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第23話 賢者を救う人

 カレンが聖教会に戻って三週間が経った。


 その日もファウストは闇魔法を使い、聖教会の中を監視していた。敵の目を欺くため、ショックで魔法研究所に引きこもっていると噂も流している。


 空中に闇魔法で複数の鏡を作り出し、それらにさまざまなシーンを映し出し、映像を記録しながら証拠がないか調べていた。


 睡眠時間を削り、食事は簡易的なもので済ませて、ほとんどの時間を調査の時間に充てている。


「カレン……」


 ファウストは漆黒の鏡に映るカレンを見て、ため息まじりに呟いた。


 正直、ファウストにとって、カレンがミカエルの元にいることは気が気ではない。あんな危険な男のそばにカレンを行かせなければならなかった自分の不甲斐なさを、どれほど嘆いたことか。


 カレンの花のような匂いも、柔らかな首筋も、朱に染まった頬も、潤んだアメジストの瞳も、なにもかも鮮明に覚えている。


 その記憶を実際に感じたくて、カレンをこの腕の中に閉じ込めたくて、ファウストは必死だった。


 追い詰められたファウストは、もう何日も研究室にこもっている。

 そんなファウストを救うのも、やはりカレンだった。


 ファウストはいつものようにケイティがいる独房を訪れたカレンの映像を眺めている。


《ねえ、聞いてよケイティ。昨日は教皇様にずーっと魔力を流し込まれて気持ち悪くなっちゃって夕食が食べられなかったのよ》

《えっ、それはつらかったよね。今は大丈夫なの?》

《大丈夫! だからね、今日は美味しいものを食べたくて、これを持ってきたの》


 夕食を食べなかったという発言は気になったが、少しだけ悪い笑顔を浮かべるカレンにファウストの胸がときめく。ファウストはカレンのすべてに心が動かされるのだ。


《あ! これ、お客様にお出しする用のマカロン!》

《ありったけ持ってきたわ》

《あははっ。カレンったら、やるわね》


 ふたりの平和な会話を聞いていたら、ファウストも空腹を感じて久しぶりにまともな食事をしたのだった。


 一方、ミカエルは一日中忙しく仕事をこなしている。その合間にカレンにベタベタと触りまくり、なにかを調べているようだ。


「僕のカレンに触るな」


 毎度のことだが、決して届かないとわかっているのに、ミカエルがカレンに触れたことが許せなくて、どうしても文句を言ってしまう。

 しばらくすると、そんな時間も終わりカレンは部屋へ戻っていくのがいつもの流れだ。


 本当なら今すぐカレンの元に行ってミカエルを八つ裂きにしたいが、カレンはそれを望んでいない。


 きちんと証拠を押さえて、制裁を下したいと考えている。それならファウストはカレンの願いをかなえるべく、今は耐えるしかないのだ。


 ところが、その日はミカエルの執務室の奥にある扉を開き、私室へと向かった。その動きをファウストの闇魔法で追跡する。


「ん?」


 ミカエルは私室にある本棚の前に立ち、おもむろに一冊の本を引く。すると本棚が横に動き、隠し扉が現れた。


「へえ、こんな部屋があったのか」


 ファウストはこの潜入調査の終わりを感じ取る。

 そして、すぐにカレンへ手紙を書いた。




     * * *




 カレンは自由に行動できるのをいいことに、ミカエルが王太子やメラニアに命令していた物証を探している。


 あれだけ計画的に行動できて、他人を支配したがるミカエルなら、裏切りを防ぐためにも絶対に証拠を保管しているはずだ。


 執務室にも忍び込んだし、大聖堂や祈祷室も調べてみたがなにも得られなかった。


(そう思っていたのに、こんなにも見つからないなんて……また明日、探してみるしかないわね)


 カレンがもう寝ようとベッドに入った時だった。


 ――コツコツコツ。


 小鳥が窓をくちばしで突つくような音が聞こえる。


(風の賢者様の手紙だわ……!)


 カレンはベッドから飛び起きて窓を開くと、美しい浅葱色あさぎいろの小鳥が部屋に入ってきた。部屋をぐるりと回ったら、最後には空中でポンッと音を立てて小鳥は手紙へと姿を変える。


「ふふっ、いつ見ても不思議ね。便利だから私も風魔法を覚えようかしら」


 カレンはこうしてファウストたちと情報のやり取りをしていた。初めて手紙が届いた時は、それはもうあまりにも見事な風魔法に感激したほどだ。


 案の定、手紙の送り主はファウストで、ミカエルの隠し部屋についてとカレンの身体を案じる内容だった。


「本当に、ファウストはいつでも心配性ね」


 でも、カレンはそれを嬉しく感じるようになっている。それだけカレンのことを深く考えてくれているという証なのだ。


 そういうファウストの生活の方が心配ではあるが、戻ったらとりあえず一緒に美味しいものでも食べに行こうと心に決める。


「それにしても、道理で物証が見つからないわけだわ。でも教皇の私室なんて行ったことないのよね……」


 あくまでも教皇のプライベート空間であり、極一部の人間しか立ち入りを許されない場所だ。そんなところに証拠を隠されたら、なかなか手に入れることができない。


 それにミカエルのあの態度を踏まえると、少々どころかかなり危険な気がした。もしミカエルに襲われでもしたら、男の力に敵わないということは嫌というほど知っている。


 しかしファウストの手紙に、ミカエルの私室の隠し部屋に物証があったと書かれているから行くしかない。


「ちょっと策が必要ね」


 カレンはファウストから得た情報を最大限に活用し、その時を待った。




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