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第16話 面倒くせぇやつ

 話が前後して申し訳ないが、トラウマの問題上、書けるときにしか書けない話が多いので許して欲しい。


 今回は、私が高校二年性の時。人生で初めて、『過換気症候群』を発症した時のことを書こうと思う。


 当時、立派なヲタク、立派な腐女子、立派なコスプレイヤー(多いな)として活動していた私には、人生で一番友人がいた。その中の一人であるCちゃんは、結構な神経質で潔癖症だった。


 ある日私は、毎週欠かさず観ていたアニメを見逃し、なおかつ録画することも出来なかった。涙を流すほど絶望した私だったが、そこにCちゃんという救世主が現れる。


「うち、ビデオに録っとるで」

「マジですか! 貸して下さい! お願いします!!」

「ええで。――でも、これだけは守ってぇな?」

「え?」


 一、早送り・巻き戻しはしないこと

 一、一度見終わったら巻き戻さずに返却すること


「わかった。……けど、なんで?」

「だって、テープが伸びてしまうじゃろ」

「……ナルホド」


 神経質なCちゃんらしい条件に苦笑しつつ、私は見逃したアニメが見れることを、素直に喜んでいた。


 そして翌日。

 ビデオテープを借りて帰った私は、荷物を置いて、家事に取りかかった。風呂場を掃除し、洗濯物を取り込んで畳んでからしまい、お米をといで炊く。そして最後に、自分の弁当箱を洗って終了だ。


 ――これでようやくビデオが見れる!


 制服を着たまま部屋に戻ると、そこには帰宅した弟が、Cちゃんのビデオテープを勝手に再生している姿があった。


「なにしょうるんよ! 私が友達から借りたビデオなんよ? 勝手に見んといて!」


 そう怒鳴ると、弟は私のことを無視してオープニングを早送りし始めた。


『早送りせんでね。テープが伸びるから』


 Cちゃんから注意されていたのに! コイツ!


「今すぐに停止して! 早送りと巻き戻しはしないでって、そのビデオ貸してくれた友達に言われとるんじゃけえ!」


 すると弟は、無言でテープを巻き戻し始めた。そして私を煽るために、再び早送りを始める。


「やめて! やめてってようるじゃろーがっ!!」


 私が泣きながら言っても聞いてくれない弟。私は過去の教訓から、弟に暴力を振るわないと決めて実行していたので、口で言い聞かすしかない。言うことを聞いてくれない弟に痺れを切らした私は、ビデオデッキを直接操作して、デッキからビデオを取り出した。その瞬間。


「ねーちゃんがビデオ取ったぁ〜〜!」


 と、大声でギャン泣きし始めたではないか。隣の部屋には、絶賛ニート中の父親がいる。やばい。そう思ったが時すでに遅し。


 弟から話を聞いた父親は、私の話を聞くことなく、ずんずんと巨体を揺らして近づいてくると、強烈なビンタを繰り出した。身体が吹っ飛んで、床に倒れ込む私。条件反射で涙を流す私が目にしたのは、父の後ろに隠れてほくそ笑んでいる弟の姿だった。


 ――アイツ!!


「見てや! 弟は笑ようるじゃんか! それにビデオは私が友達から借りたものなのに、勝手に見るのはいけんじゃろ! 借りる時に、早送りはしちゃだめって、」

「歯ぁ食いしばれ」


 私の言葉が父の耳に届くことはなく、何度もビンタされ、足で蹴られ、ツインテールを引っ張られて部屋の中を引きずり回された。そうして身も心もボロボロになった私は、声を上げて泣くことも許されず、投げ捨てられた。


「お前はねーちゃんじゃろーが! ビデオくらい貸したれーや!!」


 スッキリした顔の父と、あっかんべーをした弟が隣の部屋に戻っていく。


 私は静かに涙を流しながら、片側だけぼどけたツインテール。ブレザーは引っ張り回されてヨレヨレになり、胸ぐらを掴まれたせいで、ネクタイが無惨な形でほどけ、首元のボタンは弾け飛んでいた。靴下は片方はずり落ち、片方は脱げて、両膝は擦過傷を負っていた。


 ――なんで私ばっかり、こんな目にあうんじゃろうか?


「……こんなくだらんことで、ここまでせんでもええじゃんか……」


 私はしゃくりあげながら泣いた。すると段々、手の指先が冷たくなり、痺れて動かせなくなっていく。同じように足も動かせなくなり、その場に倒れた私の顔面は麻痺して口を閉じることも出来ず、息ができなくて涎をだらだらとこぼしていた。初めての経験でパニックになり、うめき声を上げる。苦しいのに意識を失えず、指一本動かせない。


 異変を感じ取ったのだろう。弟が私の様子を見に来た。弟と目が合う。弟は楽しげに笑って、こちらを指差した。


「ねーちゃんが、おかしなっとる〜〜」


 殺意が湧いた。


 弟の声を聞いて、ドスドスと大きな足音をさせながら父親が部屋にやってきた。そうして私の姿を一瞥したあと、知らん顔をして隣の部屋に戻っていった。心底どうでもよさそうな表情をしていた。


 二人に見捨てられた私は、どうすることもできずに、ただ苦しみに喘いでいた。


 ――私、このまま死ぬんかな?


 これで、ようやく死ねるんだろうか。死ぬのって、こんなに時間がかかって、苦しくて、しんどいんだなぁ。そう思って、涎と涙を流しながら、早く終わりがくることを願っていた。すると。


「おめぇは、めんどくせぇガキじゃのぅ!!」


 そう吐き捨てるように言って、父親は私を荷物のように担ぎ上げると、車にのせてかかりつけの内科に連れて行った。


 父親が先に建物に入り、事情を聞いた看護師さんたちが急いで迎えにきてくれた。

 私は担架に乗せられ、病室に連れて行かれる。看護師さんや先生は、私の姿を見て、とても驚いているようだった。


 私はベッドに移動させられ、口元に酸素吸入器をつけられた。看護師さんは怖い顔を浮かべて、父親が入っていった診察室を睨んでいた。


「もう、大丈夫じゃけえね」

「安心してぇな」


 口々に優しい声をかけられる。


 ――ああ、死ねなかった。


 そう残念に思っていた私の耳に、父親と先生の話し声が聞こえてきた。


「どうしてあのような状態に?」

「あー、あいつはときどきおかしくなるんですよ。それで今日もおかしくなって――」


 私は無意識に周囲の音をシャットダウンした。


 ――そうか。私はおかしい人間なのか。面倒くさくて、おかしい人間なんだ。


 古びた白い天井を見つめながら、ぼんやりとそう思った。もう、涙はでなかった。

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