「……それでさ、ちゃんとした理由があるわけじゃないけど、俺には他にいるべき場所があると思うんだ。村にいたときからそう思ってた。だから神殿に仕える――誓い? そんなのするつもりもないし、だいたいライオネラに長居はしないんだ。準備ができたらサウロへ行く」
ユーリは確信に満ちた声でいって、肉が刺さっていた串を口にくわえた。切りそろえられた金の髪の下で澄んだ泉のような青い目が輝いている。
「サウロ……帝都にあてがあるのか?」
「いや? でも帝都は大きいからな。そりゃ、ライオネラだって俺が生まれたところの十倍は大きな都市だけど、帝都にはきっと……やっていけるところがあると思うんだ」
アラステン帝国の皇帝がおわす帝都サウロ。皇帝に仕える人々の住まいだけで小さな町ができるほどの大きさがあり、ライオネラにひけをとらない〈根〉の神殿もある。
ジェンスは同意するようにうなずいたものの、内心すこしがっかりしていた。そしてそんな自分自身に驚いてもいた。
エオリンには同い年の子供はいなかったから、そのせいだろうか? 物心ついたときからジェンスの周りには大人しかいなかった。いささか物騒な男たちが中心で、さらにあちこちを移動する暮らしである。ごくまれに子連れの男女が傭兵団に加わることもあったが、多少仲良くなったと思うといなくなるのが常だった。
「ジェンスはサウロに行ったことがあるか?」
ユーリは明るい声でたずねたが、ジェンスは首を横にふる。
「昔のエオリンは近くに拠点をかまえていたと聞くが、俺は行ったことがない。ライオネラはまだ帝都に近い方だ」
「それでもこれまで色々なところを回ったんじゃないか? すごいなあ」
「傭兵団で育っただけだ」
ジェンスはぶっきらぼうに答えたが、各地を転々とする暮らしをこんなふうに褒められて悪い気はしなかった。
依頼人にありがたがられはしても、定住者の多くは傭兵をうとんじる。エオリンには退魔師が所属しているのもあって、移動の途中に立ち寄った小さな町や村で魔物や盗賊退治を要請されることもあったが、問題が片付けばさっさと出ていってほしいと思われるのがふつうの反応だ。
「それなら俺がライオネラを離れても、いつかまた会えるかもしれないな」
ユーリは膝に両肘をつき、上目遣いでジェンスをみていった。
「忘れないでいてくれよ。帝都じゃなくても、どこかでばったり会えたらすごいじゃないか?」
「あたりまえだ。忘れるものか」
ジェンスは心からうなずいたが、すこし大げさだったかもしれない。ユーリはジェンスのそんな反応を面白そうに見返して、いたずらっぽく笑った。
「俺、そろそろ戻ったほうがよさそうだ。フィシスはきっかり三刻で目を覚ますから」
立ち上がったユーリはすぐにも行ってしまいそうな様子だったので、ジェンスはあわてた。
「ユーリ」
「ん?」
「帝都に行くつもりといっても……しばらくはライオネラにいるんだろう?」
ユーリは大神殿の方をちらっとみて、ジェンスに視線を戻した。
「……そうだな。フィシスを説得して、帝都へ行く隊商に雇ってもらうとか、そういうことを考えているけど……路銀も足りないし、準備しなきゃならないものもある。……あまり簡単にいかないかも」
「それまでは丘に行ったら会えるのか?」
ジェンスがたずねると、ユーリは驚いたように青い目を見開いた。
「雑用であちこち走り回ってるが、そうだな……午前中は大神殿で巡礼の世話をしていることもある」
「じゃあ、今度は朝のうちに行く。午後は稽古をつけてもらったり、用事があることも多い」
「……それなら俺も、ジェンスをみかけたら声をかけることにする。じゃあな」
ユーリは手を振ると大神殿の方向へと小路を行き、ジェンスは立ったままその背中を見ていた。ユーリの服は白く、背に緑色の十字が縫い取られている。袖口と裾、襟も同じ緑色でふちどられていた。
大神殿に行った時はあの十字と金の髪を目印にすればいい。
ユーリが角を曲がって見えなくなるまで、ジェンスはその場に立っていた。胸の奥にあたたかなものがぽっと灯ったような、これまでにない気持ちをもてあましながら。
それは嫌なものではなかった。傭兵団に戻るため南門へ向かった時も、我知らず軽い足取りになっていた。