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第14話

「やはり、抜き打ちの見合いは、不味かったかな」


現れた男性は、騒ぎの様子を笑いながら見ている。


「あら、京一さん!そうでもしないと、京介さんは、いつまでも、逃げ回るだけよ!」


すぐに、芳子が、食ってかかった。


言われた岩崎は、渋い顔をしている。


「まあ、まあ、京さん。岩崎男爵家勢ぞろいということで、あがってもらえば?」


二代目が、ここぞとばかりに、ししゃり出る。


「そうだねぇ、玄関先で、話し込んでも、こじれるだけだ。そうだろう?京介」


現れた男性は、紳士ぜんとした態度で、皆に接しているが、どこか、この状況を楽しんでいるようにも見えた。


そして、迷わず月子を見ると、


「いや、どうしても、はずせない会合がありまして。遅くなりました。もっと、私が早く来ていたら、こんな騒ぎにはならなかったはずで、申し訳ない。京介の兄、男爵の岩崎です。本日は、ご足労おかけしまして」


被っている中折れ帽を軽く持ち上げ挨拶してきた。


身分が違いすぎる相手に、挨拶され、月子は、慌てて、頭を下げる。


「さあさあ、何もございませんが、どうぞ、どうぞ」


はかったように、二代目が、勝手知ったる我が家の如く、皆を誘ったが、たちまち岩崎の眉は吊り上がる。


「そうね、お見合いよ。お見合いを始めましょう」


芳子一人が喜んだ。


こうして、本当に、何もない居間で、一同は、顔を付き合わせている。


岩崎男爵は、月子の釣り書に、黙って目を遠していた。


月子は、男爵の沈黙と、佐紀子が、どのように自分のことを書いているの分からないこと、さらに、不機嫌極まる岩崎の様子が、とてつもなく恐ろしかった。


本来、見合いの席では、あえてうつむき、しおらしくしているものなのだろうけれど、月子の場合は、既に、相手方、岩崎が、その気はないと、きっぱり拒否しているのだから、うつむくしかない状態になっている。


そして、女中としても雇ってもらえそうになく、月子は、本当に行き場に困っていた。


しかし、そうだ。


田口屋という口入れ屋が、いる。


頼み込めば、何か、仕事が見つかるかもしれない。


月子が、身の振り方を考えていると、男爵は、釣り書を読み終わり、なるほど、と、呟いた。


「月子さんは、十六歳ですか。うちの、京介は、三十六。二十歳違いとなると……確かに、娘さんの心情としては、受け入れがたい話ですなぁ」


少し白髪の混じる髪をきちんと、ときつけ、高級そうな洋装姿の男爵は、やや、困った顔をする。


「……でも!確か、京介さんが、月子さんを助けて、ここまで、背負ってきたのでしょ?!ってことは、京介さんも、実は、まんざらでもないってことよ!」


芳子が身を乗り出しながら、言った。


居間に座ったとたん、ああでもないこうでもないと、これまでの事情を語り、どうにか起こったことを、皆は、理解していたのだが……。


「それは、それ。まさか、見合いとは、知りませんでしたから。困っている者に手を貸すのは当然のことでしょう!それまでのことです!」


岩崎が、大きな声で、きっぱりと、芳子の言い分を否定する。


やはり、これまでかと、月子は、力が抜けた。


とはいうものの、思えば、月子も結婚話など願ってもおらず、居場所を探している、それだけなのだ。


そんな覚悟では、断られた方がよいのかもしれない。


嫁ぎ先、岩崎男爵家の人々は、悪い人ではなさそうだった。ただ、肝心の岩崎が……。


やはり、この話は無かったことにするのが、一番なのだろう。


月子は小さく息を吸う。


「こちらこそ、ご迷惑をおかけしました。そもそも、身分の違いがあります。このお話は、最初から無理があったようです」


そう、いつまでも、ここにはいられない。


月子は、覚悟を決めて、詫びを入れると、立ち上がる。


とたんに、挫いた足がずきりと痛み、うっかり、よろけてしまった。


「危ない!」


大きな岩崎の声と共に、その手がのびて来て、月子の体をしっかりと支えた。


ふふっと、芳子が笑う。


おや、と、男爵が呟く。


「じゃあ、決まり!月子ちゃんは、ここで同居すればよろしい!大家は、許すよ!」


田口屋の二代目が、ニヤケながら言った。


「ちょ、ちょっと、待て!二代目!どうして、そうなる?!」


「だって、月子ちゃん、歩けないでしょ?それに、京さんが、連れ込んだんでしょうが?」


焦る岩崎に、二代目は、これまた、もっとものような屁理屈を突きつけた。


「つ、連れ込んだって!人聞きの悪い!」


岩崎は、大声で抗う。


「嫌だもう!なんで、そんなに声が大きいの?!京介さんが、月子さんを連れて来たんだから、さっさと、一緒にお住みなさいよ!」


芳子は、岩崎の叫びから逃げるように耳を塞ぎつつ、二代目の言い分に乗っかった。


隣に座る、男爵も、ふむふむと、頷いている。


月子はというと、当然、何で、そうゆう話になるのかと、岩崎同様、面食らう。


「あら、月子さん、足が痛むんじゃない?京介さん、月子さんを病気へ連れて行った方がよろしいんじゃなくて?」


無言の月子を、足か痛むからだろうと、芳子は、勘違いしてか、岩崎へ助言する。


言われて、岩崎も、はっとすると、月子へ、そうなのかと問うた。


「西条家の大事なお嬢さんだ。失礼があってはならない。月子さん、病院へお行きなさい」


「そうね、月子さん?かかりつけの病院はどちら?」


男爵と芳子に矢継ぎ早に言われ、月子は、うっかり母が入院している佐久間医院の名前を口走った。


今後のことをと、言われていた件が、頭の中にあったからだ。訪ねなければならないと思っていたからか、つい、その名前を出していた。


「では、そちらへ行けば良い」


岩崎が言い切り、月子へ、肘をつき出した。


「歩きにくいのだろう?私の腕に掴まりなさい」


男爵、芳子、田口屋二代目が、嬉しげに二人を見ている。


流れてくる、期待のようなものに押され、月子は、恐る恐る、岩崎の腕に掴まった。


ひょっこりひょっこり、たどたどしく歩く月子に合わせるよう、岩崎も、ゆっくりと歩みつつ、二代目へ、留守番を頼むと言い残し、玄関へ向かった。


ガラス戸が閉まる音を聞き、残った一同は、行ってくれたかとばかりに、はぁと、大きく息をついた。


「なんとかまとまりそうね、京一さん」


「ああ、このまま、うまく行ってくれれば、安心なんだが、京介め、今だに、勘当だなんだと……」


男爵が、おもむろに顔をしかめる。


「……そうね。勘当なんて、先代、京介さんのお父様が、当主だった時の話でしょ?まったく、いつまで、意地を張るつもりなのかしら」


「……京さん、まだ、忘れられないんじゃないですかい?」


「二代目も、そう思うかね?」


男爵は、さらに顔をしかめきる。


「もう!その話は、いつのことです!いつまでも、昔の恋に縛られて、一生独り身を通すつもりなのかしら?!」


「だと思うよ。京介は、あれ以来、あの曲を一度も演奏しないし」


「はあ、デカイ体してんのに、京さんって、意外に、女々しいんですねぇ」


「田口屋さん!そこ!そこなの!教授するためだなんだ、威厳がいるとかなんとかで、口ひげまで生やして、やる気を見せたのよ!それなのに、昔の恋に、いつまでも囚われて……」


「まあ、あの時は、死ぬだ、生きるだと、大騒ぎ。京介も、かれこれ本気だったからなぁ……そして、悪いことに、相手は、病で亡くなってしまった。これが、京介の心に枷をかけたんだろう」


はあ、と、男爵は息をつき、肩を落とす。


芳子も、困ったものねと言いながら、どことなく、落ちつきがない。


「まあまあ!そこで、月子ちゃんの出番というで!俺思うんですが、この帝都で、こうも、偶然に、男女が出会うもんでしょうか?」


「つまり!月子さんは、京介さんの、運命の人ってこと?!」


芳子は、二代目の言い分に、パッと顔を輝かしたが、


「でも、その月子さんも……なんだか、訳ありのご様子だわよ?」


言って、男爵を見る。


「ああ、そのようだね。西条家の娘とはいえ、釣り書からすると、後添えの連れ子のようなんだ。つまり、西条家からすれば、赤の他人だ」


「あちゃー、それで。帰るところがないだ、土下座だわ……」


まいったねぇと、二代目も肩を落とした。


「仮にも見合いだ。それなのに、誰の付き添いもなく一人でやって来た。これは、月子さんも、京介同様、かれこれ訳ありなんじゃないかなぁ」


一同は、顔を付き合わせ、うーん、と、唸った。


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