目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第24話 悪女らしくわがままに

「――もう飽きたわ」

「なに……?」


 カレンは不貞腐れた顔で呟いた。 


「こんな意味のない調査に飽きたと言いました」

「それならケイティは解放しないだけだ」


 ミカエルは淡々とカレンに言い返す。本来ならそれで押し黙るのだが、今回は目的が別にあるのだ。


「せめて場所を変えてください」

「……ふむ」

「ふたりきりになれるところならどこでもいいのでしょう? だったらもっといい部屋でくつろぎたいわ」


 カレンは今まで決して口にしないようなわがままを言った。

 ミカエルはジッとグレーの瞳でカレンを見つめ、感情のない声で問い詰めてくる。


「なにが目的だ?」

「目的? そんなの、いい暮らしをするために決まっているじゃない!」


 今までの鬱憤を晴らすようにカレンは吐き出した。


「自由もなくこき使われるだけの生活なんてうんざりなのよ! 裏切り者の婚約者もいらない。貧相な暮らしを強いる聖教会も嫌! 魔法研究所でも思ったのと違った!」


 カレンはまったく嘘をついていない。

 特に魔法研究所での暮らしは、ファウストの距離がやたら近くて心臓がドキドキしっぱなしだ。


 まさかあんな風に振り回されるなんて、想像すらしていなかった。


「お前はそんなことを言う女じゃなかったはずだが」

「……そんなの、裏切られて殺されたら変わるわ」


 ミカエルはカレンが時間を巻き戻ったことを知っている。

 明言はしていないがミカエルも時間を巻き戻ったはずだ。だからこそ、ここで隠すことなく口にする。


 確かにカレンは変わった。時間を巻き戻る前と今では、価値観がガラリと変わり自由を求めて心のままに行動している。


「なるほど」

「それより、ミカエル様は私にどんな暮らしを提供できるの?」

「カレン……やっと名前で呼んでくれたな」


 ここでカレンはミカエルを伴侶であるかのように名前で呼んだ。

 心境が変わったと思わせるため、さらに気を逸らして余計なことを考えさせないようにするためである。


「私はね、希望通りの暮らしをさせてくれるところにいたいの」


 カレンは最高に悪い笑顔を浮かべてソファーに腰掛け、ゆったりと足を組んでミカエルを見上げた。


「……いいだろう。私がその相手だとわかればずっとここにいるのだな」

「ええ、私がそう思えたらね」

「こっちに来い。私の私室で調査しよう」


 ミカエルはそう言うと、執務室の奥にある鍵付きの扉を開けて、カレンを招き入れる。


 扉の中に入ると螺旋らせん階段があり、それを上り切ると聖教会のどの部屋よりも豪奢ごうしゃな部屋に出た。


 サイラスの執務室より確実にぜいを凝らした部屋に、カレンは聖教会への寄付金はすべてここに集まっていたのかとある意味納得する。


 それほど聖女たちは清貧を求められていたし、予算もほとんど与えられなかったからだ。


「部屋には満足したか?」

「まあまあね」


 この十分の一でも聖女の部屋に使ったら、すこぶる寝心地のいいベッドが入れられるに違いない。


「私の伴侶は随分と贅沢だな。だが、そんな贅沢をさせてやるのも男の甲斐性というものだ」


 偉そうに言っているが、ミカエルがいう男の甲斐性とは、王族や貴族からの寄付金と国からの補助金のことだ。


 その他にも聖女たちが必死に治癒魔法で癒した平民からの謝礼も含まれているのだろう。


 どんどんカレンの気持ちは冷え込んで、かろうじて微笑んではいるが、うっすらと軽蔑がにじみ出てしまった。


「いっそ、このまま私のものになるか?」

「やめてよ。王太子の慰謝料を減らしたくないわ」


 まったくカレンの気持ちを無視した発言に、思いっきり冷たく拒否してしまう。


「ははっ、強欲なことだ。それも愛しいがな」


 ――リンゴーン。リンゴーン。


 その時、部屋に鐘の音が響き渡り、ミカエルは舌打ちをして螺旋階段を降りていった。


 カレンはそっと後を追い、螺旋階段の上からふたりの会話に耳を立てる。


「お休みのところ失礼いたします。聖下、客人がお見えです」

「なんですか? この時間は声をかけるなと伝えたはずですが」


 ミカエルは珍しく不機嫌な様子を隠さずに対応した。相手は慌てて用件を伝える。


「そっ、それが七賢者のひとり、マージョリー・ノエル様がいらっしゃっております」

「光の賢者か……それは無視できませんね」


 風の賢者からの知らせ通り、光の賢者が援護に来てくれたようだ。これでカレンの計画がスムーズに進められる。


 カレンはニンマリと笑い、ミカエルの私室のソファーに座った。硬すぎず柔らかすぎず、非常に座り心地がいい。


 このソファーだけでも魔道具研究室に入れようかと、真剣に考える。


 苛立たしげに足音を立てたミカエルがカレンの元までやってきて、残念そうに眉尻を下げた。


「カレン、私が戻るまでここにいてください。戻ってきたら続きをしましょう」

「わかったわ。あ、食事はここに運ばせて」

「ふっ、仰せのままに」


 ミカエルは柔らかな笑みを浮かべて、再び螺旋階段を下りていく。パタンと扉が閉められた音が聞こえて、カレンはグーっと背伸びをした。


「さて、私の仕事をしましょうか」


 カレンはまず、机の引き出しや、ベッドのサイドボードを片っ端から調べる。


 案の定なにもなくて、事前にファウストから隠し部屋があることを聞いていた本棚の前に立った。


「確かこの本よね……」


 上から三段目、左から五冊目の本を手前に出すと、本棚が動いて隠し部屋が現れる。


 闇魔法で聖教会の内情を探っていたファウストが、カレンに手紙で教えてくれたのだ。カレンはそっと中に入り、目当てのものを探し出す。


 そこには教皇の悪事の証拠がたくさんあり、カレンはようやく物証を手にした。

 後はケイティを救うだけだ。


 そろそろ部屋を出てケイティを助け出そうとしたところで、一冊の古びた日記帳が目に入った。


(これは……ミカエルの日記帳ね。もしから巻き戻りのことが書かれているかも……!)


 カレンの知らない事実があるかもしれないと思い、ミカエルの日記帳を読みはじめる。


「え……どういうこと……?」


 だが、予想外の事実が日記帳に記されていた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?