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第42話 模擬試験

 ファウストとすれ違ったまま、カレンは模擬試験の日を迎えた。


 模擬試験を通過した者だけが本試験の受験資格を得ることができて、そこで合格すれば賢者と認められる。賢者への第一歩となる試験のため、気合が入るのも当然だ。


 手には【カレンなら必ず合格するよ。自信を持って。ファウスト】と書かれたメモが握られていた。


 王城の地下にある魔法訓練室が試験会場となっており、入り口で受付を済ませ空いている椅子にかける。数人の受験者を横目に、カレンは手にしていたメモ紙を繰り返し読んだ。


 ピリピリとした緊張感が漂う中、カレンは無駄な力が入らないように深呼吸する。


(大丈夫、ファウストも応援してくれているし、絶対に大丈夫よ)


 すでに最上級の雷魔法も会得しているし、いつも通りに魔法が使えれば問題ないはずだ。


 聖教会では散々こき使われていたが、得意でもない聖魔法を使い続けたおかげで、適性のある雷魔法の習得はとても楽だった。

 むしろ、こんなにすぐに使えるようになっていいものなのかと思ったくらいだ。


(ファウストの言うとおり、適性って大事だったんだわ)


 もしカレンに聖魔法の適性があったら、聖女としての役目がもっと楽だったかもしれない。そう思えるほど、自分に合った魔法を極めることに苦はなかった。


(自分に合った道を進むのは、とても生きやすいのね……)


 カレンはこれまで、周囲に求められるまま望まれた役目を果たしてきた。


 聖女として求められれば、たとえ倒れても聖魔法を使い続けた。王太子の婚約者として求められれば、どんなに理不尽なことでも笑顔を崩さずに応えた。


 それが、とても苦しく忍耐を要するものだったのだと、あらためて気が付く。


 もっと自由に、思うまま生きていいのだ。


 人はそれぞれ、性格も考え方も得意なことも違う。好きなことも夢中になれることも、十人いれば十通りの答えがある。


 貴族というだけで縛られるものが多かったのは確かだが、そこから一歩踏み出せば無限の自由が広がっていた。


 自由を得る代わりにすべてが自己責任になるが、その覚悟さえできれば、どんなものにもなれる。


 新たな挑戦をして経験を積んだら、世界が広がったように感じた。いくつになっても遅いことなんてないし、自分が〝やる〟と決めるだけだ。


(そうよ。本当の私は自由を得て、これからもファウストと一緒にいるの)


 カレンのアメジストのような瞳に確固たる決意が宿る。


(ああ、そうか……ファウストが『自由の中で私を選んだ』と言っていたのはこれだったのね)


 いつか聞いたファウストの言葉が、すとんとカレンの心に落ちてきた。ずっと先にいるファウストに、いつか追いつけるだろうか?


 カレンがそう考えていると、試験官であるマージョリーから名前を呼ばれた。


「カレン・エヴァリットさん、こちらへどうぞ」


 ついに試験の順番が回ってきたが、カレンはもう緊張に震えていない。自由な未来を掴み取るため、力強い一歩を踏み出す。


 マージョリーに促されて隣の部屋に入ると、なにもないだだっ広い空間になっていた。床も壁も天井もすべてが真っ白で、こんな部屋は初めてだ。


「ここはわたしの結界で作り上げた聖なる空間よ。各国に張ってある結界のミニチュア版みたいなものね。どんなに魔法を使っても安全だから、思いっ切りぶっ放してちょうだい」

「わかりました」


 カレンの返答に満足げに頷いたマージョリーは、部屋の片隅に置かれている豪華な椅子に腰かける。


 カレンはもう一度深呼吸して、身体の中を巡る魔力に意識を向けた。


 頭の先からつま先まで、暴れ出しそうな魔力が血潮にのって流れている。それを両手のひらに集めて胸の前で向あわせると、なにもない空間にバチバチッと紫の火花が散った。


「ウィオラーム・テンペスタ」


 ポツリと呟いた呪文によって、火花はみるみる膨れ上がり紫の雷となってカレンを中心に渦を巻いて成長していく。


 近寄るものはすべて吹き飛ばしてしまうような、圧倒的な魔力によって部屋の中に暴風が吹き荒れた。


 カレンが片手をあげて振り下ろすと、轟音ごうおんと共にいく筋もの紫雷が降り注いだ。


 紫の雷が嵐のように降り注ぎ、すべてを破壊し尽くす最上級魔法が見事に成功した。


 やがてカレンの取り巻く紫雷が解けるように消え去り、部屋には静寂が戻る。


「うっわー、えげつない魔法ね」


 マージョリーは両目を見開き若干引きつった笑みを浮かべていた。


「すみません、思いっ切りやれとおっしゃったので……」

「いいの、いいの! 雷魔法は攻撃力が桁違いだからねえ〜」


 マージョリーは「これで模擬試験は終わりよ」と言って立ち上がったが、どうも顔色が悪いように感じる。


 化粧をしているからパッと見ただけではわからないが、目の下にはうっすらとクマができているし、いつもはキラキラと輝いているダイヤモンドの瞳に陰りが見えた。


 以前の元気溌剌はつらつなマージョリーを知っているからこそ、カレンは思わず声をかける。


「マージョリー様。どこか体調が悪いのですか?」

「え、そんなに顔に出てた?」

「なんだか顔色が悪くて元気がないように見えました」


 もし体調が悪いなら、今でも聖魔法は使えるから少しは癒してあげられるかもしれない。マージョリーにも聖教会で助けてもらったから、カレンはできることなら力になりたいと思う。


「はー、実は最近、悪夢ばっかり見るのよね」

「そうでしたか……」

「あー、あのね、変なこと聞いて悪いんだけど」


 言いにくそうな表情のマージョリーはそこで口を閉ざした。少しの沈黙が流れ、カレンは不思議に思いながらも次の言葉を待っている。


「カレンちゃんはあのクソ教皇と結婚なんてしたことないわよね?」

「……え?」


 しかし、マージョリーに思いもよらぬ質問をされて、心臓を鷲掴わしづかみされたようにギュッと締めつけられた。


 うまく返事ができないカレンを見たマージョリーは、慌てて詳しい事情を話す。


「誤解しないでね、わたしが見た悪夢ではカレンちゃんとクソ教皇が結婚してて、国王夫妻になってたから……あまりにもリアルな夢で気味悪かったの。それに聖教会の女神像と、さっきの雷魔法からもファウストの魔力の気配を感じて疑問が……って、こんな話なんかしてもどうしようもないわよね。ごめんなさい」

「……いえ、そんなことありません」


 絞り出すようなカレンの声は震えていて、それしか返答できなかった。


(ミカエルから聞いた話と似ているけど……まさか、ただの夢よね? それに、聖教会の女神像と、私が放った魔法からファウストの魔力の気配を感じたって……どういうこと?)


 時間を巻き戻ったとしても、まだ知らない事実があるのだろうか。

 そう考えたカレンの心に、じわじわと得体の知れない不安が込み上げた。




     * * *



 賢者になるための模擬試験が行われているその時、サーシャとレイドルはファウストの私室を訪れた。


「ファウスト。いるのはわかっているわ。開けなさい」


 有無を言わせぬサーシャの物言いに底知れぬ怒りを感じたレイドルは、続けて扉の向こうに声をかける。


「なあ、ファウスト。カレンさんが悩んでるみたいだから、俺たちが相談に乗ったんだ。そのことで話がしたいだけだよ」


 ファウストのことだから、カレンの名前を出せば必ず反応する。そう思ったレイドルは優しく語りかけながら、的確に相手の心を刺激した。


 ――カチャン。


「開けたから入っていいよ」


 魔法で解錠された扉を開くと、あちこちに高くつまれた魔導書が目に入った。その合間で、ファウストは窓辺にもたれかかり手にしていた書籍を読み込んでいる。


(……肉体と魔道具の融合? なんでファウストはそんなもんを読んでるんだ?)


 レイドルがチラッと見えた書籍のタイトルを目敏く確認すると、ファウストはタイトルを隠すように下に向けて机の上に置いた。


 そのわずかな動作から、今回のファウストの不可解な行動の要因が、そこに隠れているのかもしれないとレイドルは感じる。


「ねえ、貴方。カレンさんが大切じゃないのかしら?」

「この身を全部捧げてもいいと思うほど、大切だよ」

「だったら、どうしてカレンさんに隠し事をするの? 彼女は馬鹿じゃないわ。ファウストがおかしな行動をしたらすぐに気付くわよ」


 部屋に入って早々、サーシャがファウストに詰め寄る。


 サーシャは以前、婚約者に『心から愛する人ができた』と婚約破棄をされたことがあり、裏切りを匂わせるような行為には敏感だ。


「それだけじゃないわ。どうしてここに時空魔法に関する書籍が集められているの? 幻影魔法までかけるなんて、まるで、カレンさんに見つからないように隠しているみたいじゃない」

「やっぱりサーシャには幻影魔法は通じないか」


 ファウストはそう言うと、指をパチンッと鳴らし幻影魔法を解除した。途端に周囲の色合いがクリアになり真実の姿が現れる。


 サーシャの指摘した通り、ここには魔天城中の時空魔法の書籍が集められていた。


 そもそも時空魔法の使い手は少なく、魔法について詳しい情報があまりないことから、これらはかなり希少な書籍になる。


「当然でしょう。幻影魔法は水魔法を根本としているのだから。水の賢者であるわたくしに通じるわけがないわ」


 秘密にしたいのか、それとも助けてほしくて隙を見せているのか。人の機微にさといレイドルには珍しくファウストの考えが読めない。


「ファウスト、いったいなにが起きているんだ?」


 ファウストは微笑みを絶やさず、感情のこもらない金色の瞳でレイドルたちを見つめていた。 




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