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第29話 先手必勝

 カレンたちが乗った馬車は八芒星の賢者の紋章が刻印されいたため、すんなりと王城の正門を通過することができた。


 城のエントランス前で馬車が止まり、カレンが降りると濃紫のローブに包まれる。


「カレン! 無事でよかった……!」

「ファウスト!? ちょっと、みんなが見ているわ……!」


 突然の抱擁にカレンは戸惑い、周囲から集まる視線に耐えきれずファウストを引き離そうとする。


 しかし、ファウストはびくともせずにカレンを抱きしめ続けた。


(もう、どうしたらいいの……!)


 ファウストから漂う柑橘系の香りが、あの日の夜の出来事を思い起こさせる。


(あの時……ファウストの唇が首筋に触れた時も、こんな姿勢だったわ……あー、ダメダメ! 思い出したら恥ずかしくてのたうち回りたくなる!)


 カレンはこのままではいけないと思い、頭の中で魔道具の設計図を考えはじめた。


 少しだけ落ち着きを取り戻して目線だけで周りを見渡すと、風の賢者らしき人物も到着しており面白いものを見たという顔でこちらを見つめている。


 ようやくファウストの腕が緩んだので顔を見上げると、カレンはギョッとした。

 金色の瞳からぼたぼたと大粒の涙がこぼれている。


「もし、カレンに何かあったらと思ったら……僕は……っ!」

「えっ、ちょっと、ファウスト、大丈夫だから泣かないで」

「ごめ……っ」

「大丈夫、大丈夫よ」


 まさかファウストが泣くとは思っていなかったカレンは驚いた。

 後から馬車を降りたマージョリーとセトも目を丸くしている。


「ファウスト、落ち着けよ。教皇が動き出したみたいだ。早いところ決着をつけないとマズいぞ」


 リュリュが風魔法で聖教会の動きを察知して、ファウストに忠告した。


「……わかった。国王に謁見しよう」


 ぐいっとローブの袖で涙を拭ったファウストは、鋭い視線が復活し王城の奥へと足を進めていった。




 ファウストに声をかけてきた事務官に国王への取り次ぎを頼むと、賢者からの直々の依頼ということで、すぐに謁見室の準備が整えられる。


 同時にファウストは国王だけでなく、貴族たちや聖教会の枢機卿まで集めるように申請した。


 そのおかげでミカエルもカレンを取り戻すために行動しはじめていたが、ファウストたちの方が先手を打つことに成功した。


 それから二時間後、整えられた謁見室には五十名ほどの権力者が集められ、謁見室はざわめいている。


 国王の一声が響くと、その場はため息さえ聞こえそうなほどの静寂に包まれた。


「さて、賢者殿はいったいどのような用件で、これだけの人間を集めろと申されたのですか」

僭越せんえつながら国王にお伝えしたいことがあります」


 まずはファウストが切り出した。一歩前に出て、貴族や枢機卿たちの視線を集める。


 この場に駆けつけたミカエルは憎々しげにファウストを睨みつけ、その後ろにいるカレンに熱い視線を送り続けた。


「伝えたいこととは……」

「王太子サイラス・リトルトンは聖女カレン・オルティスの婚約者でありながら、元筆頭聖女メラニア・アドラムと不貞を犯していました」

「それは誤解であったとサイラスから聞いておるが」


 ファウストは美しく冷ややかな笑みを浮かべて、こう言った。


「物的証拠があります」

「……それは初耳だ」

「魔道具の開発のために集めた情報でしたが、あまりの内容でしたのでこれまで沈黙していました。ですが、当事者からの訴えにより、ここで詳らかにしようと考えました」

「その証拠とは?」

「こちらです」


 映像をまとめた記録水晶を取り出したファウストは、わずかにぎこちない動きで水晶を反対の手に持ち変える。


(緊張しているのかしら……?)


 カレンはファウストが人前に出ることが苦手だと知っていた。


 それなのに、国王や他の貴族、枢機卿たちに話を聞かせるため、こうして強く訴えてくれている。


 本当はカレンが告発したかったが、辺境伯令嬢が相手では下手をすると証拠ごと握りつぶされてしまう恐れがあった。

 だからファウストがその役目を買って出てくれたのだ。


 返しきれない恩義を感じながら、カレンは出番が来るまでじっとことの成り行きを見守っている。


「映像水晶か……?」

「はい。こちらをご覧ください」


 ファウストが映像水晶に魔力を込めると、謁見室の中央の空間に四方を向いたスクリーンが映し出された。


 ここでファウストがセトに遮音と不可視の結界を張る。セトは納得いかないような表情だったが、この先はどうしても未成年には見せられない。


 そして、映像が静かに流れはじめた。


『サイラス様っ。もっとして……っ!』

『はっ、とんだ淫乱聖女だな、メラニアは』


 音量調整がしっかりとされていて、囁き声ですら明瞭に聞こえる。

 そのせいで衣擦れの音も、水音のような音も、肌がぶつかり合う音も、なにもかも国王の耳にも届いていた。


 決定的な部分は隠れているし衣装は身につけたままだが、ふたりがなにをしているか一目瞭然だ。


『ねえ、本当にっ……んっ、わたくしが、すき?』

『ああっ、カレンみたいな堅物より、お前が、好きだ』

『嬉しい……んんんっ』

『くっ、いつもみたいに奥に出すぞ』

『あっ、あつ、だめ、も……ああっ』


 やがて映像からはふたりの息遣いだけが聞こえてきて、情事が終わったことが知れ渡る。これは執務室での出来事で、カレンはサイラスたちのモラルの低さが信じられなかった。


 しかも実際はこの後も情事の映像が続くのだ。この日だけでなく、他の日の映像もたんまりとある。


 ファウストと映像をまとめていた時の気まずさは、きっと一生忘れない。


 映像を見終わった国王は眉間に深い皺を寄せて口元を離両手で覆っている。

 息子に嘘をつかれてショックだったのか、それとも王太子の処分について悩んでいるのか、その両方かもしれないが、国王の顔には深い苦悩が浮かんでいた。


「サイラスを呼び戻せ」

「ですが……サイラス殿下はエンシェントドラゴンの討伐に出られて――」

「あいつは魔法も碌に使えないのだから、どうせ役に立たないだろう! いいから今すぐ連れ戻せっ!!」


 国王の咆哮ほうこうが謁見室を震わせた。 




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