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第四話 それぞれの葛藤


 清歌たちが綾音の部屋に上がり込んだ日からもう十日が経過していた。

 霧子が先に帰り、清歌は綾音が陥っている状況を知った。

 そして清歌はこの状況を打破するために毎日とある場所に訪れていた。


「今日もお祈り地蔵様のところに行くのかよ?」

「もちろんだよ義人。僕にできるのはそれしかないんだ」


 授業が終わって今からまさに帰ろうとしたタイミングで、義人はあきれた様子で声をかけた。

 なんと清歌はあの日以来、毎日のように裏山のお祈り地蔵のところに通いつめ、日が暮れるまでの長い時間祈りを捧げているのだ。

 義人は清歌から憧れの綾音のことを聞いてはいたが、まさかここまで清歌が本気だとは思ってなかったのだ。


「いや、確かにお祈り地蔵様にお願いすればなにか叶うとは言うけどさ、さすがに話が怪しすぎるだろ」


 義人は綾音のことを聞いてはいた。

 それこそ清歌が彼女の部屋に上がった翌日に……。

 義人は清歌がつまらない嘘をつくような性格ではないことぐらいは分かっている。だがあまりにも彼の話が胡散臭すぎるというか、現実離れし過ぎているのだ。

 話を聞いてからもう一週間以上たつが、いまだに清歌の話をどの程度信じればいいか、自身のスタンスを決めかねている。


「霧子はどう思うんだよ。一緒に行ったんだろう?」


 義人は話の矛先を霧子に向けた。

 清歌が綾音にぞっこんなのは見ればわかるし、こんな状態の彼の言葉なんてなにも信用に値しない。


「……夢であってほしいわよね」


 霧子は苦々しい顔で答えた。

 彼女の様子からすると、どうやら本当らしい。

 本当にあの噂の窓際のお姉さんは、元神様ということだ。


「この話ってあと誰が知ってるんだ?」

「私たち三人だけよ。話したところで頭がおかしいと笑われて終わりでしょう?」


 霧子の言うとおりだった。

 こんな与太話、高校生にもなって信じる方がどうかしている。


「義人はいるか?」


 三人がなんだかんだ言いながら帰る支度をしていると、教室のドアが開かれ上履きの色の違う生徒が入ってきた。


「部長……またですか?」

「随分な言い草だな」


 サッカー部の部長を務める柊は、毎週のようにこの一年生の教室を訪れては義人に話をしに来る。


「お前ら先に帰っていいぞ。俺はこれから部長と話すから」

「私は残って聞いてるよ。清歌はもう出て行っちゃったけど」


 霧子は義人の隣に椅子を持ってきて着席する。

 清歌はきっと今日もあのお祈り地蔵のところに向かっているに違いない。


 そして義人の正面には毎週やって来る部長が席に着いた。


「何度言われても俺はサッカー部には戻りませんよ? 思い通りのプレーができなくなった以上、俺はプレイしたくありません」


 義人は何度目かとも分からない同じ言葉を口にした。


 この空神町という田舎に存在する空神高校。

 人数もギリギリの弱小サッカー部に入部して、すぐさま若手のエースとして君臨したまでは良かった。

 中学の時もサッカー部のエースとして活躍していた義人にとって、弱小サッカー部でエースの座を手にすることは特別むずかしいことではなかった。

 しかし悲劇が彼を襲った。

 それは春の新人戦のときだった。いつもどおり軽快なプレーを披露していた義人は、相手ディフェンダーの執拗なマークにあっていた。そこまでは今に始まったことではない。

 だが義人がゴールを決めようとクロスに飛び込んだ際、ゴールポストにぶつかってしまったのだ。

 その時、強烈な突風がグランドに吹きつけ、信じられないことにゴールが倒れ、スライディングしたままの体勢の義人の右足にのしかかった。

 当然そのまま義人は担架に乗せられ病院へ直行。

 右足の筋肉と関節にダメージを負い、松葉杖なしでは歩けない状態となってしまった。

 いまではその怪我も回復したのだが、それ以降思った通りのプレーができなくなってしまった。

 最後の踏ん張りがきかない状態でのプレーは、義人を苛立たせた。

 義人はだんだんとサッカー部に顔を見せなくなってしまった。

 顧問の先生も当然それは把握しており、部長である柊になんとか呼び戻すように指示を出したのがここ最近だ。


「義人の気持ちは分かるけどさ……」

「部長に俺の気持ちなんてわかりませんよ」


 柊部長は義人をたしなめるが、義人は固い意志で首を横に振る。

 義人は男らしい性格ではあるが、こうなったら梃子でも動かない。


「本当に良いの?」


 霧子が確認するが、義人は黙ってるばかりで話にならなかった。


「はぁ……また来るよ」


 柊部長は深いため息をついて席を立つ。

 義人たちに背中を見せながら手を振り、教室から出ていった。


「サッカーやりたいんじゃなかったの? そのためにサッカー部に入ったんでしょう?」


 霧子が義人に声をかけるが、義人はうつむいたまま。

 しかし霧子もあまり強くは言えなかった。

 それは自分も大会の時などにマネージャーとして参加しているのもあって、義人の気持ちは痛いほど理解できた。

 霧子の目から見ても、全盛期の義人のプレーは規格外に思えた。

 それこそ、プロとしてやっていく未来を想像できるぐらい……。


「俺は俺が間違っているとは思わない」


 義人はそう言って立ち上がる。


「もう帰る?」

「ああ、一緒に帰ろう。噂のお姉さんの様子でも見に行きたい」


 義人は悪戯っぽい笑みを浮かべて霧子を誘う。


 霧子はそんな義人を見て思うのだ。

 彼と清歌がなぜ友人関係でいられるのかが分からないと。

 あまりにも違う二人の性格。

 義人は男らしさ全開で、自分の考えを絶対とし、やや強引すぎる程だ。

 対して清歌は引っ込み思案で自分を持たない。だからこそ綾音さんへの執着が悔しいのだ。

 それが本当の気持ちだということが、本気だということがわかるから。


「冷やかしはやめなよ。途中まで一緒に帰りましょう。ちょっと用事があるから」


 霧子はやや不貞腐れたように答えた。


「なんだ霧子、嫉妬か?」

「誰がアンタなんか!」


 揶揄ってきた義人のお尻をバッグで叩き、教室の出口に向かって歩き出す。


「俺さ、分かってはいるんだよ」


 霧子がドアに手をかけたと同時に、義人は絞り出すようにつぶやいた。


「うん? 何が?」

「こうしてたって意味がないことぐらい」

「珍しい。義人は絶対に折れないと思ってたよ」

「別にまだ折れてない。ただ、俺にも清歌ぐらいの柔軟さが欲しいなってね」


 義人はこの場面で清歌の名前を出す。

 言葉にはしないだろうけれど、きっと義人も清歌の性格を気に入っているのだ。

 それは霧子も感じていて、よく一緒に帰るこの二人はお互いがお互いの足りないものを持っている。


「別に、義人には義人の良さがあるでしょ」


 霧子は背中越しにそう語り、教室のドアを開いた。

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