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第13話

「なんですの!この有り様わっ!」


またもや、玄関口から声がする。


「京介さん!あなた、また、大きな声を出して!その追い返す口振りは、何?!そんなに、お見合いがいやなのですか!それで男二人で、女子供を責めるなんて!田口屋さん!説明してっ!」


上品ではあるが、興奮しきった女性の声が、何故だか、二代目を責めた。


見当違いの振りに、二代目は焦りきる。


「ちょっと、ちょっと!ちょっと待ってくださいよ!男爵夫人!京さんが、悪いんですよ!」


「何を!私のどこが悪いのだ!二代目!」


「京介さんのそうゆう所ですよ!まったく大きな声で!外にまで、丸聞こえですっ!」


抗議する岩崎へ、もっと早く来れば良かったと、突如現れた女性は、ボヤキながら、ヅカヅカと騒ぎの中へ踏み込んで来る。


そして、しゃがみこむと、月子の背を優しくなでた。


「あなた、西条家のお嬢さんね?ごめんなさい。もう、この石頭のせいで、こんなことまでさせられて……」


言うと、岩崎へ非難の目を向ける。


義姉上あねうえ!私は、何も!」


「言い訳は、お見合いの後で聞かせてもらいます!京介さん!」


問答無用とばかりに、ピシャリと、女性は、言いきると、月子の手を取って、立ち上がるように促した。


とたんに、ふんわり甘い香りが、月子の鼻をくすぐった。そして、小さく柔らかな手が、月子を誘った。


しっかりと、手を握られた月子は、目を見張る。


その手は、余りにも、月子のものとかけ離れていたからだ。


艶やかで、色白の手は、日常の仕事で使いはたしていると言っていい、月子の手を握りしめている。


おもわず、引っ込めたくなった月子だが、それは、かなわず。恥ずかしさでいっぱいになった。


白く清らかな手には、月子を立ち上がらせようと力が込められていた。


「田口屋さん?それで、この子供は?……ひょっとして!いやだ!京介さん!あなた、お見合いを嫌がるのは、こうゆうことだったのね!早く言ってくれないと!」


月子を立ち上がらせ、女性は、お咲に目をやった。


「いや、あのですね、男爵夫人。勘違いされてる様ですが、その勘違いってのが、また、なんだか、ずれてるような気がするのですよ。って、この状況を、どうして、俺がまとめてるのよ!京さん!」


「それは、あなたが口入れ屋だからでしょ?田口屋さん」


は?と、驚く二代目など目もくれず、女性は、泣いているお咲の手も取る。


「そうと分かれば、ちゃんとしなければ。京介さん、あなた、次男とは言え、男爵家の人間でしょ?けじめはちゃんとお付けなさい!」


「義姉上、いったい、私は、どのようなけじめを?と、言いますか、また、どのような勘違いをなされているんですか?」


岩崎は、眉をしかめる。


「勘違いも何も!いつの間に、こんな大きな子まで!びっくりだわ!西条家には、上手く伝えます。この子の為にも、親子水入らずで暮らせるようにしないと」


「お、親子?!」


驚きの声をあげつつ、岩崎は、二代目を見た。


「いや、京さん。これまた、どうゆう勘違いなのかねぇ。親子ときたか。っていうか、それなら、二人とも、京さんの子供、って年回りじゃないかい?」


二代目は、言いながら、肩を揺らして笑いを堪えている。


「えっ?!やだわ!うそ!二人とも、京介さんの?!」


女性は、驚きから目を丸くし、月子を凝視するが、すぐに、


「そ、それじゃ、お母様は、どちらに?」


少しばかり顔をひきつらせ、問うてきた。


「あっ……、母さんは、病院に入院して……」


「なんですって!入院?!」


月子の答えに、女性は、悲鳴のような声をあげた。


「何てこと!お母様が、入院されたから、二人して、父親である京介さんを頼って来たのね!」


一人わななく、女性に、月子は、どういうことなのか、自分は、不味いことをいってしまったのではと、固まりきった。


「いやはや、この、勘違いというべきか、誤解を解くのは、なかなかの力仕事じゃないですかい?京さん?」


二代目は、ケタケタ笑い、岩崎は、


「まったく……」


と、呆れかえった。


はぁ、と、岩崎は息をつき、先ほど月子から手渡された釣り書を、黙って義姉と呼ぶ、女性へ手渡した。


「……これは、え?西条月子……さん……って?あら?ということは?!」


釣り書に目を通した女性は、理解不能とばかりに、首をかしげている。


ここで、やっと、月子は、自分の手を取った、女性の姿を間近に見た。


勇ましい口調とは裏腹に、色白の小造な顔、きちんと結い上げた髪、そして、文句なしに、高価と分かる、紫地に、おしどりと紅葉が描かれている少し小粋な着物を上品に着こなす様子に、月子は、目を奪われる。


岩崎は、この女性を義姉と呼び、田口屋の二代目は、男爵夫人と呼んでいた。


やはり、見合いの相手、岩崎家というのは、男爵家なのだ。つまり、女性は、岩崎男爵の夫人ということなのだろう。


そして、岩崎は、女性を義姉と呼んでいるが、前にいる男爵夫人らしき女性は、月子より、若干、年上、といった見かけで、岩崎の姉というより、妹と言った方が良い感じもした。


どうゆうことだろうと、月子も、首をひねるが、月子とお咲が、岩崎の子供という事になっていることの方が今は問題で……。


どうにか、その誤解を解きたいと月子も思う。しかし、岩崎の剣幕を思うと余計なことは言わない方がよいのではと、混乱どころか、すっかり、萎縮してしまっていた。


「あらまあ!なんてこと!西条家のお嬢さんだったのね!ならば、自己紹介しなくてはいけないわ!わたくしは、岩崎男爵の妻、芳子よしこ。あなた……月子さんだったわね?そう、月子さん、あなたの、義姉あねになる者よ!宜しくね!」


さっきまでの勢いは、どこへ。女性──、岩崎男爵夫人こと、芳子は、朗らかな顔つきで、月子へ微笑みかけた。


「あら、ちょっと、待って!それじゃあ、こちらの女の子は?……もしかして、月子さんの?!うそ!まだ、若いのに、苦労してきたのね!」


まあ、可愛そうに、大丈夫よ、男爵家で受け入れるわ、とかなんとか言いながら、芳子は、涙をにじませている。


「いや、京さん、なかなか、良いところまで来てるんじゃないか?」


二代目が、相変わらず肩を揺らしながら、口を挟んで来た。


「うるさいぞ!二代目!良いも何もあるかっ!」


岩崎は、変わらず不機嫌なまま、芳子を見た。


「義姉上、ですから……、二人とも、私の子供ではありません。彼女は、西条家から来られたようだが、どうも、本宅から勘当された三十路過ぎの男など、気に沿わないらしく、断りを入れたい様子で……。女中だの、手伝いだのと、言っている。まあ、それが当然でしょう。このお話は、双方望まぬこと。どうぞ、なかったことに……」


「あれ、でも、京さん、月子さんと一緒だったじゃないかい?それも、おぶってたよ?」


二代目が、ここぞとばかりに、またまた、口を挟んで来た。芳子は、えっと、驚き、何か言いたそうにしている。


岩崎は、余計なことをと、二代目をジロリと睨み付ける。


「いやいや、なんだか、穏やかな話じゃないねぇ。そして、また、芳子が、やらかしたのかい?」


ハハハ、と、男の笑い声が響いた。


「兄上!」


「あら!京一さん!」


「おっと!こりゃ、岩崎の旦那!」


皆が注目する玄関口に、どこか岩崎と面持ちの似た、風格ある男性が立っていた。

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