目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第25話 噛み合わない記憶

 カレンは震える手で日記をめくる。


 ここに書かれていることは真実なのか。これはミカエルのわなではないのか。そんな思考が頭をよぎった。


「違う、罠じゃない。私がここにきたのはあくまでも偶然で、今日が初めてだもの」


 ということは、ここに書かれていることは、少なくともミカエルに起こった出来事なのだ。


 日記帳は都度書いたものでなく、まとめて書かれたようだった。

 数ページに渡って書かれているが、どちらかというと備忘録に近いと感じる。


 カレンは夢中でその日記帳を読んだ。




     ■ ■ ■




 ◆七八七年十月十八日◆


 この日、私は時間を巻き戻った。


 万が一のために記録しておく。これは紛れもない事実だ。


 最初の人生で私は〝宿命の片翼〟に出会った。

 カレン・オルティス。辺境伯の令嬢だ。


 銀糸のような艶髪にアメジストの瞳が美しい聡明そうめいな彼女に、私は夢中になった。

 私とカレンは惹かれ合い、貴族学園の卒業を待って結婚した。


 平和な時間はあっという間に過ぎて、私はこのまま歳をとってカレンと永遠の別れを迎えることが怖くなった。


 こんなにも深く結ばれた女は他にいない。


 そこでカレンが永遠に私の〝宿命の片翼〟になればいいと考えた。


 次に生まれ変わっても、カレンが私の魔力と同じ波動を放つように術式を組んだのだ。これを魂に組み込めば、カレンと私は永遠に結ばれる。


 元々、聖魔法を極めた私には造作もないことだ。私とカレンを結ぶ術式は、それは見事で美しく完璧だった。


 そしてカレンにも話したが、なんということかカレンは術式を拒否したのだ。


 さらにこう言った。


『ごめんなさい。これが愛なのかわからない』


 愛かわからないとはどういうことだ?


 こんなにもカレンを求めているのに、これが愛でなければなんだと言うのだ。


 私はカレンを説得した。

 しかし彼女の意見は変わらず、悲しげな表情で私を見つめる。


 さらに、カレンは私を責めるようにこう告げた。


『貴方は一方的すぎるわ。それにこの魔法は禁忌でしょう? それを私に施したらどうなるかわかっているの?』


 だから説明したやったんだ。

 生まれ変わって、なにか障害があっても必ず妻にすると。

 それに魔法使いの禁忌を犯したところで、どんな影響があると言うのだ。


 カレンは私の〝宿命の片翼〟だ。

 私のものなのだから、好きにしてもいいだろう。


 そう考えた私は、カレンの同意をあきらめて深く眠っている隙に術式を施した。


 ところが、カレンは術式に耐えきれずあっさりと死んでしまった。

 ショックだったが、詳しく調べたところ、どうやらこの器がもろいらしい。


 まあ、いいだろう。次に生まれ変わった時に永遠に私のものにするだけだ。


 次の人生ではカレンに私との子を産ませたい。

 魔力の相性がいい人間同士の子は決まって膨大な魔力を保有する。


 私とカレンの子なら、どれほどの魔力を持って生まれてくるだろうか。

 その子の魔力を取り込めば、私は永遠を生きられる。


 私はこの世界の覇者として君臨し、カレンと永遠を生きるのだ。



 そのためには、カレンの周りをうろついていたあの賢者が邪魔になりそうだ。

 私のカレンを取り戻すためにも、あの男を処分した方がいいかもしれない。




     ■ ■ ■




「違う……私の記憶と全然違う……!」


 その後はいくら日記のページをめくってみても、白紙ばかりでもう情報は得られなかった。


 どうして時間が巻き戻ったのか。どうして前回の記憶があるのか、よく考えたら不思議なことばかりだった。


「どんな術式だったの……? 巻き戻ったのはそれが原因……?」


 術式がわかれば、対応策があるかもしれないとカレンは考える。

 しかし何度日記を読み返してみても、これ以上のことはわからない。


 それにミカエルの自分勝手極まりない思考回路に心底辟易へきえきした。きっとこの日記で書かれているカレンも同じように感じて発言したに違いない。


 〝宿命の片翼〟は確かに強烈に惹かれ合うと言われている。


 しかし、最近ではその原理も解明されて、お伽話とぎばなしのようなロマンチックなものではなく、ただ単に魔力の波動が近い、もしくは同じことが要因だと発表されていた。


(だって、本当に愛しているなら、相手の幸せを望むものよ)


 日記を読む限りミカエルがカレンに求めるのは、ただ自分に合わせて隣に侍ろということではないか。


 しかもカレンの同意なく術式を施したとあることから、自分の思い通りにしたいだけなのだ。


「こんな人、絶対に好きになるわけないじゃない」


 カレンは知っている。


 相手を思いやり、相手の笑顔のために尽くす気持ちを。ただただ相手の幸せを願い、自分ができる最善を尽くすことを。


 たとえ報われなかったとしても、あの時のカレンの気持ちは嘘ではなかった。


「きっと妻になったのもなにかの間違いよ。ありえないわ」


 日記を読み終えて、バッサリとミカエルを切り捨てたカレンはある疑問を抱いた。


 ――ミカエルのこの日記の記憶はいつのものなのか?


 カレンの巻き戻りの記憶について、ミカエルは言い当てていたし、その後の行動もはっきりと口にしていた。


 どちらかが嘘なのか? それともどちらも本当なのか?


「この巻き戻り、まだ秘密がある……?」


 そこでカレンはハッとする。


 ミカエルは最後のページになんと書いていた?

 ページを往復しながらやっと開くと、カレンの目には【賢者は邪魔になりそうだ】の文字が飛び込んでくる。


 そして次の行に【始末したほうがいい】とミカエルは書いていた。


 カレンはこの映像をファウストが見ていると願いつつ叫んだ。


「ファウスト、危険だわ……!」




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?