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第45話 危険人物?

 試験の一週間後、カレンの元に一通の手紙が届いた。


 発送人は光の賢者マージョリー・ノエルとなっている。カレンはすぐさま開封して手紙を読んだ。


「…………ごっ、合格っ!」


 その手紙は模擬試験の合格通知だった。


「やった! これで賢者の本試験を受けられるわっ!!」


 達成感と安堵に包まれ、カレンは両手を高く掲げてくるりと回る。


 ふわふわした気持ちを落ち着けて続きを読むと、本試験の案内があり、日時は約ひと月後となっていた。


「はあ、この場にファウストがいたら一緒に喜んでくれたんだろうな……」


 今日もファウストは朝早くに出かけた様子で、カレンが起きた時には姿が見えなかった。


 そもそも、最近はまともに帰ってきているのかさえ疑問だ。朝食は毎日用意してくれているが、調理している気配を感じない。カレンが用意した夕食も食べてくれているが、いつ戻ってきているのかわからないのだ。


 もしかしたら、別のところで作ったものを転移魔法で届けにきている可能性もある。


 喜びから一転、寂しさが込み上げてカレンはキューッと胸が締めつけられた。


(ふたりで過ごす時間が幸せすぎたから、余計に切なくなってしまうわ……)


 こんな日は気分転換にカフェにでも行ってみようかと思い立ち、朝食を食べて準備を始める。


「そうだ。せっかくだからお気に入りのラベンダーのワンピースを着ようかな」


 魔天城に来たばかりの頃、胸元の白いレースのリボンに一目惚れしてファウストが購入してくれたものだ。レース柄の白いショートブーツと合わせると、本当にかわいくて即決だった。


 少しだけファウストと一緒に出かけるような気持ちになって、ウキウキしながら部屋を出る。


 鍵をかけて、カレンが商業区画へ向かおうとしたところで、突然、ロニーが目の前にニュッと現れた。


 どうやら闇魔法の影移動を使って出てきたらしく、カレンは悲鳴をあげそうになる。


「カレンさん、おはよう! ちょうどよかった!」

「おはようございます。……どうかされましたか?」


 ホッとした表情でロニーはカレンにグイッと近づいてきたので、カレンはその分一歩下がった。


「実は、魔神デーヴァの遺跡の研究をしているんだけど、資料整理が追いつかなくてね。カレンさんに手伝ってもらいたいんだ」

「私ですか? 他に適格者がいると思うのですが」

「賢者たちはみんな都合がつかないし、ずっと調査で世界中を回っていたから知り合いもいなくて困っているんだ。どうか助けてもらえないかな?」


 賢者は魔法の研究や、世界中からやってくる魔法絡みの依頼をさばくので、いつでも頼れるわけではない。


 実際にファウストも魔道具の開発で忙しくしている。カレンでも役に立てることがあるなら、賢者たちに協力したいという気持ちもあった。


「あ、その格好……もしかして出かけるところだったかな?」


 ロニーはようやくカレンがお洒落しゃれをしていることに気が付いて、眉を八の字にして落ち込む。


「気分転換するつもりで出ようと思ってましたけど、私でも問題ないならお手伝いします」

「本当!? はあああ、助かるよ! じゃあ、よろしくお願いします」


 律儀に頭を下げたロニーに笑みを浮かべたカレンは、進路を変えて闇の賢者の私室へと向かった。




 ロニーの私室には魔神デーヴァの遺跡調査資料をはじめ、闇魔法に関するものが壁一面を覆う本棚に並んでいる。


 入って右側の本棚には魔神デーヴァに関するものが整理されており、左側の本棚には闇魔法に関する書籍がびっしりと詰められていた。


 正面には大きな窓が設置されていて、眺めがよさそうだ。


 それにしても、世界中を回りながら、ここまでしっかりと資料をまとめるのは骨が折れるだろう。カレンが受けた印象とは違い、細かく几帳面きちょうめんな性格なのだと思った。


「私がお手伝いするのはどちらの資料ですか?」

「ここに積まれている資料だよ。木箱で四箱分ある」

「わかりました」


 ロニーの机の横に木箱にびっちりと入れられた資料があった。


(これをひとりで整理するのは大変だわ。助けを求めたくなる気持ちもわかる)


 カレンとロニーは、それぞれ資料を整理しはじめる。まずは大まかな内容ごとにまとめて、それを日付順に並び替えた。


 たくさん用意されていた背表紙に大まかな内容ごと閉じて、最後に目次を作成する。


 内容によっては、すでにまとめられている資料へ追加することもあるので、ロニーの指示を受けながらの作業には時間がかかった。


 ふたりは淡々と作業を進めていたが、二時間ほど経ったところで集中力が切れたのか、ロニーがカレンの隣にやってきて話しはじめる。


「そういえば、契約結婚だっけ? いつまで続けるの?」

「私が賢者になったら終わると思います」


 手を止めずにカレンは答えた。せっかくお洒落したのもあって、手伝い終えた後で時間があったら、予定通りカフェに行きたい。


 この作業で頭をフル回転させているせいか、極上のスイーツも堪能しようと思っている。


「へえ、そうなんだ。そういえば、模擬試験の結果が出る頃だよね?」

「はい。今朝、模擬試験の合格通知が来ました」

「すごいね! カレンさんは才能あるよ!」


 カレンの模擬試験合格に、ロニーは満面の笑みで喜んでくれた。賢者から認められたのは素直に嬉しくて、カレンも笑顔になる。


「ありがとうございます」

「そうだ、この後ふたりでお祝いをしよう」


 ところがその後のロニーの提案に、カレンは驚いた。


 通常であれば、仲間の伴侶に対して誘いをかける時は、周囲から誤解を受けないように複数人で行動するものだ。それにロニーのようにピッタリと寄り添うような距離感で接しない。


(ふたりでお祝い……? 私はファウストの妻なのに、どうしてそういう発想になるの? 元々、距離感も少し近いし、そういうことを気にしない人なのかしら?)


 はっきり伝えないとわからないのかもしれないと思い、カレンはキッパリと断りの言葉を告げる。


「いえ、大丈夫です」

「でも、この後、気分転するって言っていたし、ちょうどいいだろう?」

「契約とはいえ夫がいる身ですので、異性とふたりで出かけるのはちょっと……」


 そこまで言って、ようやく理解したのかロニーは慌てて弁解を始めた。


「あ、勘違いさせたかな? 自分にはやましい気持ちはないから安心してほしい」

「それはわかっていますが、ファウストが誤解するようなことはしたくないのです」

「なるほど。でも自分とカレンさんが一緒にいても誰も誤解なんてしないと思うよ? それに――」


 しかし、いくらカレンが断っても、そんなつもりはないと被せてくる。どうして引いてくれないのかとカレンが悩んでいると、さらにロニーはグッと距離を縮めてきた。


「今だってふたりきりだよね?」


 目の前のグレスピネルの瞳と視線が絡む。その瞬間、ゾワッと背筋に悪寒が走った。


 ロニーが近づくことに、カレンの心が拒否反応を示す。望んでいない相手に距離を縮められることに、強烈な嫌悪感を抱いた。


「……そうですね。では、もう部屋に戻ります」


 手伝いは途中だけれど、もう半分は終わっている。こんな風に距離を縮められるのなら、これ以上この場にはいたくない。


 カレンはファウスト以外に誰にも触れてほしくないのだ。


「待って。誤解だよ。自分はそんなつもりじゃなくて……」

「私が軽率だっただけです。ご指摘ありがとうございました。それでは、失礼いたします」


 なにが誤解だと言うのか。その言葉が喉から出そうになったが、カレンはグッとこらえて自分が悪かったと謝罪してロニーの部屋を後にした。


 魔天城の廊下を歩きながら、カレンは思う。


(ロニー様のあの態度……なにが目的なの? 契約上とはいえ、私はファウストの妻なのよ? 確かに、賢者様だから大丈夫だと思って部屋まで手伝いに行った私も悪いけれど……)


 カレンはファウストの仲間である賢者たちに、全幅の信頼を寄せている。カレンだけではなく、この魔天城にいる魔法使いは全員同じだ。


 これまでも幾度となく賢者たちはカレンを助けてくれたし、ファウストも仲間を厚く信頼している。


(もしかして、私の態度でなにか勘違いさせてしまった? ロニー様には、契約結婚だと伝えない方がよかったかも)


 賢者が仲間をとても大切にしているのは間違いない。ここでカレンがロニーのことを相談するには、かなり配慮が必要だろう。


(これからは、私が気を付ければ大丈夫よね)


 カレンは賢者たちのきずなを壊すようなことをしたくなくて、誰にも打ち明けらることができなかった。 




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