“もしかしたら私の知らないところで何か言われたりしていたのかもしれないわね”
もし彼が影で心無い言葉を言われていたのなら。そう思うと私の心がツキリと痛む。
そしてそれと同時に、私が愚かなことを口走ったあの瞬間まで彼が婚約破棄を言い出さなかったのは、さっき伝えてくれた気持ちからなのだと気付き胸の奥が熱くなった。
“大事に、したいわ”
私がそう言った陰口を噂ですら一切聞かなかったのは、きっとコルンが全て引き受けてきてくれていたからだろうから。
――私はもう、間違えないから。
「愛しているわ、コルン。愛するつもりがないなんて嘘、最初からずっと愛してた」
「アリーチェ様?」
「私を助けてくれた貴方はとても格好良かったわ。私だけのヒーローが現れたのかと思って胸がとってもドキドキしたの」
重ねてくれた手を握るように動かし、指と指を絡める。
一瞬ビクッとコルンの手が反応したが、振りほどかれないことが嬉しかった。
「あの時だけじゃない。見習い騎士の時から誰よりも熱心に訓練に来ていたこと、新人ながらに第四騎士団に配属されたことだってコルンが努力してきたからだって知ってるわ」
普通は第六騎士団から徐々に上を目指すが、努力が実り第四騎士団からの配属になったのだ。
「だから私、貴方に婚約破棄を突き付けられて後悔したの。私もコルンみたいに努力すべきだったって。流行りの物語に乗るんじゃなく、貴方みたいに自分を高める努力をすればよかったって」
せめて貴方に釣り合うよう頑張りたいと思った私は、苦手だった社交に刺繍、勉強だって頑張ることにした。
“その結果男漁りしてるなんて噂が立ってしまったんだけど”
今の私から貴方に釣り合う私へと変わりたいから。
「そんなこと」
「あるわ。だってそれくらい、私にはコルンが輝いて見えるんだもの」
ノースポールの花畑の中で私たちは相変わらず向かい合っている。
遠くでカンカンと鋭い鐘の音が響くのが聞こえた。
狩猟大会が終わった合図だろう。
「私、この花に誓うわ。もう不誠実なことはしない。真っすぐにノルンだけを見つめて本当のことだけを伝えるわ」
誠実という花言葉を持つこの花たちに囲まれて、私は改めて口を開く。
「貴方のことが好きです。私ともう一度、婚約していただけませんか」
「俺も、いつも明るく真っすぐな貴女に癒されていました。アリーチェ様に格好悪いところを見せたくなくて頑張れていた部分もあるんですよ」
ふふ、と笑みを溢すコルンにドキリとする。
そんなこと全然知らなかった。
“コルンも私のことを見てくれていたのね”
「アリーチェ様のことが好きです。また、俺と始めてください」
「はい、喜んで!」
返事をした勢いで目の前のコルンに抱き着く。
やはり基本の体幹が鍛えているコルンとは違うのだろう。
私が抱き着いてもビクともせず、コルンが私を抱きとめてくれた。
そのままぎゅうっと抱きしめられる。
そしてどちらともなく私たちは唇を重ねた。
彼の大きな手のひらと同じように少しだけかさついているその唇は、想像していたよりもずっと柔らかくて、なんだか私の胸の奥をきゅうっとくすぐられるように感じたのだった――……
◇◇◇
ラヴェニーニ家のテントへと戻るべく花畑を後にして歩き出した私たち。
もちろん辺りを警戒しながらではあるが、今までとは違い私たちの手は繋がれていた。
「嬉しい、こうやってコルンと手を繋いで歩きたかったの」
「それは……、その、俺も嬉しいです」
「っ!」
少し気恥ずかしそうに、だがコルンからそんな甘い返しが来たことに心臓が握られているかと思うほどキュンと締め付けられて苦しくなる。
“好き! いつもの素っ気ない様子も格好良かったけれど、照れながら返事をくれるコルンの破壊力ってばとんでもないわ!!”
もう好きすぎて苦しい。結婚して欲しい。
というかしたい。今すぐコルンと結婚したい。
私の中のコルン愛が溢れて駄々漏れになりそうだが、私たちはやっと始めたばかりなのだ。
流石にそこまで飛ばすとコルンが重荷に感じてしまうかもしれないと必死に呑み込み、私の中のコルン愛を落ち着ける為に別の話題を探す。
「そ、そういえば私、クロスボウを落としてきてしまったわ」
母グマと遭遇したあの場所に落としてしまったクロスボウ。
結構性能がいいちゃんとしたものだっただけに少し惜しくはあるが、あの場所へと再び足を踏み込れるのは危険だろう。
ラヴェニーニ侯爵家の私設騎士団を連れて行けば回収は可能かもしれないが、そんなことをしてあの親子を刺激したくもないので早々に諦めることにした。
クロスボウは矢をセットしなければ使えないので、何もセットされていない本体だけならば子グマが遊び道具にしても怪我をすることはないと思う。