目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第46話 貴方の妻にはなりません

 模擬試験の合格発表から一週間が経ち、本試験は一カ月後となった。


 カレンは本試験に向けて、ますます魔法の訓練に打ち込んでいる。毎日、朝から夜遅くまで雷魔法の精度を高め続け、指先ひとつでいくつもの雷撃を放てるようになった。


 訓練は順調なのだが、カレンを悩ませる事象がひとつある。


 部屋に戻ろうと魔法訓練場を出ようとしたところで、ロニーが待ち構えていた。最近はほぼ毎日、こうしてカレンを送迎している。


「ロニー様。私ひとりでも大丈夫です。いざとなったら雷魔法で撃退できますので」

「そうは言っても心配だから」


 すでに賢者の本試験を受けるほどの実力を持つのだ。聖魔法で結界や治癒ができて、雷魔法で敵を吹き飛ばすカレンに護衛は必要ない。


 カレンは振り払うように歩き出したが、ロニーは気にした様子もなく後をついてきた。


「本当に大丈夫ですので、ロニー様はご自身の研究を優先してください」

「研究はもういいんだ。それよりさ、賢者の本試験の手伝いをするから、明日からは一緒に訓練してあげるよ」


 勘弁してくれ、とカレンは思う。


 今は魔法の精度を高めて、天候すらも操れるように訓練しているから、誰かに教わるよりもひとりで感覚を研ぎ澄ませたいのだ。


 同じ雷魔法の使い手ならまだしも、ロニーは闇魔法の使い手であり、魔法の扱い方もまったく違う。


 もしもアドバイスを聞くとしても、魔法の性質が似ている炎魔法の使い手のレイドルか、水魔法の使い手のサーシャに頼りたい。


「それはファウストにお願いするので大丈夫です」

「だって、あいつは女のところにいて戻ってこないだろ」

「……っ」


 しかし、ロニーはあきらめるどころか、カレンの痛いところを突いてくる。


 彼の言う通り、ファウストはキアラの研究所で魔道具の開発をしていて、最近は泊まり込むこともあって、ますます部屋に戻ってくることがなくなった。


 でも、ファウストは昔からのめり込んだら時間を忘れて作業を続けるし、カレンはその邪魔をしたくない。


(寂しくて仕方ないけど、その分訓練に時間を費やして忘れようとしているのに……)


 ロニーの言葉は心の傷を抉り、ますます相手をしたくなくなる。それなのに、次の言葉でカレンの神経を逆撫でした。


「あのさ、仕事だからって他の女のところに泊まるような奴を待ってるの、馬鹿だと思わない?」

「……思いません!」


 まるでファウストが浮気していると言われたようで、猛烈に腹が立った。


 ファウストのことを知っているなら、彼がどんなに真面目で誠実なのか知っているはずだ。それに、カレンが何度断っても言い寄ってくるのも理解できない。


 この瞬間、カレンの中でロニーはファウストの仲間という括りから大きく外れた。


「どうして仲間のことをそんな風に言えるのですか!?」

「自分なら、絶対にそんな悲しい思いをさせないから」

「……どういう意味ですか?」


 地面を這うような声音でカレンは聞き返す。


「もし、カレンが妻になったら、自分なら毎日一緒にいるよ」

「絶対に貴方の妻にはなりません!」


 思わず足を止めて振り返り、カレンは叫ぶように答えた。


 カレンがロニーの妻になったらなどと、ありえない妄想話などしないでもらいたい。ましてや、カレンは賢者に合格したら、ファウストに想いを伝えて本当の夫婦になりたいのだ。


 こんな話を聞かれて、万が一、誤解を受けたらどうしてくれるのか。


「ははっ! 本当にカレンは……いや、まあ、いいか。いずれあいつはいなくなるだろうし」


 一瞬、ロニーは驚いた表情を浮かべたが、すぐに破顔して楽しそうに笑った。

 しかし、カレンは最後の言葉が引っかかる。


「いなくなるって、なんの話ですか?」

「まあ、そのうちわかるから」


 ファウストがいなくなるというのは、どういうことなのか。

 もし契約結婚を解消したとしても、ファウストが魔天城を去る理由が思い当たらない。仮に魔天城から出ていかなければならないなら、カレンが去るのが筋だろう。


 だが、ロニーは自信たっぷりな様子で、カレンは不安が込み上げた。


「ああ、もう部屋に着いてしまったね。おやすみ、カレン」

「…………」


 気が付けばファウストと暮らす部屋の前に到着していて、ロニーはスッと闇に溶け込んで姿を消す。


 機嫌がよさそうなロニーとは裏腹にカレンの表情は暗く沈んでいた。




 扉を開けると、真っ暗な部屋が広がっている。


 しんと静まり返って、なんの気配も温もりもない。この静けさにすっかり慣れたつもりでいたが、ロニーに抉られた傷がジクジクと痛んで、カレンをどうしようもなく不安にさせた。


(やっぱり、いるわけないか……)


 パチッと明かりをつけると、今朝出かけたままの景色が目に飛び込んでくる。

 今もキアラと魔道具の研究談義が白熱しているのだろうか。カレンとファウストが図書館で語り合った頃のように。


「夫婦なのに、最近は食事も一緒にできない……」


 カレンがファウストへの気持ちを自覚したことで、余計に切なくて苦しい思いでいっぱいになる。


(どうしてファウストはそばにいてくれないの?)


 いつもなら心から応援できるけど、あまりにもひとりの時間が寂しすぎて、カレンはファウストを非難するような思考に陥った。


(魔道具の開発が忙しいのはわかるけど、もう少し時間を作れないの?)


 ほんのわずかな時間でも構わないから会いたい。ただそれだけなのに。


(いつもなら、すぐに飛んできたのに……)


 カレンを聖教会から助け出してくれた時、ファウストを呼んだらすぐに来てくれた。


 でも、今は何度呼びかけても、反応すらない。


「ねえ、ファウスト。お願いだから――」


 もう神なんて信じていないカレンの切なる願いは、どこへ届けられるのか。


 ――私のそばにいて。


 いつもと変わらぬ夜が、静寂と共に過ぎていった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?