「ジェンス、そこにいたのか」
ぶらぶら歩いて路地を戻っていくと、工房からハッチェリが出てきたところだった。
「おやじの話、長いからな。退屈だったか? せっかく来たからにはシリンガを周っていくか」
シリンガはライオネラでもっともにぎやかな盛り場の街だ。ジェンスは首を横にふった。
「俺は丘に行ってみたい」
「丘ぁ? 大神殿に行くのか?」
「チェリはつきあわなくていい。俺ひとりで行く」
傭兵の多くはまじないを好むが信心深くはない。それにハッチェリは七枝神を信仰する辺境の出身で、神殿や神官が苦手だ。
それでもこの前のことがあるからだろう、ハッチェリは重々しくうなずいた。
「……そうだな、命拾いしたものな」
本当のことをいえば、ジェンスの目的は大神殿や世界樹ではなかった。しかしあの少年に会えるかもしれないから丘に行ってみたいなんて、そんなことはとてもいえない。
「チェリはシリンガで遊んで帰ればいい」
ジェンスがそういったとき、ちょうどタラットが工房から出てきた。
「タラット、俺は丘に行ってくる」
タラットはハッチェリのような反応はしなかった。それでも同じことを考えたにちがいない。
「感謝の気持ちはちゃんと伝えておくものだ。相手が神様でも、人間でも」
鍛冶屋の徒弟に参道までの近道を教えてもらい、ジェンスは小さな宿を経めぐる曲がりくねった坂道をたどっていった。
歩くうちに方向感覚があやしくなったが、気がつくと参道の入口がすぐそこにある。大神殿へ続く道は柵で仕切られ、これから大神殿へ向かう人の列と、戻ってくる列がある。
「世界樹のめぐみをあなたに」という言葉が聞こえてきた。いったい何かと思ったら、参道の入口で簡素な白い服を着た男女が巡礼に杖を配っているのだった。
骨のように白い木の杖だ。その前にも長い列があって、杖をもらった人から順に参道へ向かっている。
「世界樹の古枝を削った杖だ。大神殿がタダでくれる」
「タダ? へえ」
そういって列に並ぶ二人連れを見て、ジェンスもそのあとに続いた。
「ありがたいもんだな。にしても、おまえは前も巡礼に来ただろう? その時の杖は?」
「もちろん今も持ってるさ! ライオネラを発つ前に削ってスプーンを作ったんだ。土産になるし、お守りにもなる。その辺の木工屋で頼めるぞ」
「なるほどね」
巡礼は老若男女さまざまで、服装も粗末なものから立派なものまでいろいろだった。ジェンスの斜め前をいく贅沢な服装の男は護衛の傭兵を連れているが、列の進みが遅いことに苛立っている。
ジェンスはのろのろ歩きながら、大神殿から戻ってくる人々の顔をなんとなく見ていた。あの青い目の少年が神殿の人間なら、参詣の列にいるはずはないから、こんなところで探しても無駄にちがいない。自分でもそう思っていた。
それなのにその時、あれが見えたのだ。
――午後の日差しにきらめく金の髪と、その下の青い眸が。
「世界樹のめぐみをあなたに……ちょっとそこの人、列を乱さないでください!」
杖を配る男の制止も聞かず、ジェンスは参道に飛び出していた。たしかにあの少年だった。髪はきれいに梳かしつけられていたし、服装も前に会ったときのような粗末なものではなかったが、あの青い目はまちがえようがない。
ジェンスは列を横切りながら大声を出した。
「待ってくれ、ユーリ!」