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第2話 炎との因縁

 緑の木々が埋め尽くす森の中。

 ゴオォッ、と激しく燃え立つ紅い炎を透明な冷気が包み、鎮めていく。それでもいくつかの木々は燃え、朽ちる。冷気で炎の熱気は鎮められても「燃えた」という事実は消えない。世の無常である。

 そんな光景の中心に二人の少年の姿があった。

 一人は炎と同じ紅蓮に燃え立つ色の髪を持っており、向かい合うもう一人を赤褐色の瞳で鋭く睨み付けていた。両手にはそれぞれ炎を纏った剣が握られている。

 相対するのは雪のように白い髪と顔、その中に湖のような冷たさと静けさを湛えた瞳を持つ少年。彼の手には色を持たない刃の細身の剣が携えられている。透き通る刃の剣とそれを手にする少年からは白い靄のような冷気が漂う。

 炎を纏う少年が双つの剣で飛びかかる。冷気を帯びた少年は素早く細剣を掲げて炎を纏うそれを受け止める。瞬間、細剣の纏う靄の色が濃くなる。

 ぎちぎち、と鍔迫り合いが続く中、その音が徐々にかたかた、というものに変わっていく。異変に気づいた焔色の少年はばっと後方に飛び退いた。

 飛び退き、少年は双つの刃を確認する。その刀身は凍りついていた。

 ちっ、と少年は舌打ちをし、双剣を一振りする。ぼおっ、と剣を炎が舐め、一瞬で氷を溶かす。焔色の少年は忌々しげに氷色の少年を睨んだ。

「お前は、いつもいつも!」

 激情を孕んだ叫びとともに今一度焔の少年は氷の少年と切り結ぶ。今度は氷の少年はすぐさまそれを弾き返した。しかし、焔の少年はそれを予期していたのか、刃ではなく、炎を繰り出し、氷の少年に襲いかかる。

 剣から鞭のように伸びた炎は竜を彷彿させる姿となり、白い靄ごと氷の少年を飲み込まんとする。

 焔の少年を弾く際に自らも反動で下がってしまった氷の少年の背面は大木。横に逃げることもできるが、少年はそうしない。けれど迫り来る脅威に対し、彼は異常とさえ思えるほど落ち着いていた。静かな水色の目が真っ直ぐ炎を見ている。

 炎の竜が咆哮を上げ、氷の少年を捉える。

 だが、すぐそこまで迫った脅威を前にしても少年は平静を保ったまま竜を——否、焔の少年を見据えたまま、こともあろうに自らの唯一の得物である氷の剣を地面に刺した。

 ガガガッ

 直後だった。

 竜が少年を喰らう寸前、少年を囲むように氷壁が地面から現れる。その壁に阻まれ、そこから放たれる冷気に当てられ炎の竜は霧消した。

 脅威が消えると同時、氷の壁も立ち消え、氷の少年は再び焔の少年と対峙する。

 沈黙を保っていた氷の少年が、ここでようやく口を開く。

「いい加減やめてよ。これ以上君が力を振るえば、森が傷つく」

 それは凛とした静かなる意志を持った声だった。それでいて、敵対する焔の少年への害意など、欠片も感じられない。まるで、主張のとおり、森が傷つくことだけを恐れているかのように。

 そんな氷の少年の穏やかな主張を、焔の少年は受け入れる様子もなく、むしろ激昂して叫ぶ。

「ふざけるな! お前こそ、何故森を守る? 何故魔物の棲む森を守るんだ!?」

 魔物。それは現在セフィロートの破滅を目論む魔王に加担するいわば人間の敵。どうやら氷の少年は、そんな魔物の住処を守っているらしい。本来敵対すべき種族のはずなのに。

 氷の少年は答えない。眉一つ動かさず、静かな湖色の瞳で対する少年を見つめる。ただ少し、悲しげな色を滲ませて。それでも沈黙を保っている。

 それが尚更、焔の少年の怒りを煽ったらしい。

「答えろ、リアン!!」

 氷の少年のあまりもの静けさにたぎる怒りを抑えることなく、焔の少年は双剣を振りかざす。

 リアン、と呼ばれた少年はそこで初めて、微かに表情を動かす。静かに片刃の細剣を掲げ、刃に手を添え、振動を受け止めた。

「だって、魔物は、僕の友達だ」

 悲しげに放たれた言葉とともに白い靄がいっそう濃くなり、リアンの姿も見えなくなってしまう。噛みしめるような言葉の羅列、その余韻は白い靄の中にすん、と響いてすぐ消えてしまう。

 焔の少年は炎を繰り出し、自らをも覆い尽くそうとする冷気を薙ぎ払おうとするが、握る刃が双つとも凍りついていることに気づく。

 ちっ、と舌打ちをし、凍った刀身を溶かすが、溶かしたそばから白い冷気が凍らせてくる。これは冷気の大元を絶たなくては、どうにもならない。

「お願いだ、リヴァル」

 白い靄の中、リアンの声がする。焔の少年は辺りを見回すが氷の少年の姿を捉えられない。

「くっ、どこだ」

 呟き、どうにか靄を払おうと双剣に力を込めようとしたそのとき。

 一閃。いつの間にか長い刀身に変貌した逆刃の透明な刃が焔の少年の腹部を強かに打ち付け、彼の意識は絶たれた。

 白い靄の中、白髪の少年は、倒れ伏した少年の髪色が紅蓮から赤みがかった金髪へ変わる様を見、ふぅ、と息を吐く。焔の少年はダートを使う際、髪色が変化する。どういう仕組みなのかは知らないが、赤みがかった金髪、というのが彼の本来の髪で、本来の色に戻った、ということは、彼のダートが完全に途絶えた、ということになるのだ。

 これで一段落、と氷の少年が判断すると同時、辺りを包んでいた白い靄は消え失せ、通常の森の景色へと戻る。靄が消えても、深い森であるため、深淵の空気が漂っており、独特の匂いが鼻を擽った。

 氷の少年の手にあった剣はいつの間にか刃をなくし、柄のみとなって少年の腰に吊られていた。刀身のないがらんどうな印象を受ける柄のみの剣だが、そこにあるだけで存在の主張が重くのしかかってくるような気風を放つ。

 彼——リアンは立ち並ぶ木々を見回した後、倒れた焔色の少年、リヴァルに歩み寄った。その手から零れ落ちた双つの剣をリヴァルの腰にある双つの鞘に納める。リヴァルを起こさぬよう、静かに彼を抱き起こし、背負う。何度も繰り返したこの手順。我ながら手慣れたものだ、とリアンは苦笑する。

 リアンとリヴァルがこうして森で斬り合いをするようになって、もう五年が経つ。森の向こう側は魔王軍により、成す術なく占拠され、森から先への侵攻計画を今も立てていることだろうと思われる。この先の四都市がまだ魔王軍の手中に落ちていないのは、ひとえにこの広大な森があるからだろう。リアンはこの森の守護者として、森を荒らそうとするリヴァルと対峙している。

 本来、あってはならないことだ。人間を救うために遣わされたダートの使い手同士が敵対するなど。けれど、リアンがゲブラーを飛び出したあの日、全ての運命は流転し、そう定まっていたかのように現状に収まった。

 この広大な森には主に二種の魔物が住む。うち一種は魔王に与する種族であるのは確かだ。だがもう一種、森の木々に宿る精霊とも呼ばれる存在たちは人々に害を成さずむしろ怪我をした者に治癒の魔法をかけるくらいしかしない魔物なのだ。森の木一つ一つに宿っており、木そのものと一体化している。そのため、宿り木を切られたり焼かれたりすれば、彼らは死ぬ。何もしていないというのに。

 治癒魔法以外は何もできないその種族のためにこの森には守護者が存在する。リアンは縁あって、守護者の一人となったのだが、それと時を同じくして、リヴァルが森を焼き荒らすようになったのだ。

 憎しみを反映し、煌々と燃えるリヴァルの炎をリアンは忘れられない。リヴァルが魔物に恨みを抱くのは無理もないことだった。リヴァルは魔王軍に成す術なく、目の前で故郷であるゲブラーを火の海にされたのだ。その憤懣やるせなさたるや、筆舌に尽くしがたいことだろう。

 だが、だからといって、木を徒に燃やす彼をリアンは許すわけにはいかなかった。屁理屈と言われようと、木の民はただ魔物の一種であるだけで、人殺しなどしていない。彼らは人を癒すこと以外何もできない、ゲブラー殲滅どころか魔王軍にすら関わりのない一族だ。

 それがただ[魔物]というだけで焼き払われていいはずがない。

 けれど、そう説くにはリヴァルの憎しみは深く、ゲブラー壊滅当時、ゲブラーにいなかったことで、リアンとリヴァルの間には大きな溝が生まれてしまった。そんなリアンが[魔物]の住処を守っているなどとなれば、袂は完全に分かたれる。

 そうして森を荒らしに来るリヴァルと森を守るリアンの戦いは始まり、今のところ終わる見通しがない。どちらかが死ぬしか終わりはないのだろうと思うが、リアンはリヴァルを殺さなかった。自分が全て正しいとは思っていなかったから。

 だから峰打ちして、気絶させて、森の外まで運ぶ日々を繰り返している。初めのうちは途中で目覚めて、剣で斬りかかられたり、背中を拳で打たれたりしたものだ。

 ほんのりと背中に感じる温かさにリアンは過去の光景を思い返す。

 背中にいる双剣使いの彼はセフィロートを救う勇者の宿命を負う少年、リヴァル。炎を操るダートを持ち、人間たちに仇なす魔物や魔王ノワールから人々を守っている。その実績は、リアンも風の噂に耳にしていた。

 そんな彼を打ち倒し、森の外へと運ぶ少年リアンは冷気を操るダートを持つ。本来ならば、彼はリヴァルと肩を並べ、共にセフィロートを救うために戦う勇者となるはずだった。同じ師に剣を学び、共に研鑽を積んでいた同門の徒であり、友人で、一緒にセカイを救うんだ、と意気込んでいたくらいだ。

 けれどリアンはその道を外れた。リアン自身がそう選んだのだ。そして彼は今、魔物たちの棲む森の守護者として、リヴァルと戦っている。


 森の獣道をリアンは進んでいく。人が通るために舗装された道もあるが、そちらでは魔物が出る可能性が高い。森を守るリアンを襲うことはないのだろうが、リアンの旧友とはいえ、魔物に仇なす勇者リヴァルが一緒となると話が別だ。いつもリアンが被害を最小限に留めているものの、森をのべつまくなしに焼き払おうとするリヴァルを魔物たちはよく思っていない。だから道無き道を辿って近くの都市、ケセドに出る。

 まあ、戦闘は森の入り口付近で行われることがほとんどなので、そこまで長く歩くことはない。

 リアンは街の入り口の門柱にそっとリヴァルを下ろす。自分は街の中へは入れない。たとえ、それが故郷だとしても。魔物の森を守る自分は裏切り者でしかないのだから。

 幸い、ケセドの人々は心優しい者たちばかりだ。そのことをリアンはよく知っている。だから、リヴァルを見つけたら、手厚く介抱してくれるだろう。

 リアンは門の向こうを一瞥し、門に寄りかかるようにして眠るリヴァルを見た。

「ごめんね、リヴァル」

 その呟きを聞き取った者はいない。

 リアンはそのまま、元来た道を戻った。


 先程、リヴァルと戦った場所まで戻ると、そこには一人の少女が戦闘の痕を憂いを帯びた目で見つめていた。木の焦げ痕、冷気と炎が拮抗したことにより生まれた地面の湿り気、鼻をつくものの焼けた臭いと凍った臭い。被害拡大を食い止めたといえど、爪痕は残ってしまったのだ。

 リアンはそのことを心苦しく思いながらも、悲しげに戦闘痕を見つめる少女の方へ向かった。

 彼女は人間ではない。耳は人より長く先が尖っており、腕や脚の先は無数の木の枝が絡み合って形を成している。そんな異形のもの。人間からすれば、彼女も魔物と呼ばれるかもしれないが、厳密には違う。

「フェイ」

 リアンが声をかけると少女はふわりと桜色の髪を揺らして振り向いた。肩の高さで切り揃えられた花色の髪には新緑色の花飾りがついている。憂いを帯びた夜空色の瞳がリアンの氷色を映して煌めきを灯す。

「リアン! お帰りなさい」

「ただいま」

 リアンは少しだけ顔を綻ばせて少女に答えた。


 リアンの名を読んだ花色を纏う人外の少女はフェイと言い、セフィロートの田舎都市ケセドを囲う森の大樹に住まう精霊だ。大樹の神の使徒、といった方が近いかもしれない。

 かつては人間だったのだが、フェイはとある理由から森の大樹と一体化し、大樹の使徒として顕現するようになったという。彼女は人間でありながら魔物の棲む森を守るリアンの数少ない理解者の一人である。

「いつも本当に、ごめんなさい」

 所々にある焦げた木の痕から戦闘があったことを察したらしいフェイが、リアンに頭を垂れる。いいよ、とリアンは優しい声音で答える。だがその顔は無表情だ。

 いいよ、という彼の言葉は偽りではない。単に彼は感情を表情に出すのが上手くないだけだ。

 けれど、フェイは思う。彼がどんな思いで勇者と戦っているのだろう、と。裏切り者と故郷の者にすら蔑まれ、どれほどの悲しみを抱えているのだろう、と。そんな感情を押し殺して、どれだけ苦悩しているのか——あまり動かないリアンの表情からは読み取れない。だからこそ、不安だった。

 一度、フェイは訊いたことがある。何故、人間と敵対してまで魔物の棲むこの森を守るのか? と。すると彼は無表情のまま、こう答えた。


「ここに住む魔物に、恩があるから」


 言った当初、無表情だった彼は、わかりづらくはあったが、微かに懐かしむような微笑みを浮かべたのだった。

「本当にいいんだよ」

 回想に浸りかけたフェイの耳朶をリアンの声がそよ風のように打つ。

 座ろうか、というリアンの提案にフェイが頷き、二人は近くの木の根に腰掛けた。

 腰を下ろして落ち着くと、リアンはぽつりとこぼした。

「憎まれ役は慣れてるから」

「リアン……」

 ほとんど表情は動いていないが、リアンの笑みに自虐的な色が滲むのがフェイにはわかった。

「昔から、そうなんだよ。小さい頃、ダートの操り方もろくに学んでいなかったリヴァルが街で小火を起こしたときもね、僕が消したのに、なんだか僕のせいにされちゃって。僕は主に冷気を操るけど、頑張れば熱気も操れるから、その実験のせいだって、リヴァルが話をでっち上げたんだ。リヴァルは悪戯好きだったから、大人に怒られすぎて、嫌だったんだろうさ」

 懐かしそうな声色でリアンは語る。フェイは黙って聞いていた。

「そういうのが何回かあってさ。ちょっと嫌になったときに、あの頃住んでたゲブラーを飛び出して、この森に入ったんだ」

 ゲブラーとケセドを隔てているこの森はフロンティエール大森林というセフィロート唯一にして随一の大きさを誇る森である。

 年端もいかぬ子供であったリアンはすぐに迷ってしまった。

 昼間にゲブラーを飛び出したリアンはほぼ半日、森中を無我夢中で駆け回り、日が沈む頃、出口の方向がわからなくなり、途方に暮れて大樹のうろに座り込んでいた。

 空腹もあり、泣きたくなっていた彼の前に、月光を遮る巨大な影が現れた。

「それがソル——アミドソル。今はノワール四天王と呼ばれる魔物で、僕の、友達だ」

「ええ」

 フェイは彼に頷き、目を閉じる。

「私もそのときのことはよく覚えています。貴方が隠れていたうろは私の主でしたから」

「ははは、そういえば、フェイと出会ったのもそのときだったね」

 リアンは目を遠くを見つめるように目を細める。

 フェイは目を閉じたまま記憶を辿り、紡いだ。

「アミドソルは古くからこの森に住む土の民という土塊の種族で、その中でもとても強い戦士です。ただ、土の民は元々、闇の女神ディーヴァを崇める一族でしたから、ディーヴァの旗の下、人間との戦いに臨んだノワールとはすぐに同盟を組みました」

 土の民の中でも剛の者であったアミドソルはノワールの戦士として森を出て、戦いに参加した。今では魔王ノワール四天王の座を得た猛者であり、セフィロートの人間が憎む頂点の地位にいる魔物である。

「でも、ソルは迷った僕を森の外に導いてくれた。戻りたかったケセドの大地を踏ませてくれた。僕はそれがとても嬉しかったんだ。だから、その恩返しのために何かできないかって——一緒にこの森を守ると誓ったんだ」

「私の見守る前で[アミの契り]まで交わしていたものね」

 アミの契りとは土の民に代々伝わる誓約の儀式だ。お互いの体の一部を交換し、それとともに交わした盟約を遵守するという誓いの儀式。

 リアンは己の白い髪を一筋、アミドソルはその体を成す土塊を一欠交換し合い、誓いを立てた。

 懐かしむような目のまま、おもむろにリアンは懐から小瓶を取り出す。交換したアミドソルの土塊が入った小瓶だ。紐をつけ、首から提げて肌身離さず持っている。

 瓶の中の土塊を見ながら、リアンはぽつりと続けた。

「でも、その翌日、ノワールはゲブラーに攻め入って、ゲブラーは落とされてしまった」


 森を守るためにゲブラーにいたときから特訓していた剣術を磨こうと、森の魔物たち、主にソルの協力を得、研鑽を積んでいたリアンがゲブラーが滅びたことを知ったのは、双剣を携え、髪を紅蓮にして現れたリヴァルと出会ったときだった。

 強くなるために、と森で魔物と共に稽古をしていたリアンを見、リヴァルは激情のままに斬りかかってきた。

 リアンは戸惑いながらも応戦し、そのとき、リヴァルの口からゲブラーのことと、魔王ノワールとの戦いの火蓋が本格的に切られたことを聞き、知ったのだった。


「ここにいるのは魔物だ、魔物は魔王に与するものだ、だから森ごと魔物を焼き払うと言われて、僕は咄嗟にそれに抗った。嫌だったんだ。森が失われるのが。君や、ソルの居場所がなくなるのが」

 きゅ、とリアンが小瓶を握りしめる。フェイはそっとその手に自分の木の手を重ねた。リアンの手は仄かに冷たい。

 でもね、とリアンは続ける。

「僕はリヴァルの気持ちもなんとなくわかるんだ。リヴァルはゲブラーの生まれだから、故郷が失われるのに、それを救える力があると称えられてきたのに、何もできずに魔王から逃げることしかできなかったんだ。……きっと、すごく悔しかったと思う」

 リヴァルは僕と違って、すぐ顔に出るからね、と無表情で、けれど声色は切なげに語った。

「僕も、ケセドがそうなったら、悔しいし、悲しいから」

「……だからいつも、傷つけないで街の近くに連れていくのですね?」

 フェイの問いにリアンは静かに頷いた。

「何度も、何度も、リヴァルはこの森を焼きに来る。彼は勇者だから。魔王が破滅させようとしているこのセカイを救わなきゃならないから。だから、魔王と魔物を滅ぼして、人間の手に奪われた都市を取り戻すんだ、彼は」

 誰かに言い聞かせるように呟き、彼はフェイの手にもう片方の手を重ね、優しく放させる。

 小瓶を再び懐に仕舞うと、彼は立ち上がった。

「僕はこの森を守ると誓った。だから僕は何度も、何度でも、リヴァルと戦う。それがセカイへの裏切りでも」

「リアン」

 自ら孤独を背負おうとする背中にフェイは堪らず、声を上げる。

「この森を守ってくれるのは嬉しい。でも、無理は、しないでね」

 リアンは振り向き、相変わらずの無表情で頷いた。

「うん」

 けれど声音はどこか、嬉しそうだった。







 だから僕は、勇者じゃなくていい。




 ただの、剣士でいいんだ——







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