十九歳の夏。七月の頭から古本屋さんで働きはじめ、私は本を棚にしまいながら数秒だけ寝るという技を生み出すほどに疲れていた。もちろん、学校の授業中も、腱鞘炎の手首の痛みに耐えながら、寝ながら模型のスケーリング練習をするという技を身に着けていた。……こんな歯科衛生士、私だって嫌だ。だが、生活していくにはお金を稼がなければならない。
毎日、猛烈な眠気と戦いながら学業とバイトに明け暮れていた私は、ある日衝撃の事実を知る。それは、チワワがバツイチだったことだ。結婚期間は一ヶ月。妻の暴力に耐えられなくなり、大阪から地元に戻ってきていたのだ。その話を聞いた私は、萎えかけていたチワワへの恋心が再燃するのを感じた。――暴力を受けて育ってきた私なら、チワワを幸せにできるかもしれない。そう思ったのだ。
しかし、チワワには大阪に遠距離恋愛中の彼女がいた。
……なんだ。彼女持ちか。けっ。リア充爆発しろ。
と、早々にチワワを諦めたわたしだったが、チワワの彼女自慢(地獄かよ)を聞かされて、驚くべき事実を知ったのだ。――そう。このチワワは、俗に言う『二番目の男』だったのだ!
話を聞くと、もともとその彼女とは同棲していて別れ、元妻と結婚し別れ、再び元彼女につきあってくれと懇願したところ「二番目でいいならいいよ」と言われたらしい。――このチワワ、狂ってやがる。早く助けてやらないと。
無いと思っていた母性本能がくすぐられたが、当然、私になにかできることはなく。「……まあ、あんまり無理しないでくださいね」とありきたりな言葉を伝えた。チワワは「ブ、ラジャー」と返してきた。――この男。馬鹿なの? そう思ったが、人生で一番好きになった相手がこんな馬鹿な男なのだから、始末に負えない。私もなかなかに馬鹿である。
専門学校が夏休みに入ってすぐのこと。シフトの確認をしていると、チワワが連休を取っているではないか。これはもしや、大阪の彼女の元に行くのでは? そうおもった私は、たまたま休憩時間が重なったチワワに質問してみることにした。
「連休、彼女さんに会いに行くんすか?」
「うん、そう。」
「話変わるんすけど、前の奥さんのどこに惚れたんすか?」
「肉じゃががおいしかったから」
「じゃあ、元カノさんとは、何が良くて付き合ってんすか?」
「膝枕して、頭をよしよししてくれる」
「…………へー」
――このチワワ。ドン引きするほどチョロかった!!
ここで再び、私の母性がひょっこりはんしだした。――私が、私がチワワを幸せにしてやらねーと……!
そう思いながら、「まあ、気を付けて行って帰ってきてくださいね」と、言葉をかけた。チワワは、「ブ、ラジャー」と返して、颯爽と仕事に戻っていった。
「プッ! ……アハッ! アハハハハハッ!」
いつからだろう。
チワワのくだらないギャグがツボに入るくらいには、私は確実にチワワのことが好きになっていた。