「私は、コルンのことが好き。ずっとずっと、今も昔もずっと貴方だけを愛しています」
そう告げて花を彼へと渡す。
“ここで泣くのは卑怯よ、私”
滲みそうになる視界。気付かれないよう少しだけ上を向いて涙を堪える。
もしこの花を受け取って貰えなかったとしても泣いてしまいませんように。
どうか今、私の指先が震えていませんように。
そう願いながら彼からの反応を待っていると、少し戸惑ったように、だが差し出した花を受け取ってくれた。
「愛するつもりはない、のでは?」
「ッ、それは、その」
一瞬口ごもる。だがこのまま誤解されているより、私がいかに愚かで浅はかだったかを知られる方がマシだと思った私はすぐに口を開いた。
「――本で、読んだの。流行っていたんだけど、知らないかしら? 『君を愛するつもりはない』というセリフから始まる溺愛ストーリーなんだけど」
「そんな辛辣なことを言ってからの逆転劇があり得るんですか?」
「うぐっ」
もっともな指摘をされてダメージを食らうが問題ない。この程度想定済みだ。
「要はギャップ的なやつじゃないかなって思うの、印象最悪からのスタートだったら、あとは上がるだけじゃない? それに上がり幅もより大きくなるから溺愛感が増すって言うか」
「全然理解できませんが……とりあえずそういう物語が流行っているのだということは理解しました」
けど、それを何故俺に? なんて真顔で聞かれ、私は一瞬眩暈がする。
「そんなの、私がコルンを好きだからよ」
「はぁ……」
“なるほど、そこからなのね!?”
ついさっき、小さい花一輪とはいえ渡して盛大に告白したはずなのにこのよくわかっていないような反応に項垂れる。
六年前からあんなに毎日好きアピールしていたのに何一つ伝わっていなかった現実に愕然としながら、私はもうヤケクソとばかりに声を張り上げた。
「君を愛することはないって、言わばラブラブハッピーエンドへの常套句なの! つまり私は、コルンともっとラブラブでハッピーなエンドを迎えたかったってことなのよッ!」
自分で言うのもアレだがすごく馬鹿っぽい。
いや、散々やらかし続けての今なのだ。
エリーからは当然馬鹿という称号は既に貰っている。
だが、それでもこの直球すぎる説明でやっとコルンにも伝わったのだろう、彼の頬がじわりと赤くなったことに気付き私は目を見開いた。
「そ、れは……本当、ですか?」
「本当!」
思わず食い気味でそう答えると赤い顔を隠すようにコルンが少し俯く。
“でも赤い耳が見えてるわ”
その可愛い反応に胸がときめき指摘したいというイタズラ心が沸いたがやめておいた。
きっと私の方が真っ赤に染まっているだろうから。
「俺も、です」
「え……」
「俺も、アリーチェ様のことをずっとお慕いしておりました」
“コルンが私を?”
彼の反応で若干期待していたが、直接告げられる破壊力ったら想像以上で、さっき必死に堪えた涙がまた溢れそうになる。
「で、でもコルンはそんな素振り全然なくて、あんな書類だって用意してるくらいだし」
信じたい気持ちと僅かに残る不安な気持ちで感情がぐちゃぐちゃになりながらそう問うと、コルンの少しかさつく剣ダコいっぱいの大きい手のひらが、私の手へ重ねられた。
「俺はアリーチェ様を庇った時に出来た矢傷を恥だとは思っていません。ですが世間的には違う印象を持たれるということも知っています」
私を庇って出来た背中の傷。
騎士にとって背中の傷とは、敵に背中を見せたから出来る『逃げ』傷とされる。
そのため背中にある傷は騎士にとっての恥とされていた。
「だからこそ責任感の強いアリーチェ様は、この傷の責任を取ろうとしてくださっているのかと思っていて」
「だからあんな書類を用意していたってことなの?」
私の質問にコルンが小さく頷く。
そして再び口を開いた。
「俺達には身分差があったから」
「そんなのっ!」
関係ないと言おうとして、ぎりぎりのところで思いとどまる。
“私にとっては関係なくても、コルンにとってはそうじゃないんだわ”
私に男漁りの噂が出た時、それだけで私の元にたくさんの婚約申込書が届いた。
それはもちろん私に対しての想いがある訳ではなく、父が第一騎士団長という事実と侯爵家という家柄。
そして私と結婚すれば次期侯爵になれるという理由からなのだ。