さて。母と父の夫婦仲が不穏なものになり始めたのは、母が弟を妊娠してからである。……まあ、よくある話だと思うが(えっ、そんなことない?)、妊娠中の妻を放置して、浮気をしていたようだ。しかも父は当時、トラックの長距離運転手の仕事をしていたため、ほとんど家に居ることがなかった。そして母の愚痴を聞かされる日々が続くようになる。この時、私は4歳だった。
「ママはね。学生の頃からようモテようたんよ。高校生の時なんか、ママを出待ちする男ん子がようけおってなぁ。ママには社会人の彼氏がおって、その彼氏は外車に乗っとったんで。……あんたがおらんかったら、パパとは結婚しとらんかった。前の彼氏と別れんかったらよかったわ。あんたさえおらんかったら……」
「あんたさえ、おらんかったら」が、当時の母の口癖だった。相手はたかだか4歳の子供。言いたいことを言っても、覚えていないだろうし、理解ができないと思っていたのだろう。
しかし、残念なことに、私はしっかりと覚えている。しかも、母が父と離婚している間。私は、祖母と曾祖母・曽祖父の嫁姑問題に巻き込まれていた。なので、大人たちが汚い言葉で罵り合う姿も見てきたし、祖母からも曽祖母・曽祖父からも、悪口や愚痴をしょちゅう聞かされていた。祖母の口癖は「あのババア、はよぅ死にゃあええのに!」である。そして不思議なことに、その頃の父の記憶があまりない。幼い子どもを放置して、一体どこで何をしていたのだろうか……。話は戻るが、当時4歳だった私は、母が言っている言葉の意味をしっかりと理解していた。今思えば、「いやいや。『うち、生みます!』言うたんじゃろうが。しかも、1回別れといて、『アナマチアの為に』とか言うて、再婚までしとるし。どの口が文句たれようるんじゃ。ほんま、呆れるわ……」と考えればいい。
だが、当時の私は酷い罪悪感に襲われ、心の中で『生まれてきてごめんなさい』と思っていた。そしてその考えを、母と絶縁するつい最近までずっと持っていた。そしてある種のトラウマになっているのか、『堕胎』『妊娠』『生まれてこんかったら』『あんたがおらんかったら』という言葉を聞くと、涙が溢れたり、死にたくなったりする。
今日も自分に問いかけている。
私が生まれた意味って何なんだろう?
私はなんで生きているんだろう? と。
蛇足だが、不思議なことに、虐待していた父だけは、私の命を否定したことがない。
「アナマチアが生まれてきてくれて、よかったと思うとる。赤ん坊の頃から面倒みとったけぇ、可愛うてしょうがない」
これが、父の口癖だ。……ならば何故、毎日のように暴力をふるっていたんだろう? 不思議でならない。