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第3話

「じつはね、佐紀子。これは、山村様のご依頼なんだよ」


「……山村様の……?」


「うちの人が、なんとか、佐紀子、お前の縁談をまとめようと、あれこれ手を尽くしていてねぇ」


破談になりかけの佐紀子の縁談話を、どうにかしようと野口家側が総出で動いているという。


ひとまず、相手である、山村家のご機嫌伺いに徹しているが、先方から、とある相談を受けたらしい。


「山村様は、銀行の頭取だろう?その、繋がりというかね、取引先から、話を受けているらしいんだよ」


「おば様、それは、私の話ですか?それとも、月子さんの?」


佐紀子が、おばへ問うた。


佐紀子に持ち込まれた縁談相手は、銀行の頭取の三男で、西条家へ婿に入ることを承諾してくれていた。


西条家としても、銀行家と縁続きになれば、今後、商い上で何かと便宜がはかれる。


それを見越してか、是が非でもと、前に出てきたのが、野口のおばだった。


亡き満と、おばは、姉弟の関係。それを利用して、野口家は、西条家へ、度々小口の借金を申し入れていた。


縁者ということもあり、断りきれずで、ずるずると西条家は、野口家へ資金援助を行う、と、言えば聞こえは良いが、結局、野口家にたかられている状態だった。


そして、満が亡くなり、若い佐紀子一人では、切り盛りは無理だろうと、野口家が口を出し始める。


今回の佐紀子の縁談話も、野口家側が、いきなり持ち込んで来たものだった。


さすがに、佐紀子も腰が重かったが、銀行家の子息と聞いて、縁談を受ける事にした。


本業である、材木商は、まずまずの儲けがでており、問題はなかった。しかし、その他の投資が、ここのところ、不安定な動きを見せており、幾ばくか損失が出始めていた。


投資とはそうゆうもので、山もあれば、谷もある。何より、時世に左右されやすい。


佐紀子にも、それは、分かっていた。そして、もし損失が補えなくなった時、資金調達の要になり得ると、今回の縁談を受けたのだ。


ところが、月子の母の病が知れてしまう。


見合いの日の騒ぎを受け、山村家は、月子達親子の事を調べたのだ。


これでは、息子は病をうつされるのではないか。佐紀子も、実は、病持ちではないのかと、いぶかしんだ先方から、破談の話が持ち上がる。


その為、これ以上ない好条件の婿養子を逃してはならないとばかりに、野口家が裏で動いているという具合だった。


「ああ、山村様は、月子を、と言われている訳じゃなくてね……」


ここだけの話とばかりに、野口のおばは、声を潜めると佐紀子へ顔を近づけた。


「どうやら、嫁探しに必死になっている男爵家があるようで、誰か適当な娘はいないかと、回り回って、山村様の所へ話が来たようなんだよ」


「ですが、おば様、仮にも男爵家なら……」


「そうなんだよ。そこだよ。つまり、それだけ、訳ありってことなんだろうねぇ。で、だよ、佐紀子。うちに、ちょうど娘がいるだろう?」


そこまで言うと、野口のおばは、意地悪く目を細め、月子をちらりと見た。


野口のおばは、言うと、月子をしげしげと見る。


品定めのような、はたまた、見下したような、なんとも言えない、意地の悪い視線に耐えられなくなった月子は、そっとうつむくと、前掛けをきゅっと握って動揺を隠そうとした。


一方、佐紀子は、落ちつき払い、


「おば様、それは、結局、月子さんへの縁談ではなくて、誰でも構わないということではないのですか?」


ふっと、小さく鼻で笑い、月子へ、目をやった。


二人がかりで、睨まれた状態になり、月子は、ただただ、緊張するばかりだった。


自分に舞い込んで来た縁談話は、どうやら、月子にという訳ではなく、佐紀子の言葉通り、誰でも良いというもののようだ。


男爵家相手という玉の輿。自分の相手より格上の家柄との縁談でありながらも、佐紀子が月子をせせら笑うのは、そうゆう事情が読み取れたからだろう。


だが、ここは、月子にとって耐え時と言える。


下手に反応すれば、野口のおばがまた、怒鳴り付けてくるだろう。そして、佐紀子と共に、これだからと月子を見下す。


母は、嫌われながらも、後添いという立場があるが、月子は、連れ子。西条家にとって、赤の他人としか言えない。


使用人でもなく、家族とも言い切れない、実に扱いにくい存在だ。


ましてや、今回のことがある。佐紀子は、何事もないかのように振る舞っているが、月子親子に、縁談を破談にされようとしている。正しくは、月子達のせいではないのだが、野口のおばも佐紀子も、そうしてしまう方が、きっと、心が落ち着くのだろう。


だから、期待を壊された腹立たしさを、得たいの知れない縁談話に置き換えて、月子へ押し付けようとしている。そんなことを月子が思っていると、その野口のおばが、声を潜めて佐紀子へ言った。


「……まあ、有り体に言えばそうなんだけとね。山村様だって、ただの話として受け止められているだろうから、正直、お困りではないだろう。でもねぇ、佐紀子。考えてごらん、ここで、その男爵家の縁談相手を紹介すれば、山村様に、恩を売れる。というよりも、それを使って、佐紀子、お前との話をもう一度考え直して頂けるだろう?」


縁組は、家と家との決め事。互いに利を得るために運ぶもの。


野口のおばは、そこを突いて行こうと思っているようだった。


ここで、山村家側が、有利になれたなら、それも、西条の家の口添えで、ならば、佐紀子との事も、考え直すのではなかろうか。


「……そうですわね。おば様。山村様も良い顔を売れる。そして、西条の家からは、山村様が、気にされているものが無くなりますものね」


「そうゆうことだよ!佐紀子!どうだい?いい話だろ?」


本当に。と、佐紀子は言うと、朗らかに、月子さん?と、声をかけて来た。


「私だけに、縁談話が持ち込まれているのは、心苦しかったの。月子さん、あなたへもお話が持ち込まれたのですから、胸のつかえが取れたわ。当然、お受けして良いわね?お相手は、男爵家ですものね」


佐紀子は、機嫌良く話を続けた。


「もちろん、月子さんは、お嫁に行く訳ですから、西条の家からは、あなたの持ち物すべて、持ち出してください。当然……あの方も……」


そこまで言うと、佐紀子は、野口のおばへ、月子の話をまとめて欲しいと頭を下げた。


月子の事を思って言っている素振りを見せる佐紀子だが、言った事は、西条家から跡形もなく消えろ、そして、月子の母も、一緒に出ていけと言うことだった。


佐紀子からすれば、月子親子がいることで、自分の縁談が壊れそうになっている。先方が、気にしている月子達がいなくなれば、話は、きっとまとまる。


その思いがあるから、と、月子も理解はできるが、あまりにも急で、無理矢理すぎる。


「じゃあ、早速、うちの人にまとめさせるよ。佐紀子、安心おし!」


野口のおばは、一気に顔をほころばせ、急いだ方が良いと腰を上げようとしている。


そして──、月子は、ぐっと奥歯を噛み締めた。


追い出される時が来たのだ。抗うことも出来ない自身に苛立ちつつも、月子だけではなく、母まで、共に出ていけと、さらりと佐紀子に言われては、奈落の底に突き落とされたような気持ちに陥っていた。

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