カレンがいない魔道具研究室で、ファウストは闇魔法を使い聖教会の映像を記録していた。
睡眠時間を削り、さまざまな時間帯で誰がどのように行動し、どんな会話がされているのか克明に記録している。
ファウストはある映像が映っている鏡の前に立ち、両手で縁をガッチリと握っていた。
(カレンを取り戻すためだ。耐えろ、僕……!!)
カレンがミカエルの私室へ招き入れられたことにどうしようもなく苛立ち、画面越しにミカエルを睨みつけている。
(落ち着け、もうすぐマージョリーとセトが着く)
ファウストは思考を切り替え、目の前の仕事に集中した。
その数分後、タイミングよくマージョリーが聖教会についたのでカレンの身に危険はなかった。
「これでしばらく時間が稼げる」
ホッとひと息ついたファウストはソファーへ腰を下ろし、カレンの様子を眺める。
カレンは手紙で知らせた通り、本棚の細工を動かして、ミカエルの隠し部屋へ入っていった。
順調に証拠を手にしたカレンは、ミカエルの日記を手に取り読み始める。
わずかに手が震え、顔色が悪い。そしてこう呟いた。
《違う……私の記憶と全然違う……!》
その言葉にファウストは身動きができなくなった。
カレンの様子からなにか重大なことを知ってしまようだが、それがなんなのかファウストにはわからない。
画面に映し出されているのは影となる部分から覗き見た部屋の風景だけだ。カレンが手にしている日記帳は光が当たっていて、詳細が確認できない。
《……だったの……? ……のはそれが……?》
《……人、絶対に……じゃない》
《…………間違いよ。……わ》
《…………がある……?》
その後もなにか呟いていたがはっきりとは聞き取れず、次の瞬間、ファウストに向かって叫ぶ。
《ファウスト、危険だわ……!》
――ヒュッ。
わずかに空気が動く気配がして、ファウストは瞬間的に転移魔法を使った。
――ドスドスッ!
直後、ファウストが座っていたソファーに矢が突き刺さる。
しかし転移した先に人の気配を感じて、ファウストは
――バキンッ!!
確かに結界を張ったはずなのに、ファウストの腕をナイフが掠める。ピリッとした痛みが走りファウストは顔を歪めた。
(結界を破った……?)
全身黒い衣装に身を包んだ刺客がナイフを構え直し、ファウストと距離を縮めてくる。瞬間的に肉体強化と俊敏性を上げる魔法を自身にかけて身を翻した。
「チッ、意外とすばしっこいな」
身のこなしや手慣れた様子からプロの殺し屋だろう。完全に気配を消して相手が油断しきっているところに攻撃を仕掛けてきた。
「誰の差金だ?」
「…………」
無言を貫く刺客はゆらゆらと身体を揺らして、ファウストの隙を窺っている。
「教皇か」
「…………」
「まあ、いいか。口を割らせる方法はいくらでもある」
そう言って、ファウストは雷の魔法を放った。
バチバチバチッと大きな音を立てて、
「っ! 魔法が効かないのか」
「賢者相手だ、準備は抜かりない」
そうなると考えられるのは、魔法無効の魔道具かアーティファクトだろう。この刺客自身も魔法ではなく接近戦に特化したタイプのようだ。
絶え間なくファウストを狙う刃が襲いかかってくるが、身体強化の魔法は動体視力も上がるため難なく避けている。
(魔法無効の魔道具は大型のものが多いから、おそらくはアーティファスト。だとすると……あのピアスが怪しいな)
黒装束の男には似合わない、紫の魔石をはめ込んだ金色に輝くアクセサリーが目についた。他にも衣装の下に呪いの武器でも仕込んでいるのか、禍々しい魔力の波動を感じる。
(全部ぶち壊すのはもったいないな。こっちの魔道具開発に使えるかもしれないし)
ファウストはさらに肉体強化の効果を倍増する魔法を、無詠唱で重ねがけした。明らかに雰囲気が変わったファウストに刺客はジリジリと後退する。
しかし、室内では後退するにも限界があった。
「遅いな」
ファウストはレイドルに剣術と体術を教えてもらった。
賢者だって魔法が使えなければただの人になる。それではいざという時にカレンを守れない。
その時の訓練のおかげで、こういった刺客はすべて返り討ちにしてきた。刺客の背後に周り、耳についているピアスを奪い去る。
「ぐっ!」
強引に引き抜いたから血が出てしまったけど、ファウストは命を狙ってくる相手に容赦はしない。甘く優しく接するのはカレンだけだ。
「じゃあな」
「うぁっ!!」
――バチバチバチバチッ!
金色の閃光が走り、次の瞬間には刺客は床に倒れて完全に意識を失っていた。短くため息をついて、ファウストは刺客が隠し持っていた呪いの武器を取り外していく。
ナイフが二本とロープ、それに毒が仕込まれた針もあった。
すべてに見事な呪いがかけられている上、どれもなかなか手にできないアーティファストでファウストの研究者魂が喜びに震える。
「ありがたく僕がいただくよ」
ニヤリと笑ったファウストは誰よりも黒いオーラをまとっていた。