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第十四話 堕天した理由


「話ってなんですか?」


 清歌は綾音に誘われるままに彼女の部屋にあがった。

 以前は夕日の中で対面したが、朝日の中の彼女も美しい。

 しかしいまの綾音からは、美しさと同時に強さが感じられた。


「さっきの話を聞いていたのでしょう?」

「はい……ごめんなさい」


 清歌は素直に謝った。

 意図的ではなかったにしろ、盗み聞きをしてしまったのは確かだ。


「だったら私が昨日言ったことも分かるわね?」


 清歌は綾音の言葉に硬直する。

 昨日言ったこと、つまり自分のことはもう諦めろという話だ。

 彼女は確かにあのお祈り地蔵に睨まれているようだった。

 それに流石にさっきのを見聞きすれば、半信半疑だった元神の件も信じるしかなかった。

 お祈り地蔵が勝手に移動して話をしていたのだ。

 神の存在を認めざるをえなくなった。

 だから彼女の言うことも分かる。

 これはたった一人の人間の少年が、抗ってどうこうなる問題ではない。

 しかし、だからこそ、清歌は一つだけ気になることがあるのだ。


「分かるけど、その前に一つだけ教えてください」

「何かしら?」


 綾音からすればいまさら隠し立てするようなものはない。

 そう思っていた。


「綾音さんが堕天した理由を知りたいです」

「さっき聞いてたでしょう? 私はこの町のルールを破って……」

「それは結果でしょう? 綾音さんがルールを破った経緯を知りたいです」


 清歌だって馬鹿じゃない。

 さっきのお祈り地蔵と綾音の会話の中で何度も自分の名前が上がっていたのはわかっている。

 ならきっと彼女の堕天には自分が深く関わっているはずだ。

 清歌は確信を持って彼女にたずねた。

 確信を持って、覚悟を決めて、すべてを知ろうと思った。

 もしかしたら聞いて後悔するかもしれない。

 だけど大好きな女性に対して責任を持とうと思うのなら、これは避けられない話だ。


「経緯って……聞かないほうがいいと思うけど」

「嫌です。これだけは譲れません」


 清歌ははっきりと言いきった。

 綾音は彼の物言いに驚く。

 ずっと見てきた彼は、こんなに男らしくはっきりと言うタイプの男の子じゃなかったはずだ。

 綾音は清歌の目をじっと見つめる。

 清歌もまっすぐと視線をそらさず、見つめ返してきた。

 初めてお互いの視線が交わった。

 今まではなんだかんだ、どちらかが視線をそらしていた。


 綾音は清歌の目を見て確信した。

 これは引き下がる人の目ではない。

 こんな清歌は初めて見るかもしれない。

 成長したと取るべきか、頑固な一面を垣間見たと捉えるべきか……どっちにしろ、答えを濁すのは彼に対して失礼だ。

 綾音は一度目を瞑って深呼吸をする。

 できれば彼に聞かせたくなかった。


「仕方ない……だったらまずは空神町のシステムについて説明する必要があるわね」


 綾音は諦めた。

 町のシステムまで説明してしまえば、一体どんな神罰がくだるか分からない。

 だけどここまできた以上、すべて説明したほうが彼も諦めてくれるかもしれない。


「この空神町は四体の神たちによって管理されているの」

「神が四体もいるの!?」


 清歌は神様が四体いることに驚きを隠せない。

 よくよく考えてみれば、お祈り地蔵と綾音がいる時点で二人はいるわけなのだが、彼の中で神様は一人のイメージだったらしい。


「そう。四体。いまは私が堕天しちゃったから三体ね。それで管理というのは不幸の分散を指すの」

「不幸の分散?」


 清歌はなんのことか分からないと言いたげだ。


「分散よ。たまにいるじゃない? やたら運が悪い人」

「いますね」

「それがこの町では意図的に起こされているの」

「……それじゃ分散じゃなくて集中じゃないか」


 清歌は指摘した。

 彼の言う通り、これだけ聞くと不幸を集中させているように聞こえる。


「分散というよりコントロールかしら? 基本的には均等に不幸が訪れるようにコントロールしているけれど、それよりも優先されるのはこの町の発展につながるかどうか」

「町の発展?」

「そうよ。だって空神町の神様はこの町の神様だもの。この町から人がいなくなれば、自分たちを敬ってくれる存在がいなくなるじゃない?」


 綾音の言葉に清歌はひどく納得した。

 空神町の神様にとってこの町が大事なのは当然だ。


「だから町にとって有益じゃない住人に不幸を集めたりする。町に害をなそうとする人物には命にかかわる不幸が舞い降りたりね」

「こ、怖いですね」


 清歌は綾音の言葉にゾッとする。

 誰かの命を奪うことも厭わないと聞こえる。

 この町の神様たちは人の命の選択権を握っている。


「私のこと嫌いになった?」

「ならないよ。きっと綾音さんはそれが嫌で逆らったんでしょう?」


 清歌の指摘に綾音は驚いた。

 どうしてわかる?


「なんでそう思ったの?」

「だって綾音さんはそういうの嫌いそうだもん」


 清歌の真っすぐな瞳に綾音はドキッとした。

 他の人間たちからは見られない純粋な瞳。

 気弱な彼が見せた強い視線。


「うん。本当に清歌の言う通りよ。この町にとって有益な少年の身に、将来に関わる不幸が降りそうになった。それをあのお祈り地蔵が、別の二人の人間に不幸を集中させようとした。この町の未来を考えた時、その少年一人と一人では釣り合わなかった」

「その二人って?」

「君の祖父母だよ、清歌。君の大切な育ての親だ」


 綾音の声は先ほどよりもグッと低く聞こえた。




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