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空に願うは窓際の姫君
DANDY
現実世界現代ドラマ
2024年12月13日
公開日
45,290文字
連載中
幼い頃に両親を交通事故で失い、祖父母の住む空神町に引き取られて育った高校一年生の斎藤清歌には、中学生の頃からずっと憧れていた女性がいた。
彼女の名前は神道綾音。
絶世の美女であり、いつどんなときでも二階の窓から外の景色を眺めているだけのミステリアスな彼女に、斎藤清歌は恋をした。
そんな綾音を遠目から見守ることしかできなかった清歌だったが、ある日綾音から声をかけられた。
「私、ここから出られないの」
驚く清歌だったが、学校に遅れるので急ぎ足でその場をあとにする。

授業が終わったあと、いつもどおりに綾音の家の前を通ると、いつもは姿勢良く景色を見渡している綾音が苦しそうに窓枠にうずくまっていた。
失礼や非常識なのは承知の上で、なにかあってからでは遅いと彼女の家に乗り込んだ清歌が二階の部屋に向かう。

部屋の中では綾音が苦しそうに横たわっていて、彼女の足には天井から伸ばされた鎖がくくりつけられていた。

斎藤清歌と神道綾音。
これは二人のずっと言えなかった秘密を解き明かすひと夏のお話。

第一話 清歌と綾音


「私、ここから出られないの」


 高校一年生の斎藤清歌は、通学路の途中にある一軒家の前で立ち止まった。

 いつもこっそり眺めていた二階の窓際にいる女性。

 年齢は分からないが、大人びた雰囲気からきっと年上に違いなかった。

 そんな彼女と初めて目があったのだ。

 目があったと同時に声を聞けた。

 これは大きな一歩だ。

 なぜなら清歌は、毎日通るこの道で彼女に恋をしてしまったからだ。

 ほとんど一目惚れに近いと思う。

 窓から見えるのは上半身のみ。

 いつも物憂げに窓から町を見渡していた。


 艷やかな漆黒の髪に、目を引く大きな瞳。

 ほっそりとして整った顔立ちに、怖いぐらい白い肌が人間離れした美しさを演出していた。


「なんでですか?」


 真夏の暑さにクラつきながら、清歌は思わず聞き返してしまった。

 ずっと憧れだった彼女に声をかけられ、ついつい嬉しくなってしまったのは内緒である。


「……それは秘密。ほら、早く行かないと学校に遅れるよ?」


 清歌は彼女の言葉に携帯で時間を確認して、やや急ぎ足で彼女の家の前を後にする。

 振り返って見上げた先で、彼女は慈愛に満ちた笑みを浮かべて清歌を見つめていた。




「マジ?」

「マジだよ義人。こんなクソ暑い中嘘なんかつかないさ」


 清歌と談笑するのはクラスメイトの合田義人。

 朝のホームルームが始まるまでの僅かな時間に、清歌は唯一といっていい友人の義人に今朝のことを話していた。

 すると彼らの会話が聞こえたのか、他の男子たちが数人集まってきた。


「どんな声だった?」

「目が合ったのか?」


 矢継ぎ早にそんな言葉が交差する。

 それだけこの学校の男子の間で、あのお姉さんは話題の人なのだ。

 なにせ毎日どんな時に家の前を通っても、必ず二階の窓際から外を眺めているのだ。

 おまけのあの抜群の容姿だ。

 上半身しか見えていなくてこれなのだから、彼女が外を歩いているところを目撃された際にはとんでもないことになるだろう。


 ”ここから出られないの”


 そんな彼女の言葉が脳裏で蘇る。

 普通に考えて家から出られないなんてありえないことだ。

 もしかしたら足が悪いのかな?

 それとも誰かに監禁されているとか?


 清歌の妄想は徐々に危険な香りを放ち始める。

 それだけ清歌はあの二階の窓の彼女に恋をしている。

 ありえない心配をするほどに……。


「みんな早く座らないと先生来ちゃうよ?」


 盛り上がる男子たちのあいだに割って入ったのは、加藤霧子。

 義人の所属しているサッカー部の大会時にマネージャー的なことをしているためか、サッカー部の中ではかなり人気がある。

 清歌とは小学生の頃からの幼馴染みで、家も非常に近く中学までは一緒に登校していた仲である。


「なんだ加藤か」

「なんだとは失礼ね」


 男子たちは突然現れたお邪魔虫に声を張る。


「あのお姉さんみたいに女らしくなってから声をかけろよな」


 男子の中の誰かがそんな言葉を口にした。

 マズイと清歌が思った時にはもう遅かった。

 霧子は自分でも気にしているのか、恐ろしいほど冷たい視線を男子に送る。

 彼女のその冷たさたるや、夏の蒸し暑さを吹き飛ばすかのような強さだ。

 見た目は黒髪清楚な霧子がやや俯き気味に睨みを利かすと、心から恐ろしく思う。


「悪いって……」


 睨まれた男子はズルズルと後ずさりをして自分の席に着く。

 それを合図に固まっていた男子たちは解散となった。


「あんな女のなにが良いんだか?」


 霧子は不満気にため息を漏らす。

 幼馴染みの清歌から見ても、贔屓目なしに彼女はじゅうぶん美少女の部類だと思う。

 だが悲しいかな女性らしい凹凸は皆無に等しく、やはり思春期真っ盛りの十五、六歳の男子高校生にとっては物足りないのだ。

 そしてそれは清歌も同じなわけで……。


「霧子も見たことあるだろ? あんなに綺麗な人、他で見たことないよ」


 そう語る清歌の様子に、霧子は不満気に鼻を鳴らして自分の席に戻っていった。


「清歌はずっとあの人一筋だよな」


 義人は霧子のうしろ姿を眺めながらそう口にした。

 清歌はあの女性一筋だ。

 今まで誰かに恋心を抱いたことなどなかったが、こればかりは一目ぼれだった。

 窓際の彼女が現れたのは、清歌たちが中学に上がったころだったと思う。

 引っ越してきたのか分からないが、気がついたらあの場所から町を眺めていたのだ。


 清歌たちが住むこの空神町は、近くの主要都市まで車で三時間以上はかかる田舎町だ。

 小高い山々に囲まれた盆地で、人口だって大していやしない。他所様の家庭の事情が漏れ聞こえてくる程度には田舎だ。

 そんな田舎町にわざわざ引っ越してくる人などいない。

 ここ数年でこちらにやって来たのは、きっと彼女と清歌ぐらいだろう。


「東京だったらあのレベルがうろうろしてるんだろう?」

「知らないよ。僕が東京にいたのなんて小学校低学年の頃だよ? 女性が綺麗かどうかなんて意識してないよ」


 清歌はさらりと答える。

 義人は「そうだっけ?」と笑っていた。

 清歌と義人は高校に入ってからの付き合いだが、周囲から見ればどうして彼らがつるんでいるのか謎に思われていた。

 なぜならあまりにも正反対の二人だからだ。


 清歌は内向的なタイプで自分に自信がない。

 身長も平均よりは低めで、体の線も細い。

 時折女性に間違われるルックスをしており、考えようによっては美少年なのだが清歌本人からすればコンプレックスとなっている。

 一方の義人は男らしい豪快な性格でリーダーシップがあり、曲がったことが嫌いなまさに”男”といったパーソナリティーの持ち主だ。


「お前らそろそろ朝礼始めるぞ?」


 気がつけば担任の先生が黒板の前に立っていて、クラス全体が席に着いた。

 清歌の頭の中は今朝の出来事で埋め尽くされ、朝礼で先生が何を言っていたのか全くと言っていいほど頭に入ってこなかった。


「清歌、準備できた?」


 授業も全て終わり、帰り支度をしていると霧子がいつも通りやってきた。

 朝は別々なのだが、帰りはいつも一緒に帰る間柄だ。

 なぜ朝は別々なのかと言うと、清歌が本当にギリギリまで寝ているせいで一度霧子も遅刻したことがあり、真面目な霧子はそれ以降一緒に登校することはなくなった。


「うん。僕は大丈夫。義人は?」


 教科書をすべて鞄に詰め終わった清歌が義人に話を振ると、義人は深いため息をついて首を横に振った。


「悪い。今日は部長と話し合いなんだ」

「サッカー部の? なんの話?」

「たぶん前と一緒さ。戻って来いってうるさいんだ」


 霧子の疑問に義人はめんどくさそうに答える。

 義人はこうやって部長と時折面談をしている。

 やりたくなさそうなのだが、部長に呼び出された以上応じないわけにはいかないのが彼である。


「そっか。じゃあね義人」


 霧子はそう言って清歌の手を引いて歩き出す。


「清歌、朝声をかけられたんだよね?」

「そうだけど、どうしたの?」

「いや、清歌が誰の所有物かはっきりさせに行こうと思って」

「僕って霧子の所有物だっけ?」


 清歌は自分の持ち主を思案しながら、彼女に引っ張られるまま学校を後にする。

 朝通った道をなぞるように二人して歩く。

 清歌は隣で歩く彼女をこっそり観察する。

 クラスでは清歌と霧子はペアとして考えられている。

 一応それなりに美少女に分類される霧子は、清歌から見ても可愛いと思えなくもない。

 そんな女子と噂になるのは至極光栄なことなのだが、残念ながら霧子と清歌は長い時間を一緒に過ごし過ぎた。

 小学生の途中からずっと一緒にいるせいか、清歌にとって霧子は異性というよりも家族に近い存在となっていた。


「ねえあの家だよね?」


 霧子が指さす先を見ると、毎朝清歌がひっそりと眺めているお姉さんの家がある。

 そして期待をしつつ二階の窓を見上げると、やはり彼女はいつも通りそこにいた。

 しかし……。


「大丈夫かな?」

「ちょっと声をかけてみたら?」


 窓から見えるお姉さんは、いつものように外を眺めてはいなかった。

 まるで何かに耐えているかのように、窓枠に体を預け、苦しそうに体を上下に揺らしていた。


「だ、大丈夫ですか?」


 清歌が呼びかけるが、反応がない。


 「失礼になるかもだけど、何かあってからじゃ手遅れだから行くよ」


 どうしようと迷う清歌とは正反対に、霧子が清歌の手を引いて玄関に向かって歩き出した。


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