かなくなったが、昔は家族で来ていた。
「そんなところでなにしてるの?」
突然声が上空からかけられた。
驚いて定食屋の二階に視線を移すと、そこにはよく見慣れた顔があった。