インターホンを鳴らすが反応がない。
たまたまかもしれないが、この家から人が出てきたのを見たことがないため、もしかしたら一人暮らしなのかもしれない。
恐る恐るドアノブに手をかけると、どうやら鍵はかかっていないらしい。
霧子と視線が合う。
お互い静かに頷いて、ドアノブを回して玄関を開ける。
不法侵入という言葉が頭に浮かぶが、一人暮らしの彼女が苦しんでいるのを見て放っておけるほど二人は冷たい人間ではなかった。
「開いた……行くよ」
「うん」
二人はゆっくりと家の中に侵入する。
他人の家に勝手に上がり込むという非日常にドキドキしながら、二人は静かにドアを閉めた。
「お邪魔しまーす」
清歌は一応言ってみるが、案の定反応がない。
やはり彼女はこの家で一人なのだ。
「二階に行こう」
家にまで上がってしまった以上、清歌も吹っ切れたのか廊下をスタスタと歩いて行き階段を見つける。
家の中は恐ろしいほどに質素だった。
本当に人が住んでいるのか怪しいくらい家具がほとんどない。
廊下からちらりと見えるリビングらしき場所にも、テーブルはおろかイスやソファーさえない。
いくら彼女一人だからといっても不自然だ。
「大丈夫ですか?」
清歌と霧子は階段を登った先にある突き当りのドアをノックする。
返事はない。
家の構造的に、外から見える部屋はここに違いないのだが……。
「開けよう。もしも意識を失ってたらマズイ」
返事がないというのは意識がない可能性もある。
場所的にはここであっているはずなのだから。
清歌は一度深呼吸してドアを開いた。
部屋の中も一階と同じように、本当に質素だった。
せいぜいあるのは彼女が寝るためのベッドぐらいのもの。
それ以外の私物が一切見当たらない。
「どういうこと?」
霧子の声が響いた。
清歌が窓際のお姉さんに視線を移すと、彼女は高熱にうなされているかのようにぐったりとしていた。
しかし問題はそこではない。
「これは……鎖?」
鎖は天井から床を這って、お姉さんの綺麗な足首に括り付けられていた。
清歌は初めて彼女の全身を視界に収めた。
清楚な黒いロングスカートに豊満な上半身を隠す白いブラウス。
足元には靴下の代わりに鎖が括り付けられていて、その重苦しい鉛色が妙に現実感を損なっていた。
「大丈夫ですか?」
清歌は彼女の体に触れる。
予想以上に柔らかい感触以上に、体温が高いことに気がついた。
「熱がある!」
「一度ベッドに運ぼう。運び終わったら、下から何か体を冷やせるものを持ってくる!」
清歌と霧子は二人がかりでお姉さんをベッドに寝かせた。
霧子はお姉さんを運び終えるとそそくさと部屋を出て階段を下りていった。
部屋に残されたのは清歌とお姉さんだけ。
幸いなことに物がほとんどないこの部屋でも、エアコンだけは設置されていた。
流石に真夏にエアコンなしは、この田舎町でも死にかねない。
「一体なんなんだ?」
清歌は冷静になって考え始める。
一番の衝撃はなんといってもこの鎖だ。
彼女の足首から床を這って天井に伸びた鎖。
意味が分からない。
鎖なんて日常生活で目にすることなんてないはずだ。
それが家の中で、しかも唯一の住人が括り付けられているのだ。
様々な想像が頭に浮かんでは消えていく。
一番あり得そうで怖いのが、彼女が監禁されている場合だ。
もしそうなら、彼女が二階の窓から離れられないのも納得がいくし、外をずっと眺めているのも出られないことを裏付けているようにも思えた。
「これで冷やせないかな」
霧子が持ってきたのは濡れタオルだった。
何もないこの家にもタオルぐらいはあったらしい。
「清歌は後ろを向いてて」
「なんで?」
「アンタ、裸を見る気?」
「ごめんなさい!」
清歌は慌てて後ろを向いた。
霧子は彼女の服を脱がせて本格的に体を拭くつもりのようだった。
清歌の背後では布の擦れる音が聞こえてくる。
彼女が心配という気持ちと、もしかしたら監禁主が帰ってくるかもしれないという恐怖心。そこにほんのちょっとの下心が混ざり合い、清歌の内心はぐちゃぐちゃだ。
約十分ほど経っただろうか?
もういいよという霧子の声に振り向くと、そこにはきちんと服を着たお姉さんが横たわっていた。
「他に私たちにできることってないよね?」
「……うんそうだね」
清歌はなんとなく鎖を手に取って引っ張ってみた。
天井からぶら下がる鎖はビクともしない。せいぜいピンと伸ばされただけだ。
この鎖をどうにかしてあげたいが、あいにくと清歌の非力な腕力ではどうにもならない。
「監禁されているのかな?」
「やっぱりそう思う?」
霧子は清歌と同じ感想を抱く。
クラスで噂のこの女性は、いつも二階の窓から外を眺めているだけ。
おまけに足に鎖があるとすれば、そんなの監禁以外に思いつかない。
「ねえ逃げたほうがいいんじゃない? もしも犯人が帰ってきたら……」
霧子は当然の反応を示す。
彼女からしたらこのお姉さんは単なる噂の人であり、幼馴染みが憧れ続けている女性だ。命を懸けてまで助ける義理はない。
「君たちの心配するような状況じゃないから大丈夫よ」
不意に聞こえた凛とした綺麗な声。
声はベッドの上から発せられた。
二人そろってベッドのほうを振り返る。
さっきまで寝てたはずのお姉さんが座っていた。
まだ熱があるせいか弱々しく見えたが、それでも凛とした美しさは損なわれていなかった。
「じゃあなんで鎖なんか……」
「そうね……なんて説明しようかしら? というより信じてもらえるかな?」
お姉さんはクスクス笑う。
弱ったままだが、それでも彼女の笑い声は清歌を魅了するにはじゅうぶんだった。
「あのね、私……人間じゃないの」